2016 再開祭 | 春夜喜雨・拾壱

 

 

「今回は、どれくらいいられるの?」
「完成迄」
「特に期限はないの?いつまでに帰る、とか」
「早急に」

典医寺の部屋の中、ベッドを隠すパーテーションの向こうから返るあなたの声。
私はパーテーションのこっち側でベッドに大きな布を広げて、最低限の着物だけを包む。
ほとんどの着物は家に置いてきちゃってる。典医寺の部屋にあるのは臨時の時の着替えだけ。
チョイスの幅は狭いけど、仕方ないわ。
雨だからレインコート代わりのトゥルマギだけはいるわよね。
「ねえ、ヨンア」

パーテーションに背中を向けたまま、大急ぎで荷物をまとめながらあなたを呼ぶ。
・・・のに、返事は返って来ない。
「ヨンアー?」

振り向いてパーテーション越しに部屋に声をかけても、やっぱりあの声が返って来なくて。
でもまさかこれから出掛けようって話の後に、あの人だけどっかに行っちゃうなんてないわよね?
まとめた荷物を縛って持ち上げて、トゥルマギを羽織ってパーテーションから顔を覗かせたら。

あの人は腕を組んだまんま難しい顔で、離れた窓際に立っていた。

窓の外に静かに降ってる雨を見つめる、あなたの黒い瞳。
曇り空のせいか、それとも長い雨で濡れた窓越しの新緑のせいか。
さっき脈を診て何でもないって分かってるはずなのに、あなたの顔色が悪い気がして、心臓が跳ねる。

あわてて窓際のあなたに駆け寄って、明るいところで診ようと腕を伸ばした。
その時あなたは分からないくらい、でもしっかりと、私の伸ばした指を避けた。

避けられた?

「・・・ヨンア?」

呼んだ声に、あなたは横顔で頷く。窓の外に瞳を向けたまま。
「はい」
「さっき、も、呼んだのに。聞こえなかった?」
「・・・いえ」

大好きな大きな手が、まとめた荷物をそっと奪い取る。
そのままこっちに背中を向けて、あなたは大股で歩き出した。
「聞こえておりました」
「・・・じゃあ、返事くらいしてよ。いなくなっちゃったかと」

いくら部屋の中でも、そんなに早く歩かれたらついていけない。
小走りにあなたの横について、どんどん先に行っちゃいそうな袖を強く引っ張るのに。

普段ならそうすれば止まってくれるはずの足は、そんな優しい気配もない。
ただ少し、ほんのすこーしだけ、速度が落ちる。
「何で怒ってるの?」
「・・・判りませんか」
「分かんないから聞いてるんじゃない!」
「判らねば治しようもない」

その言い方にカチンと来て、私は大きく手を広げて、あなたが今にも出そうになってた部屋のドアの前に大の字に立ちふさがった。
「あのね、そういう言い方はないんじゃない?ちゃんと教えてよ、分かんないから聞いてるんだし」
その声に、ずっとそらしてた黒い瞳がまっすぐ戻って来る。

「・・・そんな、怖い顔しなくても・・・いいじゃない・・・」
いつもならここまで折れれば、何かしらリアクションがあるのに。
目の前のあなたは黙ったままで、大きく溜息を吐いただけだった。
「結構」
「え?」
「見ねば良い」
「ちょっとヨンア、ほんとに」
「怖いなら」
「止めてよ。せっかく巴巽村に行けるのに、出かける前からケンカしたくないでしょ?
仲直りして、いい気持ちで出かけよう?ん?」
「喧嘩」

あなたは私の一言に、呆れたように息で笑った。
「だって怒ってるじゃない」
「参ります。チュンソクを待たせている」

思いもしなかった意外な一言に、思わず口がぽかんと開く。
「え、チュンソク隊長も一緒に行くの?」
「ええ」
「2人っきりじゃないの?」
「いえ」

あなたはそう言って、はっきり首を振った。
「何だ、せっかく・・・」
言いかけて、あわてて口を閉じる。それはいくらなんでも失礼よね。
一瞬でもチュンソク隊長がいてちょっと邪魔、なんて思うなんて。

口ごもった私の、勢いを失った両腕がだらんと下がる。
まるで期待してた自分の心がしぼむのと同じくらいに。

あんなに欲しかったオペ道具を取り戻してくれた。
2人っきりで久し振りに出かけられると思った。
言っちゃいけないって分かるけど、でも・・・
ドアへの道をふさいでた私の両腕が落ちた隙に、あなたは横を通り抜けてドアからするりと抜け出る。

そしてまだ降ってる霧雨の中から、部屋の中の私を振り返った。

 

 

 

 

6 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    ウンスにとっては普通の何気ないことなんだけどね~
    ヨンとしては腹の虫が治まらないって言うか、面白くないって言うかね….
    喧嘩ではないけどこれからお出掛けだし気持ち良く行きたいよね(๑•́ ₃ •̀๑)
    チュンソク、邪魔と思ったらいけないのは分かってるけど、そりゃーガッカリしますよね…
    でも先に帰るかも知れないし!なんて*(\´∀`\)*:

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    いろんな意味で変わったヨンですが…
    ヤキモチだけは 仕方がないかな?
    それだけウンスが好きで、大事なのよ
    ウンスは 全く自覚無しだし…
    ウンスは ウンスで 二人きりで
    ♥な 気分だったのに
    なぁ~んだ 残念 (๑•́ ₃ •̀๑)モゥ…
    ちゃんと 言わなきゃ だめよー
    仲直りしなきゃね(ゝω・´★)

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    さらんさま
    こういうスレ違いって、ホントによくありますよね・・・
    若かりし頃には覚えがあります。
    『言ってくれなきゃわからない』
    『わからないなら仕方ない、言ってまでどうこうって訳じゃない』
    『何それ⁉』
    『別に・・・』
    みたいな・・・
    ヨンとウンスにも日常があるんだなと少し嬉しく思ってます。
    平穏な毎日だからこそ、ですものね。
    せっかくのお出かけ・・・チュンソク隊長が困ってしまうくらい、
    仲良く行けると良いなぁ❤
    春の優しい雨。緑も色濃くなりますが。
    しっとりしたヨンも、さぞかし艶めかしく美しいのでしょうね❤
    髪の毛の爆発に喘ぐ我が身が嫌になります・・・(^。^;)

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    やだあヨンア?
    わからないからきいてるんじゃない!
    此方をみてよ、私を見てよ!
    返事をしてヨンア……
    私を見つめて……(泣)
    そう、私はウンス。
    いやなドキドキがとまらないわ、ヨンア……

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    ウンス~ヨンの悋気だよ~
    自覚のないのがウンスのよさでもあるけどヨンの気持ちもくんであげてね‼︎
    百戦錬磨のヨンだけどウンスに対する悋気だけは何度経験しても駄目だから…
    せっかくなんだから仲良く楽しく行って欲しいなぁー

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    お遊び気分のウンスさん。
    あまりにも天真爛漫過ぎますね(^-^;
    此度はヨンに同情しますわ!
    チュンソクにトバッチリが??
    と心配です~~(^_^;)

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