寿ぎ | 20

 

 

そして私たちのうちへと帰る最後の曲がり角。
馬車の小窓の外には見慣れた景色が見える。
その小窓の外から、武閣氏のオンニの優しい声が聞こえる。
「医仙様」
「はい」
「先触れを出しました。もうじき到着します。宜しいでしょうか」

私はそれを聞いて、大きく息を吸って吐いた。
「はい。お願いします」
「畏まりました」

媽媽が私を見て、にっこりと笑う。
「医仙のそのようなお姿を、初めて見ました」
「何か変ですか?」
媽媽はゆっくりと首を振る。
「とても緊張されていらっしゃる」
「それはもちろん、婚儀ですから」

ふふふ、と媽媽が珍しく、お声を上げて笑われる。
「医仙」
「はい」
「いつも医仙がこうしてくれた。今日は私がお返ししたいのです。
抱き締めても、宜しいですか。この世の妹として」

少し恥ずかしそうなお声。困ったみたいに小さく首を傾げて、大きな瞳が私の顔を覗き込む。

胸が詰まって何も言えずに、私はただこくこくと頷いた。
媽媽の柔らかい腕が私に回され、ゆっくりと力がこもる。
私は何も言えず、媽媽を抱き締め返した。
何か言ったら、口を開いたら泣きそうで。

泣いたりしたくない。
媽媽はきっと理由が判らずに、困ってしまうかもしれない。
どんなに隠してもあの人にばれる。余計な心配はかけたくない。

嬉しくて泣いてるのよ、って何度も説明するのは恥ずかしい。

ありがとう、忘れない。こうして抱き締めて下さった事。
国史の教科書でしか知らない魯国大長公主、世紀の恋の主人公のあなたに、こうして抱き締めて頂けた事。

だから私は、あなたを守りたいんです。
そして誰より大切なあの人が大事に守る王様を、守りたいんです。
お2人の歴史をどうにかして変えたい。たとえもしそれが、先の世界を歪めてしまうとしても。

信じたい、お2人の未来も、あの人の未来も変える事が出来るって。
あの人が信じた、あんな風に言葉を交わした幼い李 成桂が、私のあの人を処刑したりしないって。
あの時交わした覚書を覚えててくれる。
この後いずれ来る将来に李氏朝鮮を興すほど、立派な男性になるんだったらなおさらに。

あの人は私と一緒に幸せに暮らして、お父さんになってお爺さんになって、穏やかに年を取っていけるって信じる。
いつまでも心を傷つけて、その背にたくさんの命を背負って、苦しんで剣を振るったりしなくてもいいって信じる。

私はいつだってここにいる。あなたの悲しみを半分もらうために。
私はいつだって横にいたい。あなたの笑顔を倍にするために。

私が今日、あなたにあてて誓うのはそんな言葉。
あなたが嫌がってもあなたを助けたい。未来を変えたい。
あなたを傷つける人は、誰であろうとこの私が許さない。
私たちを愛してくれる人たちの前で、そう宣言したいの。
もしあなたを傷つけるつもりなら、まず私が相手よって。

ねえ、ヨンア。
そうしたら、あなたはやっぱり怒るかしら?

 

*****

 

天から降り注ぐ秋の陽射しに照らされて、門の外で待っていた。

先触れが到着してよりの刻が、気が遠くなる程に長く感じる。
背後のコムも迂達赤も手裏房も、一言も発する事はない。

空からの陽射しが、秋の庭に咲く花の花弁に透ける。
静かに吹く涼風が、庭に茂る木々の色づく葉を揺らす。

待つことには慣れている。こうして待つ事など、どうという事もない。

あなたを迎えに行った。あの昏い夜を超えて。
眸も頭も痛む天界の光の中であなたに逢った。
ひと目姿を見た瞬間の、言葉に出来ぬ不可思議な想い。
初めて見つけ目が離せず、それが何かも判らぬまま、男達に部屋を引き摺られた。

あなたを担いで天門をくぐり、無理矢理お連れした地上の高麗。
どれ程に苛立ったろう。この名を汚された、誓いを守れずにと。
それでも王命だ、逆らう事など叶わない。
せめて出来るのは関わらずにいる事、一日も早く返してやる事。
俺の腕の中で怯えて身を固くし泣いた小鳥を。
この指で図らずも掴んでしまった哀れな蝶を。

そして残り一日ずつ死んで行ければ、上々だ。

武人の名を汚されたからだ。返してやると誓ったからだ。
手が掛かるからだ。何も知らぬ赤子のよう危ういからだ。
この世の常識が通じぬからだ。奇轍にまで楯突くからだ。

話す必要などない。関わる必要もない。
探す必要などない。声を聞く必要もない。
思っていた筈が、肝に銘じていた筈が、気付けばこの眸があなたの姿を探していた。
この耳があなたの声を聴いていた。
この心に任せて走る先に必ずあなたがいた。
心のまま伸ばす指先にあなたの手があった。

見えなくなれば心が乱れた。
何処へ向かえば良いのか足が惑った。
黙ったまま座っている事など出来なくなった。
そして離れては生きられぬと、ようやく知った。

あなたの涙を見た。哀しい声を聴いた。
毎晩呼ぶわ、そこにいる?
そんな風に呼びながら、泣きながら迷うなど許さない。
だから待っている。あなたが帰るまで此処にいる。
此処におります、幾度も心で呟きつつ待っていた。
早く来い、此処にいるから戻って来い。

そうして待った俺だから、今更待つなどどうという事もない。

此処にいる。此処にいるから、早く来い。
秋の陽射しの許、眸の前に伸びる道。
早く来い、この腕の中に飛び込んで来い。

陽射しの中、通りを馬車が進んでくる。
あなたが息を吹き込み生かした心の臓が痛い程に鳴る。
後ろに控えた奴らが、一斉に近寄る馬車へと頭を垂れる。

門の前で止まった馬車よりまず王妃媽媽が、チェ尚宮に手を引かれゆっくりと降りて来られる。
その御姿へと、俺は頭を下げた。
武閣氏が付き添う中、媽媽は俺の前で足を止め
「大護軍、心よりお祝いを」
そうお声を掛けて下さる。
「ありがたき幸せ」

お答えすると媽媽は嬉し気に頷かれ、そのまま武閣氏の先導で門の中へと姿を消された。

そして次に叔母上が、馬車より伸びる腕に手を貸して。

どこまでも透き通る秋空。その澄んだ空から降り注ぐ陽射しの中。

あの方が、降りてくる。

白い腕。白い衣。
結い上げた髪。光る簪。

紅い唇。長い睫。
手に持つ秋の花々の束。

馬車より降り、此方を振り向く鳶色の瞳。

人垣の中この姿を見つけ、それが三日月に緩む。

俺だけの天の女人。ようやく逢えた魂の片割れ。

この眸が見つけこの手で掴み、この肩に担ぎ無理矢理に攫った。
この耳で聴きこの足が駆け寄り、この心が求め続ける唯一の方。

あなたなしに生きて行けぬから、二度と離さぬ。

叔母上に手を引かれ、あの方が俺の前で止まる。
俺の差し出した手に、叔母上から離れた細く小さな掌が重なる。

この方が転ばぬようにだけ気を配り、ゆっくりと歩を進める。
歩くのが不得手な方。この晴れの日に慣れぬ衣裳の裾で、万一転びでもしたら大事だ。

横のあなたがふと足を止め、その瞳で俺を見上げる。

どうした。

眸で問いかければ首を振り、安堵したよう俺に手を委ね、またゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。

秋空の下のその歩みは、まるで俺達の歩んだ道のようだ。

立ち止り、見つめあい、時に背を向けた。
気付くまでには遠回りをし、長い時間をかけた。

もう迷う事など二度とない。あなたを迷わせる事も。

この美しい秋の日差しの中、俺だけを見つめるあなたを護る。
そして傷つけるものは決して赦さぬ。

決して忘れる事はない。あなたの手を握って歩くこの道程。
この門をくぐり、秋の庭を抜け、宅の玄関までのこの短い道程を。

それは俺達があの天門をくぐり、此処に辿り着くまでの遥かな道程でもあった。

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    ウンスの 何か言ったら泣いちゃいそうって
    うんうんわかる わかるよ~
    しあわせ過ぎて泣いちゃうのも
    説明するの 大変よね
    ここまで ホントに長かった~
    でも それまでがあったからなのよね
    あ~ 私も幸せだ!

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    素敵ですねえ
    泣けちゃいました。
    待ちに待った婚儀の始まり…
    読みながら情景が浮かび本当に私の頭の中で映像化しています。
    さらんさん私まで気持ちが高ぶるって凄い表現力ですよ。いつも本当にありがとうございます。

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    ありがとございます(ToT)
    感動です!暫く浸りたいですが、感謝の気持ちも伝えたい‼
    続きお待ちしております。(気負わせたらごめんなさい!)

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    遂に婚儀ですね。
    長かった。特にヨンは…2人にはほんとに幸せになってほしいな。
    きっと2人の力があれば、悲しい運命も変えられるはずですよね。

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    さらんさん♪スゴい~(TT)素敵です♪
    王妃様が抱きしめるところポロッと来てしまいました…(TT)
    歴史なんか変えちゃって下さい( ̄^ ̄)
    それだけを願って二次を見続けています♪
    本当に素敵でした~( 〃▽〃)

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    さらんさま
    感無量。
    この言葉を、心の底から。
    ヨンとウンスに幸あれと、高麗の皆と一緒に願っている心境です。
    自分がここまで惚れ込んだ人が、唯一求めるその相手と結ばれる・・・
    感無量って、こういうときに使うのですね。
    さらんさんのお話にに出会えた自分が、本当に幸せです。
    書き続けてくださってありがとうございます。

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    ヨン、ウンス
    おめでとう~❤
    嬉し涙が次から次へと溢れて
    読み進めるのが大変でした(^^)
    さらんさん~
    本当に本当に感動しました❤
    ありがとうございます(^^)
     

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    さらんさん♥
    何ものにも染まることのない漆黒の衣装を身に
    着けたヨンと、これから愛する人の色に染まる
    ための純白のドレスを纏ったウンス…♥
    瞳と眸で交わす二人の間に言葉は要りませんね…。
    はああ…♥…、私の無粋なコメントもお邪魔な程
    厳かで うっとりするシーンです(〃∇〃)。
    さらんさん♥
    今宵は、とっておきのBath Milkを入れた
    お風呂に浸りながら拝読させて頂きましたが
    とっておきのさらんさんのお話に、
    幸せな気分にも浸れましたよ(#^^#)
    ありがとうございます。

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    透き通る秋空。
    その澄んだ空から降り注ぐ陽射しの中・・
    ヨン、もうすぐ、ウンスは全てヨンの魂に溶け合うのですね。おめでとう!
    トギの作ってくれたブーケを持つウンスの、白いドレスが、私の心を柔らかに包んでくれています。ヨンの、麒麟の刺繍が入った黒い服と、ヨンに染まる白いドレスのウンス。瞼を閉じると、喜びに満ちた二人の姿が浮かんできます。
    Something Blue・・何かしら・・
    純潔をあらわす 青いもの・・
    Something Four 二人のこの後が楽しみです!
    歴史を変えても、二人には幸せになってほしい。

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    さらんさん、いつも素敵なお話をありがとうございます。
    いよいよ、この日がやってきましたね。
    美しい秋晴れの下、凛とした美しいチェヨンとウンス。
    二人の愛と絆。
    周囲の人々が二人を想う愛と絆。
    この日にたどり着く迄の出来事。
    いろいろな情景が目に浮かび、涙が出てきました。
    おめでとう。
    おめでとう。おめでとう。

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    いよいよ花嫁様到着ですね。
    読ませて頂いていて、ヨンやウンスの緊張や待ち遠しさが伝わるようです。
    これから婚儀が始まると思うとドキドキです。
    みんなが見守る中、この先一生、ただ1人と決めた互いしか愛さず、互いを護る誓いを…
    そんな、二人の幸せそうな姿が思い浮かんでなんだかとっても嬉しいです。

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    やっと ここまで来ましたね~o(^-^)o
    何度も何度も読み返しています。
    ヨンとウンスの思いが迫って来て目に浮んで来ます。
    いつもさらんさんのお話楽しみにしてます!

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