威風堂々 | 46

 

 

「テマナ」
「はい!」
迂達赤兵舎の大門を抜けながら、脇へ駆け寄るテマンへ声を飛ばす。
「鉄原へ早馬を飛ばせ」
「鉄原」
「ああ。到彼岸寺に」
「到彼岸寺、ですか」
「そこの和尚様に、婚儀の日取りを決めて欲しいと」
「到彼岸寺、和尚様、婚儀の日取り」
「文を認める。待て」
「は、はい!」

足を止めることなく兵舎へ飛び込み、階を駆け上ると私室への扉を開ける。
扉脇に待つテマンをそのままに卓の椅子へ腰掛け、紙を広げて墨を磨る。

時間がない。墨はまだ薄く手蹟も乱れている。
和尚様がご覧になれば恐らく一目瞭然だろう。
それでも悠長に墨を磨る時間も、書き直す間も惜しい。

肚の息を整えどうにか書き上げた文を畳み、テマンへと渡す。
「和尚様へ渡せ。崔家のヨンからとで伝わる」
「分かりました」
「お返事を頂いて来い」
「はい!」

渡した文を懐へしまい込んで、テマンの掌がその胸を上から確かめるよう押さえる。
そして一度大きく頷くと
「行ってきます!」
そう言って部屋の扉から駆け出した。

ようやく息を吐き椅子から立ち上がる。
これで和尚様から返答を頂き 日取りさえ決まれば王様へ。
そしてチュンソクと叔母上、手裏房へ。

立ち上がったまま卓の面を撫でてみる。
向かい合い、七殺を斬った後の手の傷を縫われた事があった。

窓へ寄って振り返り、其処から部屋の扉を眺める。
あの扉を開けた時この窓前に、あの方が鎧を纏い立っていた。

そのまま寝台へと歩み寄り、敷布の上に腰を下ろす。
この寝台で初めてあの方に添い寝した。
そしてあの方が此処に腰掛け、毒を呷るのを見守った。
毒に苦しむあの方に天界の薬を噛み砕き、口移しに飲ませた。

この部屋の中だけですら、あの方の思い出が溢れている。
此処で共に過ごした日々などほんの数月だったというのに。

この手の震えを確かめ、あの方が俺を抱き締めた。
俺の鎧の背紐を締めながら、あの方が頬を寄せた。
解毒薬を失った事を黙っていたあの方へ怒鳴った。
あの方無しでは生きて行けぬと、叔母上に告げた。

この部屋の中であの方に訊いた。
帰らずに済めば。解毒薬が見つかれば。
その時は訊きます。一生共に居て下さいと。

この部屋の中であの方が言った。
帰ったら、その後は?その後はどうなるの?
あなたを呼ぶわ。そこにいる?

部屋内の其処此処にあの笑顔が、泣き顔が見える。
あの方の笑い声が、泣き声が聞こえる。

だらしない己への怒りも、兵として許されぬ迷いへの苛立ちも。
あなたへの抑えきれない愛おしさも味わった。この部屋の中で。

もう一人待つ事も待たせる事もない。この生涯最後まで共に。
一日でもない。一年でもない。此処で交わした誓いを永遠に。
この部屋に戻ろうと宅に移ろうと、この先何処まで行こうと。

二度とあなただけは離さない。

 

*****

 

「チュンソク」
階を足早に下りながら階下のチュンソクへ声を掛ける。
「は」
「婚儀の日取りがじき決まる。門の護りを今一度確かめろ」
「分かりました」
「式には敬姫様とハナ殿も呼んでくれ」
「・・・は?」
「お前にも良い鍛錬だ」
「大護軍」

兵舎を抜けようとする俺に従きチュンソクが困ったように息を吐く。
「お二人の婚儀を拝見すれば、またあの方が大騒ぎを」
「それも良いだろ」
「そういうわけには」
「見ておけ」
「は?」
「どれ程厄介か」
「もう十分、拝見しました」

半歩後ろのチュンソクが首を振る気配に
「まだまだだ」
はっきり告げてやる。まだまだだ。
こいつも婚儀の時に味わう。ましてお相手は公主と儀賓大監の姫。
俺達どころの騒ぎではない。自由より我儘よりも守るべき体面がある。

姫には甘いこいつの事、願いを聞き届けられぬ事に胃が痛くなる程の焦りを覚えるだろう。
俺が隠したように、こいつも表沙汰にしようとすまいと。

「昼の鍛錬からは俺も出る」
歩きながら告げる声にチュンソクが低く訊く。
「御用は全て済んだのですか」
「ああ」
「お休みにならず大丈夫なのですか。鍛錬なら俺達でも」
「鍛えておきたい」

新兵の鍛錬にはほとんど出ておらん。
戦を避ける冬に向け、そしてこの後の戦に向け、鍛えておくに越したことはない。
そろそろ惚けた頭を切り替える時だ。

倖せの最中にいる時は思う。
明るい日々が永遠に続くのではないかと。
そして願う。このまま永遠に続けば良い。
そんな事は幻だと誰よりも分かっている。
ほんの束の間の安らぎだからこそ、何よりも大切である事を。

北の紅巾族、南の倭寇。分かっている。
戻って来る時はより強大になっている。
そしてその日の訪れがそう遠くない事も。

ムソンの火薬を。鍛冶の武器と防具を。兵たちの鍛錬を。
どれが欠けても、我が高麗に明日はない。
国の安定を。民の生活を。王様の威信を。
そして何よりあの方が笑って過ごせるように護る。その為に。
「死なぬ程度に」

こいつにも伝わるだろう。考える事は同じだ。
ましてこいつにも今そうして腕の中、必死で護るべき方がいる。
無言で頷いたチュンソクは、そのまま空へ目を投げる。
「すっかり秋です」
「ああ」
「一冬鍛え、春になれば」
「そうだな」

護るべき者を連れ戦場に立つ俺。護るべき者を置き戦場に立つお前。
どちらも因果だ。どちらも死ねん。
そして兵たちを失うわけにはいかん。奴らにも皆そうした者が居る。
家族が。友が。愛おしい者が。その為に。
「死なん程度に、ですね」

秋風に運ばれ足元を舞う枯葉を踏み、小さな音を立てながらこの肚を読んだチュンソクに、俺は黙って頷いた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ぽっぽ久しぶり~
    そうね チュンソクのところは
    もっと大変そう ( ´艸`)
    でも キョンヒさますごく喜ぶでしょうね
    がーでんに およばれしたら…♥
    あ~ はやく 和尚さま 日取りを決めて!
    明日でも、明後日でも!

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