2016 再開祭 | 言問 2018・後篇(終)

 

 

 

◆ 今日はお集まり頂き、ありがとうございます。

いきなり始まったインタビュー形式の紋切り型の口上に、みんながそれぞれ微妙な表情を浮かべる。
チェ・ヨンは鼻で嗤い、ウンスさんは頭を下げ、尚宮コモは無表情のまま。
チュンソク隊長は何を言う気かと眉を顰め、テマンはチェ・ヨンの表情を確かめ、マンボ姐さんが溜息をつく。

◆ まず皆さんに。この後倖せな事も、悲しい別れもありますが、一番楽しみにしている事を一言ずつ。

「まずはチュンソクの婚儀」
ヨンの声に、全員が賛同するように頷いた。

「媽媽と王様のお子様を、どうしても見たいなあ。歴史上は・・・」
途中で言葉を切ったウンスさんにも、全員が大きく頷く。

「お前たちの子も楽しみだ」
尚宮コモの呟きには、拍手と歓声が起きる。

「手裏房がでかい仕事で金が稼げたら最高だね」
マンボ姐さんの言葉には、みんなが苦笑い。

「俺は大護軍が、あ、あとみんなが笑って幸せなら、それで」
テマンはどこまで行っても良い奴だった。

「自分は・・・」
チュンソク隊長はそう言って、困ったように口を噤む。
「皆さんがお答え下さったので。自分はなるべく簡単な婚儀を」
「考えておきます」

私の返答を遮るように、ウンスさんの大声が返って来る。
「ダメよ!結婚式は人生の最大の喜び事なんだから!絶対豪華に挙げさせてあげてね!!」

◆ ・・・考えておきます。
話が出たところで、チュンソク隊長。敬姫様は我が家では普通に市民権を得てますが、どこに惚れましたか?

「あの方は、全てが愛らしい人です」
うっかり乗せられて素直に答えたチュンソク隊長の回答に、場の全員が目を丸くする。

◆ 格差婚に不安はありませんか?

「・・・まあこの後いろいろと問題が生ずるかも知れません。今は考えぬようにしています。ただでさえ考え込む質なので」

◆ テマンさんに伺います。大護軍を始め周囲に恋の花盛りですが、ご自身の恋愛は?

「・・・お、俺は、俺は別に」

◆ ずばり、トギさんとの今後は?

「トギは妹みたいな・・・そんな、そそそういう、恋とか」

◆ 判りました。チェ尚宮様に伺います。今後武閣氏隊長を退くというご予定は?

「退ける事なら明日にでも」

◆ 武閣氏隊長として、例えば迂達赤や禁軍が開京を空けた時に戦が起きた場合を想定したりはしますか?

「兵ならば誰でもが考えます。まして隊を率いておれば」

◆ ありがとうございます。マンボさんに伺います。
手裏房の特性上情報戦はお得意とは思いますが、どうやって調べるのでしょう?

「それを明かしたら飯の食い上げだろうよ!」

◆ そんな手裏房で調べ上げても、どうしても判らなかった情報は今までにありましたか?

「ないね。そんなものあったら、この世の誰が調べても永遠に謎のまんまだろうさ」

◆ 自信満々ですね。最後に、ウンスさんに伺います。

「やっと私なの?」

◆ はい。お待たせしました。ウンスさん。

「なあに?」

◆ チェ・ヨンさんとは、本当に来世でも逢えると思いますか?

「もちろん。絶対に逢えます」

そう答えるウンスさんの目に迷いはない。倖せなんだなと思う。
ウンスさんが、横の男を確かめる。男は少しだけ目許を綻ばせて頷く。

来世でも、またその次の来世でも。
そんな風に何度生まれ変わっても愛せる、愛したい、そんな人に巡りあう事。
それは本当に幸運で、そして途轍もなく怖い事だ。

何故なら余程の奇跡が起きない限り、人は必ずどちらかが片方を残して行く事になるから。

私の心に決めている事を全部知ったら。もしもここにいる誰かが心の中を読んだら。
怒るだろうか。それとも絶望するんだろうか。それとも諦めるんだろうか。

それとも。

◆ 歴史を変えてはいけない、と最初の頃には言っていました。いつ頃から気持ちが変わりましたか?

「徳興君からノートを渡されて、この人の未来が読めた時。歴史なんて糞喰らえだと思いました。
何があってもこの人を守りたい。そして守る事が、最終的に歴史を正しく進めていくと思う。
だってあの時この人に何かあったら、結局私たちが知る歴史とはどこか変わっていたでしょ?」

◆ この後、歴史通りに物事は進みますか?
それともユ・ウンスという本来の高麗史には存在しなかった異分子によって、変わって行くと思いますか?

「大筋は変わらないと思う。ただディテールは、誰も知らないから。
歴史に名を残すなんて、ごくごく一部分の人だけでしょ?
私はここで生きて頑張ってるこの人と、そしてみんなが心も体も元気でいられるように、精一杯やるだけ」

瞳の光の強さに、さっきのタウンさんの声が重なる。
あの方は何処か幼い子のようで。真直ぐで、力加減を知りません。

「歴史に名前の残らない人達こそが、歴史を作ってると思う。
名前の残る一握りの人間だけでは絶対に歴史は作れない。伝記は書けてもね」
「・・・どうしたの?」

私の声に、ウンスさんがビックリしたみたいに高い声を上げた。

「嫌いになっても良い。こんな酷いことをって思われても良い。でも綺麗なだけの歴史なんて存在しないよね?
世界終末時計は11:58だし、ウンスさんも知らなかった大統領が騒いでる。
私はあなたたちの中に、人間がこんな風に生きられたらなあって理想を見出したいんだと思う」
「ちょ、ちょっと」

突然しんみりした私の声に、楽しい筈の宴会の席が騒めいた。
「大丈夫なの?これからそんなにつらいことばっかりなの?」
「そうじゃない」

世界は変わり続けていく。時間は誰にも止められない。
そんな日々の積み重ねが何百年か後、歴史という名の記録になる。
その中で絶対に変わらない何かを掴んで欲しいと思う。

◆「以上です。今日はお付き合い頂き、ありがとうございました」

私が頭を下げると、居間の面々が複雑な顔で頭を下げ返す。
そしてそのおかしな空気を変えるように、上座の男が言った。
「この後は無礼講だ。チュンソク、テマン、付き合え」

その声に指名を受けた二人の顔が強張った。

 

*****

 

庭の景色も想像していた通りだった。まあ当然だけど。
縁側の前には四季折々の薬草が植えられる花壇のスペース。その奥には背の高い薬木。
「いつ帰るんだ」

大騒ぎの居間から音もなく抜け出て近づいていた男が、寒い縁側に座って庭を眺める背後から声をかける。

「え?泊まりますけど何か」
「ふざけるな」
「ふざけてなんかいない。至極真面目だけど」
「充分飲み食いしたろう」
「えーと、別に飲み食いしたいから泊まる訳じゃありませんけど」

チェ・ヨンは居間には戻らず、縁側の私から離れて腰を下ろした。
こっちを横目で見ると諦めたように嘆息して、黒い目がもう一度、闇のせいで何も見えなくなった庭を眺める。

しばらく無言で並んで眺める庭。
そして痺れを切らしたのか、チェ・ヨンが横顔のまま口を開く。
「俺が先か、あの方か」
「何の事だか」
「白を切るな」
「知ってどうするんだ」
「覚悟を決める」

何の覚悟だろう。残す覚悟?残される覚悟?
そうやって生きてる時から書き残せる遺書になんて興味はない。
本当に人を生かすのは、遺書なんて書きたくないと思う気持ち。
最後の瞬間まで相手を残して行きたくないと足掻く執着と努力。

「自分の未来になんて、興味はないんだろう?」
「あの方の先は知っておきたい」
「知ってどうするんだろう。また助けるのかな?」
「当然だ」
「助けられると思う事自体が思い上がりだ。強い人は気付かない。
いや、気付くのが遅くなるのかな。人間の力には限界があるって」
「お前」
「男はスーパーマンになりたがる。相手の危機を察知して、どこからともなく飛んで来て救う夢を見る。
そんな事が毎回出来る訳ないのに」

もう話す事はない。
私はスーパーマンなんていないと思うから。
ただ泥を這いずっても、自分がどれだけ傷ついても、相手を傷つけたくない人間が好きだ。
縁側から腰を上げて、まだ座ったままのチェ・ヨンを見降ろす。

「チェ・ヨン」
「何だ」
「あなたと逢えて良かった。前も言ったけど。もうちょっとだけ、付き合ってもらう」
「・・・帰れよ」
「そういう意味の付き合うじゃないけど。まあいいや。お風呂に入りたいんですけど」
「帰れ」
「イヤだよ。家の中も探検したいしさ。あと何部屋あるの?寝室、見ても良い?」
「ふざけるな」

横に座っていた男も腰を上げ、まるで野良猫を追い出すみたいにシッシッ、と手を振って見せた。

「ああそういう態度ですか。じゃあ結構。
一宿一飯の恩義と言うけど、一宿がないならこの先はどうなっても恨まないでよね」

居間に戻りながら独り言みたいに呟くと、後ろから慌てたようにチェ・ヨンが距離を詰めて来る。

「風呂だな」
「うん。あと、お家探検」
「好きなだけ見ろ」
「そんなに怖いの?何か起きるのが?」
「・・・俺にではない」

待ち望んでようやく手に入れたら、次は失うのが怖い。
人間なんて出会いと別れの繰り返しなのにね?
そして私は、その別れの後にやって来るもう一歩先を知りたい。

心はいつも、あなたの元へ。
いつでも、いつまでも。何度も、何度でも。
あなたたちの最後のその先まで、きちんと見届けたい。

「チェ・ヨン」
「何だ」
「倖せにしてあげるからね」

誰一人それを倖せとは思わなくても、未来に続く最高の結末を。
私の一言に物言いたげな瞳を返した男を廊下に残して、居間に続く扉を大きく開ける。

「呑み直そう!チェ・ヨンさんが是非泊まって行ってって頼むから、泊まって行く事にしました!」

居間の中から返る女性陣の歓声と、訝し気な男性陣の視線。
そしてチェ・ヨンは両方を受け、頭痛をこらえるように大きな片掌で額を抑えた。

 

 

【 2016 再開祭 | 言問 2018 ~ Fin ~ 】

 

 

 

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