2016 再開祭 | 孟春・前篇

 

 

朝陽の中で眸を開けて、腕の中を確かめる。
今朝も逢えたと息をつき、起こさぬように抱き締め直す。

何事もない時のこの方の眠りは深い。
ご自身で長い睫毛を開くまで、寝顔を見詰める刻がある。
それでも邪魔をしたくはないから、伸びたがる指先を戒めて。

一旦病人が出れば、二晩でも三晩でも続けて起きている。
睫毛を閉じている筈が、病床の一声で即座に起き上がる。
普段これ程眠りが深いなど、到底信じられぬような素早さで。

兵に似ている。俺達もそうだ。
戦い疲れ泥のように眠り込んでも周囲の気配だけで眸が開く。
だから判る。この方にとって病と闘うのは戦と同じなのだと。
いつでもご自身の命を懸けて、挑み続けているのだと。

だからこそ寝られる時には存分に寝て欲しい。夢に遊んで欲しい。
夢でも逢えればこの上なく倖せだが、其処までの贅沢は望まない。
こんな風に共寝の床で、寝顔を見ていられればそれだけで。

普段ならばそんな事を想う俺を尻目に、深い寝息を立てている。
その息が次第に緩やかになり、睫毛が揺れてゆっくりと上がる。
そして俺の眸を見つけて初めて、あの掠れた甘い声が掛かる。

おはよう、ヨンア。

今朝も変わらぬと思っていた。だからじっと息を殺して待った。
寝顔を見詰め寝息が緩やかに変わり、長い睫毛が揺れるのを。

しかし突然、寝息が止んだ。
次に長い睫毛がすごい勢いで上がる。
いつの間にかこの方の寝息と同じ早さで打っていた心の鼓動。
その鼓動が置いて行かれ、止まってしまったかと思う勢いで。

「おはよう、ヨンア」

それだけはいつもと変わらぬ、掠れた甘い声。
鼓動は戻らず、妙な具合で胸の中を跳ね回る。
「・・・おはよう、ございます」

心の臓を宥め声を絞り出した俺の胸に、この方は小さな鼻先を擦りつける。
そして背を抱き締めるように、細い両腕をきつく回す。
夜着の袷の中に紅い唇が触れるほど近寄り、この方は小声で嬉しそうに叫んだ。
「やったーー、お休みーーっ!!」

・・・休みどころではない。朝から何て事をしてくれる。
触れそうな唇と、吹きかけられた温かな息。
それに晒されて火傷を負ったように痛む肌。
「・・・はい・・・」

さり気なく己の指で襟元の袷を固く閉じ直し、ようやく頷いた。
男心の何たるかを知らぬ方は、一挙手一投足が怖ろしい。
複雑な思いで大きく息を吐いた時。
「ヨンア」

・・・その声が聞こえる訳はない。空耳だ。そうに違いない。
次から次へと計を狂わせる、こんな事が初日から起きて堪るか。
聞こえぬ振りでこの方を見る。
鳶色の瞳が寝所の扉外をじっと確かめ、そして俺へ戻る。
「ヨンア、今の声」

この方の囁き声と、扉外からの声が重なり合う。
「起きているのは知っておる」

聞き違いだ。そうに違いない。
「出て来い、ヨンア!」
痺れを切らした怒声と、腕の中のこの方の声が再び重なる。
「ヨンア、チェ尚宮の叔母様じゃない?」

頼む。聞き間違いだと言って欲しい。
しかしこの方は言って下さらん。そして扉外の気配も消えん。
「扉を破られたくなくばさっさと出て来い!」
「よ、ヨンア」

何処から、そして先ず何から、誰に向け腹を立てるべきなのか。
そう考えつつ、俺は孟春四日の寝台で自棄になって飛び起きた。

 

*****

 

「王妃媽媽からのお託だ」
「何だ」

腹立ち紛れに物凄い音で寝所の扉を開けた途端、廊下一本隔てた庭先に立っている叔母上の姿。
前置きもなくそう言われれば、流石に怒鳴る訳にもいかん。

王妃媽媽からのお託。
最悪の場合、此度の休暇は返上だろうと肚を括り、先を促すよう視線で問う。
そうなれば休暇までの日を指折り数えていたあの方がどれ程落胆するか、それだけに心を痛めながら。
そして叔母上も大きく息を吐き、苦い顔で此方を見遣った。

「此度の休暇の行先、公州の温宮にとの仰せだ」

叔母上の言葉も己の耳も、何もかもが信じられん。
寝所の扉前で棒立ちのまま返す声すらも失くし、廊下向うの叔母上の顔を俺は無言で凝視した。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    あゝ まだ 婚姻前だった…
    ヨン修行中。
    ウンスったら 罪な女ね(笑)
    コモの登場で 桃色の霞は吹っ飛んだ!
    一気に目が覚めたし
    行き先も 決定のようですね。

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