威風堂々 | 39

 

 

「お帰りなさい」
門で出迎えるコムの穏やかな声。
「ヨンさん」

預ける愛馬の手綱を受けながら呼び掛けられる。
普段より戻りの刻が遅かった。案じられているのだろう。

あの方を下ろしながら口許を緩めて首を振る。
それ以上の問いは掛からない。
でかい温かい手でチュホンの首を撫で、安堵したように笑み返し頷いて、コムはチュホンを厩へ牽いていく。

冷えた庭先を玄関へと進む。
寒くないかと薄闇の庭の道、横を歩く細い肩を抱き締める。
鞍上ならば後ろから包みチュホンの脚に任せて進めるが、横に並んで肩を抱けば背丈の差がでかい。

この方は小さい。こうして触れる度にはっとする。
どれ程大きく見えても、俺を護って下さっても、患者を叱り励ましてその命を天界の神の医術で救っても。
こうして触れれば握り潰してしまいそうな程に、細く小さく頼りない。

「ただいまぁ」
普段より少し帰りが遅いのを気にしているのだろう。
玄関で待ち兼ねたように出迎えるタウンに向かい、遠慮がちに声を掛ける俺の腕の中のこの方。
「ウンス様、大護軍」
「ああ」

穏やかな声に納得したか、タウンは笑んで頷いた。
似たもの夫婦だ。双方口数は少ない。返る笑みまで似ているようだ。

俺達も。俺と、俺のこの方も。いつかこんな風に似て来るだろうか。
俺もいつかあの花のよう、笑む事が出来るだろうか。
太陽のよう、明るく周囲を照らす事が出来るだろうか。
この細い肩で何もかも背負おうとする、小さく大きい方のように。

「冷えて参りました」
タウンは頭を下げ、優しい目でこの方を覗き込む。
「ウンスさま、温かいチゲが出来ております。先にお湯を」
「わあ、嬉しい!タウンさんとコムさんは?もう食べた?」
「お帰りをお待ちしておりました」
「じゃあ食べよう、先にみんな一緒に!」
「そう言うわけには」

この方の突然の提案に驚いた顔で、タウンが首を振る。
「だって結婚式で忙しくなったら、なかなか顔も合わせにくいかも。
一緒に落ち着いてご飯食べるなんて、しばらくないかもしれないし。ね、いいよねヨンア?」
「ええ」
「大護軍」
「着替える。コムを呼んで来てくれ」

無言のままで俺とこの方の顔を見比べ、タウンが最後に諦めたよう息を吐いて苦笑した。
「・・・・・・はい」
根負けにしたような笑みに俺の横、この方が明るく笑み返す。

 

*****

 

「ウエ・・・婚儀をね、うちで挙げる事にしたの」
コムとタウンと向かい合う夕餉の卓を囲み、この方が俺の横で嬉し気に切り出した。
「そうなのですか!」
タウンが嬉しそうに返す。
「うん。だからね、もしかしたら今まで以上に迷惑かけちゃうかも。しばらく忙しくなると思うし、人の出入りも」
「構いません」
コムが優しくこの方を諭す。
「でも、ただでさえ」

コムがそれ以上は声を上げず、髭面を静かに左右に振る。
この方は嬉しそうに、そして困ったように横の俺を見上げる。
その瞳に小さく頷き返すと、白い頬が嬉し気に朱を帯びる。

皆そうなのだ。あなたの頼みは断れぬ。誰も彼もが味方になる。
それはあなたが自分の事など考えぬからだ。
俺の為に奔走し、皆の為に奔走し、そしてそれを己の為だなどと可愛いらしい勘違いをされているからだ。

申出を断ればすぐに不機嫌になるくせに、それは己の為ではない。
此方が己を大切にせぬ事に、すぐに頬を膨らませるのだ。
首を縦に振るまで意地を張り口煩く付き纏う。
此方が渋々諦めて、その肩に凭れて眠るまで。
そして何をしてでも笑わせる。おかしな声を上げ、歌を歌って。
笑い声が全ての厄災を払うと信じるように。
そして陰ではその厄災まで背負い、一人拳を握り締める。

そうだ。まるであの雨の中、雷の鳴り響いていた庵のように。

もう判って良い頃だ。幾ら頑固でこの世に慣れぬあなたでも。
俺も、周りの皆も、あなたの事を同じように考えていると。
頬を膨らませて付き纏いおかしな声で笑わせてでも、あなたの心配や不安や、苦労を少し分けて欲しいと願っている。
俺だけでないのは、些か納得のいかぬところだがな。
そこまで願うは強欲だ。仏の悟りまでまだまだ遠い。

横のこの方は嬉し気にしきりに婚儀について問い、卓向かいのタウンとコムを困らせている。
どんなふうに挙げるのか。当日までの準備は。
当日はどのような段取りか。和尚様には何をすれば良いのか。
どんな事を訊かれるか。
婚儀の終わった後は何をするのか。宴ではどんな準備が要るのか。
人の集まり具合も判らない。何を準備すれば喜ばれるのか。

タウンもコムも分かる処は答えながら、和やかな夕餉は続く。
話に夢中になるこの方のよく動く口許に、小さな飯粒が付いている。
そればかりが気になって、此方は話どころではない。
「・・・ねえ、ヨンア?」
話の接ぎ穂でやっと振り返って下さった口許に、素早く指を伸ばす。
その飯粒を口に入れ
「はい」

ようやく落ち着いて話に加わる俺に、気付けば卓向うのタウンが驚いた赤い顔を慌てて隠すように伏せ、コムは目で笑みながら頷いた。

成程な。どうやら男同士の方が、この心持ちは通ずるらしい。

 

 

 

 

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