寿ぎ | 翌暁 【 絆・後篇 】

 

 

「大護軍、自分達もそろそろ」

叔母上と立ち話を交わす玄関に向け、チュンソク達が居間から廊下を渡って来る。
「そうか」
「この後の事もあります。大護軍はどうぞゆっくり」
「お邪魔しました」
「大護軍、医仙、旅をお楽しみください」

俄に騒がしくなった玄関先、皆がそこを踏み出した処で。
「ちょいと、あんたら何してんのさ」

庭の途を言いながら此方へ向かうその声に、叔母上が鋭い舌打ちで応える。
「・・・何しに来た、マンボ」
「ご挨拶だねえ、この女は。片付けに来たに決まってるだろ!」

マンボと共に歩み寄るチホとシウル、そしてヒド。
この面々ならばまだ納得も出来るが、奴らの背後から見えた姿を見て、玄関先の声が止まる。
「大護軍、突然申し訳ありません」
一際丈高いセイルの声、そして脇に控える巴巽の村長たちの姿。
「・・・どうした」
「昨日マンボ殿の離れをお借りしたので。村へ戻る前に御挨拶をと思い、ご案内頂きました」
「しかし何だい」

マンボが言いながら、庭の中を目で確かめる。
「すっかり片付いてるじゃないか。男手まで用意して無駄足かい」
「・・・いや」
俺の声に、その場の眼が集まった。
「悪いが皆、帰りは暫し待ってくれ」
そう言って踵を返し玄関先から宅内に戻る俺に、不得要領な表情の全員が従った。

 

*****

 

「さて」
居間の中、結局昨日と変わらぬ面子が鼻を突き合わせている。
「巴巽村の鍛冶は、チュンソクは知ってるな」
「直接お話したことはなく」
「・・・そうだったか」

チュンソクが頷いて、巴巽村の面々へと向き合い頭を下げた。
セイルを始め、巴巽村勢がチュンソクへと礼で応える。
「セイル殿」
「はい、大護軍」
「マンボたちと話はしたか」
「いえ、宿をお借りしたご挨拶だけで」
「そうか」

ヒドが愉し気な目で、橋渡しに右往左往する俺を眺めている。
そうして見てるなら手を貸せよ、ヒョン。
その無言の訴えかけを焦らすように、奴の眼が細まった。
助け船を出すつもりはどうやら全くないらしい。

諦めの息を吐き、俺は小さく顎で頷いた。
「改めて順に紹介だ。まず皇宮武閣氏隊長、チェ尚宮。
主に 王妃媽媽の警護を務めている。俺の血縁の叔母上でもある」
その声に叔母上が小さく頷き、巴巽村勢へ頭を下げる。

「迂達赤、俺の直属の隊だ。役目は近衛としての王様の警護だが今後出陣も多くなる。
隊長のチュンソクと、トクマン」
二人が巴巽村勢と目を見交わし、互いに礼を交わす。

「そしてこっちが手裏房だ」
「大護軍」
そこで上がった村長の声に、全員の目が集まる。
「手裏房とは、まさか」
「初めてか、長」
「ええ。何しろその名は伺っても、繋ぎの方法が一切分からず」
長の驚いたような声にマンボが得意気に鼻息を吐く。

「こいつらがその噂の手裏房だ。此処には居らんが、長がいる」
「ああ。兄者なら昨日酔っぱらって戻った後、起き上がれずにぐうすか寝こけてるよ」
「呑み過ぎだ」
「いつもの事さね」

豪快に言い放つマンボに頷くと、もう一度長へと眸を戻す。
「こんな奴らだ。マンボとヒド、シウル、チホ。実際の処どれ程人が居るのかは、俺にもよく分からん」
シウルとチホが巴巽村勢へ笑いかけ、ヒドが半眼の視線を僅かに下げる。

「そして俺の弟分、テマンだ。俺の私兵で何処にも属さん。但し何か事あれば、俺はまずこいつを飛ばす」
その声にテマンが巴巽村勢へと頭を下げる。

「そしてこっちが巴巽村勢だ。巴巽村の事は知ってるか」
「大層腕の良い鍛冶の話は聞いている」
叔母上の声に、鍛冶が目許を綻ばせる。
「但し気に入らぬ注文は、貴族からだろうが王様からだろうが一蹴するともな」
「ああ、そりゃ当然ですだよ」
鍛冶が深く頷いた。
「誰がどう使うか分からん刀を打つなんぞ、時間の無駄ですだ。
振る腕のない奴に渡す槍や、射る腕のない奴に作る弓矢はないですだよ」

平然と言い放つ鍛冶の声に、その場の面々が一斉に吹き出す。
「・・・成程な」
叔母上が興味深げにそう返す。
「関彌領主セイル殿、村長と村の兵長だ。この皆が門外不出の鍛冶の技と領を守っている」
その声に、セイルを始め巴巽村勢が頭を下げた。

「で、この顔合わせだが」
ようやく本題に入る処で、俺は息を吐いた。
「セイル殿、長」
俺に目を向けた巴巽村の面々に、俺は真直ぐ向き合った。
「先に言った通り、恐らくこの先でかい戦が続く。 紅巾族、そして倭寇」
「はい」

先日の話を思い出したか、巴巽村の面々の顔が引き締まる。
「この後、誰が武器を取りに行くかは分からん。手裏房から繋ぎが行く事もある。
逆に万一敵側に巴巽村の情報が洩れれば、 この中の誰かが兵を率いて村を守る可能性もある。
故に忘れんでくれ。この中にいる顔なら誰であれ、間違いはない」
「はい、大護軍」
セイルの声に、巴巽村の面々の頷きが続く。

「マンボ」
「何だい」
「師叔にも改めて頼むが、巴巽村近くに手裏房の信用できる奴を置いてほしい。
定期的に村と繋ぎを取ってくれ」
「ああ、分かったよ」
二つ返事で頷くマンボに顎で頷き返し、最後に全員に声を掛ける。

「そして此処には居らんが、もう一人皆に紹介したい奴がいる。
此処からの話は一切他言無用」
懐へと手を突込み、昨日ムソンから預かった小さな銅の壺を引き摺り出す。
その蓋を開け、居間の卓の上へ置く。
さすがどいつも歴戦の兵、一切無駄な言葉は飛んで来ん。
ただ全員の目が壺の中身を無言でじっと見る。

「大護軍、これは」
「ああ」
口火を切ったチュンソクに頷く。
「何処で手に入れた、ヨンア」
「高麗だ」
叔母上がその耳で聞いても信じられぬ様子で目を開く。
「元でしか作れぬのでは」
「今まではな」
セイルが俺を真直ぐ見つめ、深く頷いた。

「碧瀾渡でこの火薬を作っている男がいる。チェ・ムソンという。何れ早いうちに皆に紹介したい」

俺の横のこの方が小さく息を吐く。婚儀早々のこの雰囲気に疲れたか。
それでもこうして一堂に会す機会などそうあるものではない。
この邂逅が成せただけでも、婚儀を開いた価値があった。

「兵の腕、手裏房の情報網、巴巽村の武器防具、そしてこの火薬。
どれが欠けても高麗の、民の、そして王様の命取りになる。だから頼む」

背を伸ばし目前の奴ら全員に向け、俺は深く頭を下げた。

ここにいる全員を知るのはこの方と俺だけだ。
それぞれ一流の腕や力を持ち、その分どいつも誇り高い。
信じろと言って簡単にはいと頷く奴でもない。
それでも時間がない。互いに深く分かり合うには時間が足りん。
第一距離があり過ぎる。その行き来だけで忙殺される。

ならば俺を、この声を信じてもらうしかない。
信じてついて来てもらうしか道はない。

「ここにいる面々を忘れるな。ここにいる奴らなら信じられる。
俺は信じている。故にこうして顔を繋いだ」
「大護軍」
「ヨンア」
「旦那、おい」
慌てたようにかかるそれらの声に下げていた頭を上げ、全員の顔を見渡す。

「頼めるか」

それだけ確かめた声に、その場の全員が思い思いに頷いた。

 

 

 

 

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