2016 再開祭 | 馬酔木・前篇

 

 

【 馬酔木 】

 

 

附子、烏頭、天雄。全部が鳥兜の塊根の呼び名。
強心、鎮痛、体を温め血を巡らせる。

典医寺の明るい部屋に似合わない名前を順に上げていく。
向かい合った真面目な顔。手元の書と話してる指を交互に確かめる、真剣な目つき。

但し知ってるだろう。毒があり過ぎるから必ず修治をする。
葛根加朮附湯、牛車腎気丸、四逆湯、使っている薬湯は多いよ。

「トリカブトは、有名よね・・・うん、分かった」

櫟は完熟の真赤な実だけは食べられる。でも他は絶対に駄目。
種を四、五粒噛んで飲み下せば、死んでしまう事もある。

「イチイ、ね」

クサノオウ。草乃黄とも瘡之王とも書く事がある。

「漢字は分かんないなあ」

分かんない、の一言で諦めないで。猛毒だからちゃんと覚えて。
刈り取って乾かせば白屈菜。塗って膚病にも、煎じて胃病にも。
但し草の切り口の黄色い汁に直に触れれば爛れるし、そのまま口に入れれば内腑が焼ける。それくらい強い毒だ。

「内臓が?」

向き合ったウンスは筆を止めて、何だかとても辛そうな顔をした。
うん、そうだよと頷くと
「・・・そうなのね」
とだけ言って、もう一度筆を持つけれど。

もう今日はやめよう。修学も大切だけど、薬草も干さなきゃ。
辛そうな顔に指で言うと待ち構えていたように筆を卓の上に置いて、ふうっと大きな息を吐かれてしまった。
両手の指を組んで腕をぐうんと天井へ伸ばし、両の肩をぐるぐると回した後にやっと落ち着いたのか
「じゃあトギ、勉強のお礼にお茶いれるわね。ちょっと待ってて!」

ウンスは笑うと、跳ねるようにして部屋を出て行った。

 

*****

 

「それにしてもトギはほんとに詳しいわ。もう知らない薬草なんてないんじゃない?」

どこから持って来たのか。きっと王妃様のところからだろう。
高価な菓子まで皿に盛って運んで来たウンスと、茶を挟んで向かい合う。

そんな事ない。薬草の種類は何千もある。毒草も入れたらもっともっとある。だから知っておかないと怖いんだよ。
私の指の声に、ウンスは深く頷いた。
「そうよねえ。私たちの時代でも時々あったもの。
毒キノコだって知らないで山で取ったキノコを食べちゃったり、ヨモギと間違えてトリカブトを食べちゃったり」

それは今でもあちこちで起きてる。
でもね、民の中には食べる物が足りなくて、毒があるって知ってて、精一杯毒抜きをして食べてる人たちもいるんだ。
私が指で言うのを、ウンスは困った顔で聞いている。
「そうなの・・・」

きっとウンスには考えもつかないに違いない。典医寺の暮らし、皇宮の全てがどんなに恵まれてるか。
それはウンスのせいじゃない。
天界から、迂達赤の御客人としてテマンの隊長が連れて来た。
そして一回いなくなったのに、何年も後にこうやって戻って来てくれたからなおさらだ。

テマンもみんなも隊長が大好きで、そしてウンスが大好きだし、大切にするし、ちゃんと守らなきゃと思う。
典医寺も迂達赤も、皇宮のみんながそう思ってるのが分かる。
新しくキム先生が来ても、あの時いなくなったみんなの代わりに新しい医官のみんなが来ても、それは何も変わらない。

キム先生は良い人だ。腕も良いし、話もきちんと分かってくれる。
でも私の先生はやっぱりあのチャン先生で、そして私の典医寺はチャン先生と一緒に始まったから。

ウンスはあの時のまんまだ。隊長が連れて来て、水だの飯だのって大騒ぎした初めての日。
もちろんずっと話しやすいし、今は何を考えてるのかも分かる。
うるさいだけじゃなく、心の中を話してくれるようになったから。

チャン先生が守りたかった分まで、私もウンスを守りたいと思う。
今、先生の思い出話が出来る相手は、典医寺にそんなにたくさん残ってるわけじゃないから。
「トギ、それで」

でも悩んでしまう。ウンスは話したいかな。
話せば思い出すかもしれない。何故チャン先生がいなくなったか。
それはウンスにとって、辛くないだろうか。

もちろん悪いのはあの奇轍って親玉と、その手下たち。
なかでもテマンに毒を使った良師って男と、みんなを殺した火遣いと笛遣い。
死んだって聞いた時は、先生には怒られるだろうけど心のどこかで本当は嬉しかった。
天は見てるって、そう思った。

でも誰より命を大切にする先生が聞いたらきっと悲しむ。怒られる。
トギ、そんな事を決して思ってはいけない。
きっとあの静かな声で、厳しい目でそう言われるだろうけど。
「トギ?トギヤ~」

能天気な声にびっくりして顔を上げると、ウンスは真っ白い指先においしそうな菓子をつまんで、私の方に差し出した。
「はい、あーん」
その声に指先の菓子と、ウンスの顔を交互に見詰める。
「あーん」

じれったそうに言うウンスの口の方が、私の口より何倍も大きく開いている。
それにつられて口を開けると、指先の菓子がぽいと口に入って来た。
「トギ、食べよう。淋しい時は食べなきゃ。食べて元気出さなきゃ!」

口に出せなくても、指で言わなくても、もしかしたらウンスは私の心が読めてるのかもしれない。
笑って見せるウンスに、菓子を噛みながら、私はうんと頷いた。

 

 

 

 

トギのお話はどうでしょう?生い立ちやなぜ薬草に詳しくなったのか、声を失ったのはどうして?とても知りたいのでお願いします。 (まゆみさま)

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4 件のコメント

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    お早う御座います。トギは、ウンスの心の友で1番の理解者かと思います。今迄、色々と有り過ぎたけど二人には幸せに、なって欲しいですね。

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