威風堂々 | 6

 

 

諦め顔のウンスを諭すよう、私は声を重ねる。
「決して言わぬ。お前もあ奴には決して訊くな」
「・・・・・・叔母様」

誰よりもあの甥を想うウンスの事、万一にもその傷を抉るような愚かな真似をするとは思えぬが。
「どんな人だったんですか」
「・・・メヒか」
「はい」
「知る必要は」
「知らなきゃ、ずっと気になっちゃいそうで」

私は橋の欄干に凭れた。
「聞いて後悔はせぬか」
凭れたまま目を投げるとウンスは確りと声に出す。
「はい」
「・・・淋しい子だった」

あの頃兄上の邸ですれ違った、幼い頃の姿を思い出す。
母を亡くしたヨン。そして双親を失くしたメヒ。
ムン・チフ殿に教えられながら、邸の庭で武芸を磨く幼い二人。

まだ兄上がお元気だった頃。あ奴は闊達だった。
負けん気が強く、ムン・チフ殿に教えを受けるたびに伸びた。
そしてメヒはもの静かな娘だった。
居るのか居らぬのか分からぬ程、鍛錬以外の時は何処かの隅にそっと控えていた。

その姿を目で追ってはちょっかいを出していたあの頃のヨン。
そうされる時だけ、そっと目で笑い返すメヒ。

あの頃の兄上の庭の風景を、頭を振って追い払う。
今ようやくあ奴が見つけたのは目の前のウンスだ。
どれ程懐かしい光景でも戻る事はない。

「早くして親を亡くし、伯父が赤月隊の隊員でそこに引き取られてな。妹がいたはずだが、幼過ぎて別の親戚に引き取られたそうだ」
「そうだったんですか」
「ヨンの師父、ムン・チフ殿がヨンに武芸や呼吸法を教え始めた頃、幾度か共に連れて来られた。故にあ奴とは幼馴染でもあった」
「そんな小さい頃から」
「ヨンが十六で父、私の兄君を見送って、赤月隊に入ってよりずっと共に居った」
「・・・そうでしたか」
「赤月隊は激務だった。隠密集団故に表に出る事も叶わず、お褒めもないまま、ひたすらに務めは続いた」
「はい」
「おまけに隊員たちは皆、内功の持ち主だったからな。
ともすれば異端とも受け取られ兼ねぬ力も褒め、伸ばし、存分に鍛錬することも出来たのだろう。故に絆も深い」
「雷功、ですか」
「ああ。ヨンはな。隊員の中にはいろいろな力を持つ者が居た」
「メヒさんも、そんな力を」
「ああ、持っておったから入隊できたのだろう。メヒは専ら多節鞭を操っておったようだが」
「一緒に戦っていたんですね、戦場で」
「それはそうだろう。隊員は烈しい戦で減る一方だった。その中で幾度も共に死地を潜り抜けて来たのだろうな」
「・・・そうですよね」

欄干に凭れた私の脇、ウンスは淋し気な顔で困ったように笑んだ。
「私だけじゃなかったんですね」
「・・・何がだ」
「あの人を守りたいって思ったのは」
「ウンスヤ」
「あの人が護りたいって思ったのも、きっと」
「良いか。メヒは諦めた。あ奴を守る事も、あ奴に守られる事も。確かにムン・チフ殿は、メヒを庇って亡くなられた。
当時の王は常軌を逸していらした。つまりは時代が悪かった。
しかしお前らの時とて徳成府院君が居た。徳興君が居ったろう。分かるか。諦めずに戦えば未来は変わったかもしれぬ。
ヨンと二人で戦えば、乗り越えれば変わったかもしれぬのだ。お前はそうした。しかしメヒはしなかった。
お前は守ると言うヨンを信じた。しかしメヒは信じなんだ。
あ奴が探しておったのは、守った最後に在る死に場所だった。
しかしウンスヤ、お前はそれより尊いものを与えた。分かるか」

ウンスが此方を振り返る。その目を真直ぐに見て告げる。

「生きる場所だ。守る為には死ねぬと、あ奴に教えた」
「生きる、場所」
「死ぬ気で突っ込んでくる兵は恐ろしい。まさに捨て身だからな。
しかしそういう奴らは、斬り捨てれば死ぬ。本当に恐ろしいのは生きて帰るつもりで突っ込んで来る兵だ。
そんな者は、斬っても死なぬ。突いても死なぬ」

今のあ奴はそんな兵になった。
あの内功に加えて恐ろしいまでの生への執念を抱いていたら、生半可な敵が斬ったり突いたりする程度で死ぬわけがない。

「お前が初めてあ奴に教えたのだ。死なずに護れと。その為に必ず生きて戻って来いと。それを誓えと」
「叔母様、でもそれは」
「お前が自分大事でそう言うたなら、ただのお笑い種だったろう。
しかし違う。お前はあ奴が生きる為に、あ奴を生かす為に言うた」
「だって、でもそれは」
「信じてやれ。お前の婿になる男だろう」

長話をし過ぎたか。これでその腹の虫が治まれば良いが。
凭れた欄干から身を起こすと、傍らのウンスが此方を見る。
「第一あの男が二股を掛けられる程、器用なものか」

考えただけで笑えて来る。そんな機会は事実、幾らでも転がっておった。
ウンスを待つ四年の間にも。そして戻って来てからも。
当時の宰枢大監の御息女ヘジョン様を筆頭に高官達の御息女、妓楼の玄人、皇宮の尚宮女官から下働き、市井の女に至るまで。

あの男が余りに無頓着で、その秋波に全く気付かぬだけだ。
敵の放つ殺気であれば人一倍敏感な男が。
周囲など見えずただひたすらに待ち続けた。それまで疑われては幾ら不出来とはいえ、甥が哀れだ。

「分かってるんです。でも気になって」
身を起こした私に、ウンスが訴える。

私は数歩進み、そこからウンスを振り向いた。
この距離まで離れればそこで対するのは皇宮最高の医員、天からいらした医仙だ。
「医仙」

呼び掛けに、まだ欄干に凭れたままの医仙が目を投げる。

「大護軍を生かして下さり、感謝します。これで兄にも顔が立ちます。ですからどうか」
そこから静かに頭を下げると、医仙が驚いたように慌ててその頭を下げ返す。
頭が上がるのを待ち、最後に私は言った。
「医仙と出会う前の事。この場でお忘れください」

曖昧に頷く医仙をそこへ残し、更に回廊を数歩下がってから踵を返すと、回廊を歩き始める。媽媽の御部屋へ戻る為。

戻れば御心痛の媽媽から、問い詰められるだろう。さて何と言うべきか。

甥の寝言のせいで、痴話喧嘩を。

まさか正直に言えるわけもない。頭を痛めながら歩を進める、秋の回廊。

全く、この二人にはいつまでも手を焼く。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    なんだかね~
    ウンスの気持ちもわかるし
    叔母様の話しも すごく 胸を打つ
    何だか 泣きそう。
    何でも話そうって なってたけど
    こればかりはね… ウンス どうする?
    ドキドキしてきました。

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    さらんさん、手を焼かせる二人のお話、最高です❤
    愛があるからこそ、焼きもちをやくのであって…^_^;。
    今宵の私は、日々酷使しているPCに手を焼いていましたよ。
    (°Д°;≡°Д°;)
    許容量をオーバーするくらい大量のデータを詰め込んでしまっていることは、承知しています。
    でも、よりによって、さらんさんへのコメントを書いている途中でフリーズしなくても…。
    リカバリーしなくてはダメかしら?とブルブル震えつつ、あれこれ試してみたところ、どうにか復活しました。
    そうそう、ヨンとウンスもフリーズしちゃうような時がままあるでしょうね。
    でも、大丈夫!
    私のWIN7ちゃんのように(ええ、まだ7です^_^;)、いつだって復活するのです。
    さらんさん、おやすみなさい❤

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