威風堂々 | 30

 

 

「ご苦労だったな」
媽媽のお部屋の前。私を連れて駆けて来たテマンに、立っていた叔母様が頷いた。

「あ奴には、まだ言うな」
「チェ尚宮様」
「もうしばらくで良い。黙っておれ」
「で、でも!」

じれったそうに叫ぶテマンに、叔母様の鋭い視線が飛ぶ。
「テマナ」
「・・・はい」
「あ奴が大事だろう」
「もちろんです!」
「事無く婚儀を終えて欲しかろう」
「はい」
「ならば黙っていろ。ずっととは言わん」
「大護軍に秘密なんて、お、俺は」
「秘密ではない。根回しが済むまでで良い」
「チェ尚宮様!」
「お主の出方次第では、あ奴が一世一代の婚儀で赤っ恥をかく。どちらが良い。大成功か、大失敗か」
「・・・分かりました」

叱られた仔犬みたいに、テマンが眉を下げてうなだれる。
満足そうに頷いたトレーナー・・・じゃなくて叔母様は、
「ではもう暫し待て」

低く小さく囁くとテマンを残して私に目で頷き、回廊を先に立ってすたすた歩き出す。
媽媽のお部屋からどんどん離れて。
「叔母様?」
「お付き合いください、医仙」
背中だけでそう言って。
「ああの、媽媽の回診が」
「まだお時間がございます」

成程、だから急いでたのね。それは分かったけど。
こんなにあちこち手を廻してる。それもあの人に秘密で。
そして婚儀が大成功か、大失敗か。
何なの、何なのよ。ここまで来て大失敗なんて。
失敗だけならまだしも あの人に赤っ恥をかかせるなんて、絶対ダメよ。

「叔母様、ダメです」
後ろについて小走りに駆けながら、前を行く叔母様のまっすぐ伸びた背中に声を掛ける。
「あの人が赤っ恥なんてダメです!」

私の声に回廊のすみっこ、人目がなくなったところでようやく叔母様が足を止めて振り向いてくれた。
「よぉく、分かっております」
「は、い」
「ですからこうして根回しをしております」
「は、はい」
「医仙。婚儀について」
「はい」
「まず鉄原へ出向かれ、当家の菩提寺で誓いを立てられる」
「その予定です」
「その後はがーでんの宴」
「はい」
「場所はお決まりですか」
「いえ、それがまだ」

私が困って首を振ると叔母様は鼻から息を吐き、私を真直ぐ見た。
「ご自宅で、成されませ」
「・・・はい?」
「がーでんの宴は、ご自宅の庭で」
「うちで、ですか」
「あの庭ならば十分広いでしょう」
「それは、それはもちろん広いですけど」

確かに広い。表庭は薬木や薬草を植えてもまだまだスペースがある。
奥に牛舎を建てようかってあの人が言うくらい。手が回らないくらい広い。
来てくれて以来コムさんが、すごくきれいに整えてくれてる。
タウンさんが教えてくれた。コムさんは山育ちだって。
だからついつい甘えて、庭の事は超優秀なガーデナーのコムさんに全部お任せしちゃってるけど。

だけど自宅ウエディングっていうのは、想像もしてなかった。
それ、も、ありかしら。 自宅なら準備は簡単よね。
必要なものは、揃えて置いておけばいいし。
「鉄原まで、馬で三刻・・・」

叔母様は独り言みたいに呟く。
「医仙」
「は、はい」
「菩提寺でなくば、なりませんか」
「はぁ?」
「ご自宅にある仏壇は、チェ家先祖代々受け継がれたもの」
「はい」
「菩提寺から和尚をお招きし、そこで婚儀の誓いを上げ、説法を頂く訳には参りませんか」
「そういうのもありなんですか?」
「はい。皆が皆、菩提寺を持つわけではありません。
自宅に仏壇が備えてあれば、その前で婚儀を挙げ説法を頂く方がむしろ通常です」
「私、全然知らなくて・・・そうなんですか」

毎日手を合わせてお線香を上げて、お供えをしてるお仏壇。
リビングの隣の、仏間にした部屋の中に確かにある。
私自身はクリスチャンだけど・・・この時代キリスト教は伝来してるのかな? 考えた事もなかった。
あの人は1人っ子の長男だし、自宅にお仏壇を持って来たのも当然だと思ってるけど。

「医仙」
関係ない方に流れそうになった私の耳に、ぴしりと飛ぶ叔母様の声。
「呆けている間はありません」
「は、はい」

叔母様、どうされたんだろう。
いつも厳しい方だけど、こんなにピリピリされるなんて珍しい。
私たちの事では厳しいながらもいつも最後には、呆れたお顔で手を貸してくれる方よ。
こんなにピリピリするなんて、武閣氏の仕事以外では考えられない。
武閣氏の仕事なら王妃媽媽をお守りする事でしょ。私達の婚儀とは全く関係ないじゃない?
「あ、あの、叔母様?」
「はい」
「ええと、何で菩提寺じゃ駄目なのかなあ、って」
「・・・・・・」

叔母様は一瞬ためらうように、唇を真一文字に結んで目を閉じる。
「まさか、何かあったんですか?」
止めてよ。
この直前で実はまた元のお偉いさんが邪魔しに来るとか、徳興君やキチョルみたいなレベルの敵が現れた、とか。

婚儀だけは挙げたい。あの人を死ぬまで守るって言いたい。
邪魔するなら私が相手よ。天界の知識でも科学力でも何でも知ってる限る使ってやろうじゃない。
なけなしの国史でも何でもこの脳細胞の奥から引っ張り出して、正々堂々戦ってやろうじゃない。
そう言いたい、それだけなのに。
「移動に刻が掛かるのは」
「はい」
「守りの事を考えますと」
「・・・はい?」

あの人がいてくれる。
今回だって碧瀾渡も、あの天門までの旅の間も、何も問題なんて起きなかった。
何を守るっていうの。誰を守らなきゃいけないの?
「その点、ご自宅であれば皇宮の目と鼻の先」
「はい」
「あ奴が医仙の為、十分に安全を配慮した造りです」
「・・・はい、よく分かります」

コムさんとタウンさんのいる離れ。
いつでも迂達赤や禁軍の人が来られるように、門脇に作った休憩所兼 仮眠の小さなスペース。
家の前は、開京の大路に向けての直線の裏道。家の裏側は行き止まり、超えられない程の深い山。
その山の向こうは、皇宮の奥の北側に繋がってる。
確かにすごく安心できる、外から入って来る人は全部わかる。
入ってきたら最後、袋の鼠状態だけど。

その家を王様がプレゼントして下さったのも、そして賄賂やぜいたくが大嫌いなあの人が信念を曲げてまで受け取ったのも。
全部私の為だってよく分かってるけど。

だけど分からないのは、何で私たちの結婚式にそこまで守りを心配して、考えなきゃいけないのか。そこなのよ。
あの人がいる。私はそれだけ分かれば、心配なんてない。
だって絶対に守ってくれるって知ってる。分かってるの。
私がいる。だからあの人の事は、絶対に心配なんてない。どれ程大怪我をしたとしても私が絶対に治してみせる。

そう信じなかったらこの時代に帰って来たりしない。そう思えなかったらあの人と結婚なんて決めない。
心も体も守りたい。心も体も守ってくれる。お互いに分かってるから結婚しようって決めたの。

1日でも、1年でもなく、生涯共に。
そしてきっと巡り逢う。この時代の命が終わっても次の時代で。
私のベターハーフ。愛するチャギヤ。
この命と引換えでも怖くも惜しくもない、世界でただ1人の人。

あの人が護ってくれる。そして私が守る。なのにそれ以上、何を心配しなきゃいけないの?

歯切れ悪く、悩み深そうな叔母様の顔。
こんな表情を見るのは久しぶり。私は首を傾げて、その顔をじいっと見つめた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん、今日もお話をありがとうございます。
    久々に仕事もプライベートの計画も入れていない休日、ゆっくり起きて、さらんさんのお話をじっくり拝読させて頂きました❤︎
    叔母さま、やはりヨンのことを考えて、何やら準備をしているのですね?
    こうして大事な人達に護られ、どんな婚儀が執り行われるのでしょうか!
    早く見たいような、まだまだ先の楽しみにしたいような…複雑な心境ですσ(^_^;)
    さらんさん、寒くなってきましたね。
    お風邪を召しませんように(#^.^#)

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