威風堂々 | 42

 

 

「え、えーと」
油灯の薄明かりの中でも、白い頬が赤く染まるのが分かる。
「急にどうしたの?」
「あなたも巴巽村で、急におっしゃった」
「うん、それはそうだけど」
「許婚です。おかしなことではない」

いつもならここで引く。これ以上強引には踏み込まん。
それをよく知るこの方だから、退かぬ俺に戸惑っている。
「ヨンア、何かあったの?」
「いえ」

いつもならば無言のままで、ただ唇を寄せる。
眠る時なら起きてしまわぬよう、黙って盗む。
そうはせず真正面から向かう俺にこの方は驚いている。
「いつもと違うなあって」
「ええ」

同じ処ばかりを巡るだけでは答は出ない。
婚儀までに片付けねばならぬ題目がこれ程山積していたとは。
余りに簡単に考えた。
愛おしくて離れられぬ。離れれば生きられぬ。だから待つ。
戻って来て下さったから二度と離れぬ。この命を懸け護る。

全て余りに簡単に考え過ぎた。
天界の門の前で御両親に誓えれば、それだけで十分だと。
この方が望む通りの婚儀を挙げる。
そう決めた途端に金の輪の話が出て来た。白と黒の婚礼衣装が。
そしてがーでんの宴が。はねむーんが。

菩提寺で挙げる筈だった婚儀は我が家の仏間に。
開京近くで設える筈だった宴の会場は宅の庭に。
挙句の果てに今は天界のふぉーの話で、王妃媽媽にまで何やらお願いをせねばならぬと言い出す始末だ。

これ以上考える事、変わる事が多くてはついて行けん。
どこかに齟齬や穴があっては、海誓山盟も泡と帰す。
生涯に唯一人と誓う方だからこそそれだけは避けたい。
全ての疑問を氷解し、憂うことなく婚儀を挙げたい。
この方に何も思い悩む事無く、ただ傍にいて欲しい。

「イムジャ」
寝台を立ちこの方の真横へ寄り、手拭いを落としたままの空の小さな手を握る。
「婚儀を行うのは、我が家の仏間」
「・・・はい?」
「がーでんの宴を催すのはこの庭」
「う、うん」
「参列者は、俺達を知る方々全て」
「そう、ね」
「それが全て終わればはねむーん」
「ちょっとヨンア、本当にどうしたの?」

どうしたもこうしたも。戦には事前の軍議と策が必要だ。
率いる者に齟齬や穴や思い違いがあっては、会稽の恥を味わう事になる。
俺は構わん。しかしこれ程期待するこの方に、絶対にそんなものを味わわせるわけにはいかん。

「確認です」
「うーん、わかった」
「金の輪は揃えました」
この方の左の手、心の臓に繋がる指に光る輪を指先で辿る。
割れず欠けず曇らぬ金剛石。星より暖かく光る石をなぞる。
「これで間違いないですね」
「大丈夫、間違いない」
「そして衣装」

僅かに肩越しに眸を投げ、碧瀾渡から持ち帰り棹にかけた黒絹緞子、鈍く光る銀の麒麟を示す。
「あれで問題ないですね。あとはあなたの白絹の衣装を取って来る」
「うん、ばっちりよ。完璧」
ここまでは良しということだ。
「そして終わればはねむーん。場所は何処でも良いと」
「うん。崔家のお墓参りできれば、あとはどこでもいいの」

北や南では騒々しいか。それならば寧ろ鉄原を抜けそのまま東へ。
そこで海を見る方が良いのかもしれん。
行先が決められていない分、気楽で良い。
この方の馬で走れるところまで。そこで宿を取り長閑に過ごせば。

「他に何か、準備は必要ですか」
「宴の準備と会場作り、あとは言ったけどサムシングフォーと」
「会場は手の空いた奴らに頼みます」
「うん」
「ふぉーは、叔母上と王妃媽媽にお願いするのでしょう」
「そうよ。明日にでも早速行って来る」
「宴の準備は、マンボとタウンに」
「うん、お願いしてみる」

その面々であれば、この方の頼みを無碍に断るはずがない。
畏れ多くも王妃媽媽であっても。恐らく俺の出る幕はないだろう。

そして最後の問題は。

「では、きすを」
「だからどうしてそうなるのよ?!」
「許婚に唇を許して下さらないのですか」
まさか婚儀の夜に、この方が泣き出し首を振らぬように。
万が一にも己の手で、この方を傷つける事がないように。

「だから何で突然!」
「して頂きたいので」
「だったらこう、黙ってあなたから来てくれれば」

それでは駄目なのだ。俺から仕掛けるようでは。
俺のする事は余程の事がなくば、受け入れる方だから。

その瞳を見つめると、この方は紅い顔で真一文字に噛んだ唇の白い歯を緩める。
ようやく血の色の戻った唇で息を吐き、鳶色の瞳を閉じた小さな顔が近づく。

まだ湿り気を帯びた長い亜麻色の髪が鼻先を擽る。
愛おしい唇が落ちるだろうと待ったこの唇は留守のまま。
その紅い熱は落ちた前髪の上から、額へと優しく触れる。

小さく軽い、明け方に鳴く小鳥の声のような音をたてて。

予想通りやはりこの方は、何も判っていないのではないだろうか。

 

 

 

 

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