2016再開祭 | 桔梗・拾肆

 

 

「あの子です。あの子の字なんです。あの子に最初の字を教えたのは私達です。
テストも、手紙も、今まで数え切れないほど見てきました。絶対にあの子が書いたものです!!」
「落ち着きなさい、お前」

涙を流しながら興奮する女性に、父親らしき男性は手を差し出してどうにか床から立ち上がらせようとする。
けれど女性は抵抗するように首を振り、そのケースの向こうに触れようとするかのように表面を撫で続ける。

「ウンス、どうして?ウンス、ウンスヤ」
「・・・確かですね、お母さん?」
長い沈黙の後に遠慮がちに女性に尋ねたのは、女性の横に膝まづいたソン・ジウさんだった。
「間違いありません。トラジとカムジャはあの子の祖母・・・私の母が畑で作っていたものです。
夏休みの度にあの子も畑仕事を手伝っていました。私も今、自宅の畑で作っています。あの子の好物です。
何故こんな事を書いたのか、いつ書いたのか」

書簡を初見したユン刑事も、手元の手書きのカードとケースの中の書簡を見比べながら同じように呟いた。
「トラジとカムジャ・・・」
「絶対あの子です。調べて下さい。お願いです。必要ならあの子の手書きのものは、いくらでも持ってきますから」
「判りました。必ず調べます」

ユン刑事はその男性と女性へと順に頷くと、次に私の目を見た。
「教授」
「・・・・・・はい」

今の私は、狐につままれたような顔をしているだろう。自分でも判っている。
ここまで研究員として築き上げて来た知識。歴史という絶対に変えられない時間の流れ。
それらがこんな一瞬で崩されるなど、想像した事もなかった。
99.9%は、100%ではなかった。0.1%の可能性で、まさかこんな事が起きるなんて。

4日前に足取りが途絶えたユ・ウンス。
COEXとパトカー、奉恩寺で撮影された映像。
8年前から研究調査に没頭してきた書簡。

しかし母親であるこの女性が言っている事がもしも真実なら?
筆跡鑑定で、現代科学がカードと書簡の筆跡が同一人物の手によるものだと結論づけたら?
4日前に失踪したユ・ウンス氏が、1395年に・・・いや、正確には1350年から80年代の高麗末期にこの書簡をしたためた。
それが最終的に李 成桂の手に渡っていた、そう結論づけたら?

恐らく今、この部屋の中で真実から最も目を逸らしているのは私自身だ。判っている。調査員としてあってはならない事だ。
自分にとって、また歴史上、どんなに不都合な真実だったとしても、科学的な分析結果と数値こそが全てなのだから。
そう考えなければ、考えられなければ、研究者としての存在価値など塵に等しい。
「ユン刑事」
「はい」
「ご協力しましょう。このままでは全く納得できない」

タイムスリップ。時空の歪み。そんな馬鹿げた仮説の類など絶対に信用しない。
しかし否定できない科学的、物的証拠が、こうして現実に目の前にある。

ユ・ウンス。書簡。高麗。鎧の男。李 成桂。

証拠として入手できたのは、防犯カメラの映像と書簡。

解いてみせる、その経過でどんな迷宮に迷い込んだとしても。
「まずは防犯カメラの詳細映像を見せて下さい。模造品なのかどうか、検証が必要です」
私の勢いに呑まれたように、ユン刑事が慌てて頷いた。
「お父さん、お母さん」
その声に立ち尽くし書簡を眺めていた男性と、床に座り込んでいた女性がこちらを見る。

「この書簡は大切に保管しておきます。貴重な歴史資料なので、お渡しする事は出来ませんが・・・」
私の声に、女性がもう一度ケースの表面を手で撫でる。
「ご覧になりたい時は私か、もしくはこの助手にご連絡を頂けませんか。出来る限りご協力します」
「・・・ありがとうございます。よろしくお願いします」

女性がケースを撫でる横、男性が声を震わせて頭を下げた。
日に焼け、深い皺の刻まれた目元を、節の太い指先で押さえる姿から目を逸らす。
同じ男として、第三者には見られたくないだろうと思うからだ。
一人娘を奪われた悲しみの大きさと深さは、まだ独身で子供も持たない私には、想像すらできない。

これ程ご両親の心を痛ませる謎の書簡。
これで謎が解けないようでは、研究員として歴史を紐解く意味もない。
鎧の男。待っていろ、必ず解いてみせる。
防犯映像で見た姿を頭の中で再生しながら、私はケースの中の書簡を見つめ続けた。

ガラスケースの向こうの短い書簡に、確実な回答を探すように。

 

 


 

 

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