威風堂々 | 28

 

 

「大護軍!」
「大護軍、お早うございます」
「おう」

迂達赤の朝は早い。
兵舎に寝泊まりする若い奴ら、早朝から鍛錬をする奴ら。
夜の歩哨を終え引き上げる奴ら、入替に朝の歩哨へ向かう奴ら。

秋の夜明けは遅い。
朝ぼらけ、ようやく東空がぬくんだ銀紅に染まり始める。
その中を兵舎に向け、俺は挨拶に声を返しながら真直ぐに進む。
「お早うございます、大護軍!」
「お早うございます!」
「御用は無事に済みましたか」
「・・・おう」

確かに七日ぶりだ。故に早出をしたものを。
これ程引き留められるくらいなら、寧ろ人の退く刻に出仕した方がまだましだった。
早朝に似つかわしくない仏頂面で兵舎の扉をくぐる。
「大護軍!お帰りなさい、あ、いやお早うございます!」
早速飛ぶ声と共に、周りの奴らより頭一つ抜けたトクマンが目敏くこの姿を見つけて走り寄る。
「おう」
トクマンの声に吹抜の奴らが一斉に振り向き、此方へ向けて口々に挨拶の声を掛ける。

「大護軍!」
「お早うございます」
「どうでしたか、碧瀾渡は」
「随分かかりましたね」
朝早くから蜂の巣をつついたような騒ぎの奴らの先、人垣を離れた輪の外へ眸を走らせる。
佇むチュンソクがようやく眸の合った俺に向け、困ったように眉を顰め、それでも深く頭を下げた。

「お前ら、持ち場は」
続く俺の低い声に、蜂たちの羽音が止む。
奴らは顔を見合わせ、 途端にしどろもどろに声を詰まらせる。
「え」
「あ」
「あの」
「交代で」
「朝飯が」
「行けよ!」
痺れを切らした俺の怒号に
「はい!!」

最後の返答のみ合わせると、その鎧姿が戸口から明けの表へと一斉に駈け出して行く。
静かになった吹抜けの中、チュンソクが大股で歩み寄り、改めて目前で声を掛ける。
「お帰りなさい」
「留守の間は」
「変わりありません。碧瀾渡の御用は」
「済んだ。王様は」
「ご健勝です」

その声を耳にしながら、久々に階上への階を足早に駆けあがる。
「身仕舞を整えれば向かう。拝謁をお伝えしてくれ」
「はい」
そこで一つ妙な事に気付く。目前のチュンソクの背を確かめても、やはり。
「チュンソク」
「は」
「テマンは何処だ」

いつもならば俺が迂達赤兵舎の表門を潜る時点で必ず駆け寄るあいつの姿が見当たらん。
この気配ならば絶対に見逃すはずなど無い奴が。
しかし俺の問いに、チュンソクは不思議そうに目を見開いた。
「え?」

如何にも不思議な事を訊く、そう言いたげにチュンソクの眉根が寄る。
「・・・何だ」
「大護軍の命ではなかったのですか」
「何の事だ」
「いえ、テマンの事ですが」
「どうした」
俺の声にチュンソクは驚いた顔のまま、この眸を真直ぐ見返した。
「チェ尚宮殿の処で何やらしています。委細は判りませんが。俺達もすっかり大護軍の命だとばかり」
「・・・チェ尚宮」

叔母上が俺の唯一の私兵を勝手に動かす。俺絡みだと思われても仕方がない。
「判った」
「呼びに行きますか」
予想と変わった風向きに、チュンソクが慌てた口調で問う。
「直々に訊く。王様への御拝謁の後で」
「判りました」

そう言って頭を下げ、チュンソクは私室の扉へと踵を返す。
そこを抜け出る奴に背を向け、俺は壁に掛かる麒麟鎧へと手を伸ばした。

 

*****

 

「チェ・ヨン、参りました」
鎧を纏うや駆けつけた王様の康安殿の私室。
七日ぶりにその部屋前の扉で姿勢を正し、僅かに声を張る。
「入りなさい」

部屋内から戻る御声に変わった気配はない。
返った声と共に目前で開いた扉向こうの景色も変わらない。
内官の隊長で開かれた扉から部屋内へ踏み込み、玉座を据えた階前まで進み、普段通りに顎を下げる。
「戻ったか、大護軍」

階上から掛けられる微かに此方をからかう様な御声の調子も、階を降りていらっしゃる足音の調子も。
特に問題はなさそうだと肚裡で息を吐く。
「は」
「目的は達したか」
「は」
「医仙もお元気か」
「は」
「それは上々。続いては婚儀だな」

そこまで御言葉を頂き、下げていた顎を上げる。
「はい」
「段取りは決まっておるのか」
「いえ」

崔家の菩提寺へは遣いを出している。和尚様より説法を頂けば、後の事はどうにでもなる。
何処かで庭を借り、がーでんの宴をちんまりと催せばそれで良い。
「未だに決まっておらんのか」
「・・・は」

呆れたような王様の御声、驚いたようなその響きに返す。
「どれ程の人数が集まるかも判らぬのか」
「・・・は」
「寡人の婚儀の折は、大わらわだったが」
「それは」

それは当時、王様が高麗の皇子でいらしたからだ。
そしてお相手の王妃媽媽が、元の姫であられたからだ。
その御婚儀に少なからず、政としての意味合いが含まれたからだ。
俺達のような市井の民とは違う。俺達の婚儀とは意味が全く違う。
「王様の御婚儀と御比べになるなど」
「ふむ」

王様は如何にも愉快そうな御声で、短く息を吐かれた。
「チェ・ヨン」
「は」
「寡人から申せる事は、それ程ないが」
「は」

含みありげな御声で、王様は呟かれた。
「悪い事は言わぬ。早めに策を立てよ。借りられる手は方々全て使ってな」
「・・・は?」
「迂達赤、禁軍、官軍、武閣氏、手裏房。市井にもそなたを見知る民は大勢おろう。
出来る限り加勢を頼むと良い」
「王様」

俺の婚儀如きに市井の手裏房ならともかく、禁軍や官軍を駆り出すわけになどいかん。
それは誰より目の前におわす王様ご自身が御存知の筈だ。

小さく顎を振り御言葉を諌めようと声を発する前に、王様は愉し気に御口の両端を大きく上げられた。
珍しく皮肉な気配のない笑みで此方をご覧になったまま、嬉し気に心から笑まれる王様に首を傾げる。
その御顔の色が良く見えるのは、留守の七日の間に色付いた康安殿の窓外の紅葉の所為か。
ようやく白々と明るくなった秋の陽が燦燦と部屋内に射す所為か。

「早めが肝要、チェ・ヨン。そなたの婚儀故、誰が参列するやも知れぬであろう」
「それは」
俺を知る者であれば、誰が参列しても構わん。
その代わり政の道具に使うような事はさせん。
それだけは既にあの方と共に心を決めている。

「政の会議代わりにはせぬ故」
「それはよく分かっておる、チェ・ヨン。安堵すると良い。
そなたらを知らぬ者、付き合いのない者は一切招かぬのであろう」
「は」
「しかし式次第は早めにな。そなたより先に婚儀を成した寡人の言葉。
たまには素直に聞くと良い。往々にして思うものだ」
「畏れながら」

意味が判らぬと、王様へ伺う。
「あの時ああしておれば、もっと早くこうしておればとな。婚儀の後によく判る。先に挙げた故に覚えがある」
「・・・は」

確かにおっしゃる事は判ると、俺は再び顎を下げる。
少なくとも俺の知る中で婚儀を成され妻を娶るのは目前の王様、そして家を守るコムくらいのものだ。
しかし王様のお話を伺うよりは、コムの方が俺達の婚儀に遥かに近い。
かといってコムに肚を割って婚儀の話を聞こうにも、付き合いは浅い。

成るように成るだろう。
そして成るようにしか成らん。

そう肚を決め、俺は再び愉し気に笑む王様へ向け眸を下げた。

 

 

 

 

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