威風堂々 | 43

 

 

「・・・イムジャ」
額から唇が離れた後、去った熱を追うように問う。
「なあに?」
「きすとはまさか、額への口づけの事ですか」
「そういうわけじゃないけど、それも含むのよ」
「あの時の俺は間違いを」
「そうじゃないんだってば!」
「しかしあなたは今額に」
「だって、だって出来ないでしょ!恥ずかしいじゃない!!」

恥ずかしい。唇を許すだけで恥ずかしいのか。
ではその胸帯を解きたがる俺を知れば、この方はどうなる。
「イムジャ」
「なによ!」
「・・・め、おとになれば何をするか、は」
「知ってるってば、だから何度も言ったじゃない!がっかりさせたら嫌だから、先に知っておいた方がいいんじゃないのって聞いたでしょ!」
「唇どころではないでしょう・・・夫婦となれば」
「そ、それはそうだけどでも、女から何かをしたりは」
そこでこの方は不安げに眉を顰め、小さく首を傾げる。
「・・・するの?やっぱり」

覚悟はしていた筈だ。この方には教えねばならん事が多いと。
高麗のしきたり、皇宮での立居振舞い。
王様や王妃媽媽への礼儀作法、敵を作らず目立たぬよう過ごす処世術。

しかし誰が思う。まさか閨での振舞いまで教える事になるなど。
御自身からは恥ずかしいと、口づけすら碌に出来ない方に。
眩暈を覚えながら首を振り、どうにかこの方に告げる。
「・・・俺がお教えします」

大丈夫だ。婚儀の支度はすでにほとんど整っている。
それが確認できただけでも良い。
あとは婚儀を挙げるだけだ。支度がすべて整い次第。
先ずは挙げてさえしまえば此方のものだ。

俺の言葉にこの方は小さな耳朶まで真赤に染め
「・・・よろしく、お願いします・・・」
そう言って何故か深々と頭を下げた。

何をどう願われているのか、考えるのも空恐ろしい。
望む姿態で閨の寝台に横たわるつもりなのだろうか。
駄目だ。まだだ。考えるなと己を戒め話題を変える。
「まずは一両日中に、あなたの衣装を受け取りに」
「うん、行ってくる」
「佳き日取りを決め次第、王様にお伝えします」
「よろしくね、私も媽媽と叔母様に話すから」
「叔母上とチュンソク、手裏房に日取りを話せば、必要な者らに声を掛けてくれる手筈です」
「誰が来てくれるのかな」

この方は途端に弾むような声を上げる。
「考えられるのはまず叔母上、迂達赤、手裏房」
「それは当然よね。でも・・・」

惑うように首を傾げ、この方は床に落ちた手拭いをようやく拾い上げ、卓上へ畳んで置く。
そして立ち上がり俺の手を牽いて寝台へと誘う。

そして其処へ飛び乗ると、握ったままのこの手を牽く。
「・・・イムジャ」
「ん?」
その手にどうにか抵抗し、足元の床を踏みしめたままで首を振る。
「そうした事は婚儀の後で」
「そうした、って、どうした?」
「手を牽いて寝台に引き入れるなど」
「え」

丸い瞳をより丸くして寝台の上から俺を見つめるこの方に、眸を逸らしながら諭す。
そういう顔も駄目だ。誘っているようにしか見えぬから。
無垢と純粋の衣を剥ぎ取り、俺だけの色で染めたくなるから。

考えて背筋が冷える。
まさか意味が判らぬままこの方は今までもこうした顔で、他の男を見つめた事があったのだろうか。
「もしかして、婚儀までは寝るのも別々?!」
その小さな叫び声に邪念を振り払うよう、思い切り首を振る。
「いえ、そうではなく」
「じゃあ隣に来て」

安堵したように笑み崩れ、腰をずらして寝台の上、ご自身の横を空けるこの方。
大丈夫だ。もうすぐ其処だ。
日を取り決め王様へご報告を上げ、菩提寺の和尚様へお報せし。
叔母上とチュンソク、手裏房が一声掛け、集まれる者だけが来てくれれば良い。
宴の支度をマンボとタウンに頼み、そこで宴を催して、次に旅に出れば。

それで全てから解放される。もう思い悩む事はない。
後は生涯この方と共に居られる。己の全てで護れる。
誰に遠慮する事も、名分に悩む事も、体面を憂う事も無い。
俺の妻だ。妻を護って何が悪いとそう言い切る事が出来る。

毎日お伝えする事が出来る。朝も昼も夜もあの天界の言の葉を。
この想いの全てをこの方に伝えられる。たった一つの言の葉で。

「ねえ、ヨンア?」
ようやく横に納まった腕の中。
暖を取るようにぺたりと張り付き、夜着越しの心の音が伝わる程近い処からこの眸を見上げる。
「はい」
両腕で包むよう小さな体を抱き直すと、小さな鼻先が咽喉元の剥き出しの肌へ摺り寄せられる。

この方は知らない。
そうだ。だから今までこうも平然と擦り寄れたのだ。
その息で、俺の肌のあちこちに焼き鏝が押せたのだ。

この方を選んだのも誓いを立てたのも他ならぬ己自身。
この方は言っていた。手が掛かるわよと。
そうだ。だから今暫くの劫火に炙られるのは仕方ない。
「迂達赤って、何人くらい来てくれるの?」
「・・・日が決まらぬうちは何とも・・・」

応えるこの声がやや掠れるのも仕方ない。
「そうか、そうよねえ。当直とかもあるものね」
その唇が咽喉元を掠めるように動くのも仕方ない。
「ええ」

婚儀前、早々に一つ悟った事がある。
この方と生涯を共にするのは、こうして堪えて行く事だ。
走り出したこの方を護り、肝を冷やしつつ背に庇う事だ。
その道を閉ざさぬよう、精一杯の力で最後まで戦う事だ。

仕方ない。誰が選んだのでもない。
あれ程周囲に諌められてもこの心が何度でも選ぶのだから。
どれ程止めようとしても、先にこの足が走り出すのだから。

何を失ってもこの方だけは喪えぬと、いなければ生きて行けぬと。
だから、仕方ない。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん❤
    ああ……さらんさんファンの皆さんも大好物に違いない、ドキドキのお話を今日もありがとうございます❤
    ヨン、すごいですね(〃∇〃)。
    こんなにべったりとくっついて寝ていても、一線を超えずに守っているのですから…。
    これはもう、蛇の生殺しどころの状態ではありません。
    (//・_・//)
    婚儀が済めば…、さらんさんからお許しを頂けるのでしょうが、私としてはもう少しこのまま 互いの胸の内を思い図るような時間を楽しませて頂きたいと…(*゚.゚)ゞ。
    それに、海千山千のようなイメージのウンスが、男性を知らなかったというギャップ、これまた男性にとってはたまらないですよね(///∇//)。
    さらんさん、ご馳走様です❤

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