威風堂々 | 48

 

 

「イムジャ」
部屋の外、扉から離れたままで叫ぶよう大きく声を掛ける。
声を聴きつけて下さったか、あの方が慌てて部屋の扉を大きく開き顔を覗かせた。
「どうしたの?!怪我?」
叫ぶ高い声の間に扉前へと辿り着き、ようやく一つ息を吐く。
「いえ、無事です」
「だってそんな大声出して」

そう言いながらこの方の温かい手が額へ当たる。
頬を撫で首を滑り、そしてこの手首の血脈へ辿り着く。
「・・・うん、大丈夫。脈はちょっと速いけど、かなり走った?」
「はい」
「どうしたの」
「婚儀の日取りが」
「決まったの?いつ?!」

切り出した言葉にこの方が目を丸くして此方を見上げる。
「五日後です」
「・・・・・・え?」
「五日後です」
「5日後って明日、明後日、しあさって」

俺の手首から離れた指を、この方がそう言って折り始める。
そして最後の一番細い小指を曲げ伸ばししながら
「ここ?この、5日後?」

確かめるべくもない。
「此処です。この、五日後です」
俺はそう言って、今にも折れてしまいそうなその指をそっと握る。
「だってヨンア、じゃああと4日しかないのよ?」
「はい」
「何でそんなに突然、だってまだ衣装だって」
「はい」
「どうしよう、どうしたらいいの?今からお店開いてる?」
「行きましょう」

扉前でこの方の指だけでなく温かく小さな掌ごと握り締めると、何故かこの方が大きく首を振る。
時間がないと、今お伝えしたばかりだろう。
あなたもそうだと、納得して下さったろう。
「お願い、10分だけ待って。まずみんなに伝えなきゃ」

十分がどれ程の長さかは知らん。しかし揉める刻すら惜しい。
黙って頷くと俺はそのまま、扉の中へとこの方に手を引かれるまま飛び込んだ。

「キム先生!」
「医仙、お帰りの時刻では」
駆け込んだ診察棟、入口から呼ぶ高い声に部屋内の医官や薬員が驚いたように手を止めて俺達を見遣る。
「うんそう、帰るんだけど、でもその前に」

この方は俺の手を握ったまま、大きく深く息をする。
そして顔を真直ぐ上げ、部屋内の全ての顔を見渡した。
「あのね、けっこ・・・婚儀が、5日後に決まったから」

その声に、部屋の中が水を打ったようになる。
静けさに怖気づくよう、俺の手を握る細い指に力が籠る。
「急でごめんね。みんな・・・来てくれる?」

この方がおずおず言った声に、歓声が起きる。
「もちろんです、ウンス様!」
「お二人とも、本当におめでとうございます!」
「おめでとうございます」
「必ず参りますよ」

そんな騒ぎの中、この方が俺の手を引いたままキム侍医へと歩み寄る。
「しばらくほんとにバタバタしちゃうかも。大丈夫?」
心配げに首を傾げるこの方を穏やかに見つめ、そして次にその目を俺へと移し、キム侍医ははっきりと笑んだ。

「急な病態の患者はおりません。何も問題はない。敢えて言うなら腕を失くした方くらいです。放っておいても死にはしません」
「頼んだ」
俺の声にキム侍医は深く頷く。
「貸しですね、チェ・ヨン殿」

全く根性の捻じれた男だと、その目に苦い顔で頷き返す。
此処で借りを作る気は毛頭なかったが、この方の為なら仕方ない。
「・・・ああ」
低く不機嫌な声に、侍医がさも可笑し気に喉で笑う。
「冗談です」
「お前な」
「本当におめでとうございます」
「五日後に言え」
「判りました。でも何度聞いても良いでしょう」

何もかも見透かしたような声音に顔を顰め
「来るよな」
そう確かめると、侍医はもう一度深く頷いた。
「お二人の婚儀であれば、何を置いても必ず」
「今居らぬ皆にはお前から伝えろ」
「判りました。伝えます」

そう言う侍医の声を聞き、小さな手を引く。
今度は無言で素直に小走りに従いて下さるこの方に、胸を撫で下しつつ典医寺の薬園を足早に抜ける。

このまま開京の城下へと。
次はあの目の醒めるような純白の婚儀の衣装だ。

 

*****

 

すっかり暮れかけの秋の夕。
残る西日を頼りの足元で冷えた山道を上がり切り、山門をくぐり抜け、ようやくなだらかになった道を足早に堂へと急ぐ。
「和尚様」
「おお、尚宮殿」

息を弾ませ立ち入った蝋燭灯の本堂の中、掛けた声に振り向いた和尚様へと手を合わせ頭を下げる。
「ヨンから文が届いたぞ」
灯の許で手を合わせ頭を下げ返して下さった和尚様はそう言って、袈裟の袖へと手を差し入れる。
「読まれるか」
「いえ」

例え甥とはいえ、私が読んで良いものではない。首を振ると和尚様は袖から空の手を抜いた。
「尚宮殿の読み通りだった」
「尚宮などと。どうぞ名でお呼びください」

私の声に、和尚様は小さく笑う。
「もうそう呼んでいる時の方が長い」
「はい」
「そなたが皇宮に上がって以来だ。どれ程になる」
「数える事もやめておりますので」
「何の何の、儂よりも余程お若い。まだまだひよっこだ」
「・・・和尚様、ヨンには何と」

話の腰を折るような無粋な私の物言いにも、向かい合う和尚様は柔和な表情を崩す事も無い。
さすが仏に仕える方だと、心の中で思わず唸る。
「そなたの言うた通り。なるべく早い佳き日に婚儀を挙げたいとそう書いてきたのでな」

分かりやす過ぎるあ奴の肚の裡。余程医仙を独占したいと見える。
「五日後としたぞ。確かに暦の日取りも最高だ」
「感謝いたします」
五日後。それだけあれば最良の護りも敷ける。
王様と王妃媽媽の御幸にどれだけ注意をしても、し過ぎはない。
深く頭を下げると、和尚様は頷きながら愉し気におっしゃった。

「あの男にしては珍しく、随分と焦って認めたようだ。墨も薄くてな」
ああ、恥ずかしい。全く兄上の息子としてあってはならぬ失態だ。
崔家の菩提寺の和尚様に、こうしてその肚まで見透かされるなど。
「しかし五日後とは早過ぎぬか。ヨンも驚いておろう」
懸念されるようなその声に首を振る。
「佳き日を選んで頂き、心より喜んでおりましょう」

あ奴の事だ。早ければ早いなりに最良の策で事に当たろう。
ここまで来たらせめて一日でも早く医仙を娶れ。
陰に隠れてその程度の力を貸すことしか、私には出来ん。
まして騙し討ちのように、王様と媽媽をお連れする以上。

いっそ十年後と御返事をして頂いても良かったがな。
お主なら十年でも二十年でも待つであろう。
二十年経てば、お主も少しは熱が冷めるのだろうか。
そんな事は起きぬ気がする。

産まれてこのかた甥として見て来た無欲なお主が唯一つ、心から欲して駄々を捏ね、命を懸けてようやく手に入れた方。
あれ程反対しようと諌めようと、頑として聞き入れる事も無く一念を貫き通して、信じたままでただお帰りを待った方。

たとえ今更二十年待たせたとして、唯ひたすらに待ったろうが。
さすがに気を揉むのももう面倒臭い。私は他に見たいものがある。
二十年待たせなかったのは、一日も早く姪孫を見たいが故だ。此方も老後の楽しみが欲しい。

こんな事を伝えようものなら睨まれそうだがな。
「尚宮殿」
穏やかな呼び声に目を上げると、和尚様は微笑んだままで仰った。
「遅くなる前に、そろそろ戻られる方が良い」
「はい」

手を合わせ、もう一度深く頭を下げる。
「気を付けてな、エスク」
最後に名を呼ぶその声に送られ、私は本堂を足早に抜けた。

 

 

 

 

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