威風堂々 | 67(終)

 

 

「良い庭だ、良く丹精されている」
「は」
急拵えの玉座前、王様へと向かって頭を下げる。
「住もうてみて、何か不便はないか」

王様は畏れ多くも此度の婚儀ばかりでなく、下賜して頂いた宅の住み具合にまで御心を砕いて下さっているのだろう。
俺を見てそうお尋ねになる。
「いえ」
「それは何より。何かあればいつでも遠慮なく申せ」
「は」

俺は頭を下げた後、改めて顔を上げる。
「王様。せめて今後は何があろうと迂達赤隊長にだけは必ずお声を」
王様はわざと驚いたように目を瞠る。
「迂達赤は此度の御幸について、最後まで耳に入っていなかったと」

ははは、と王様が明るい声を上げられる。
「迂達赤隊長には申し訳ないが、隊長よりそなたの耳に入れば必ずそうして止められる故。
内密にと、鷹揚軍護軍に厳しく命じていた」
「王様」
「今後は約束する。昨日言うた通り。しかしそなたがいて、迂達赤がおり禁軍がおる。
本日の開京中を探して、此処より安全な場所はないであろう」

玉座にゆったり凭れて、王様は御目を閉じられた。
「・・・は」
そうまでおっしゃられれば頷くより無い。

「て、大護軍!」
コムと共に門に控えていたテマンが駆け寄り、玉座の王様に慌てて頭を下げる。
心地良い乾いた秋風の中、その額に汗まで浮かべて。
「どうした」
「む、武閣氏の先触れが。医仙がもうすぐ到着と」

いよいよか。
深く息を吸う俺に、王様の嬉し気な細めた御目が当たる。
「分かった。禁軍!」

周囲を警戒している持ち場より俺に振り向き
「は!」
と一斉に返す禁軍の兵の奴らに
「王様を守れ」
それだけの声を飛ばす。
「は!」

返答の声を聞きつつ、次にアン・ジェを目で探す。肝心な時に消えやがって。
庭中隈なく眸を走らせ、暢気な足取りで此方に向かい歩いてくる奴に小さく声を張る。
「離れる。王様を頼む」
「医仙が着かれたか」
「じきだ」

最後に王様に一礼し、門へと足を向ける。
背の後ろにテマン、そしてトクマンが続く。

「お、旦那。天女が来たのか?」
門へと進む俺達に気付き、シウルとチホが駆け寄る。
「じきだ」
「そうかあ。綺麗だろうな、天女は」

そのチホの頭に、トクマンの速手が飛ぶ。
「余計な事を言うな!」
トクマンを鋭く睨みつけると、チホが怒鳴り返す。
「おいのっぽ、ふざけんじゃねえぞ!誰がてめえに槍を教えて」
「二言目にはそうして先生風を吹かせるけどな、俺だって大護軍の迂達赤の一員だ。大護軍の命でなきゃ教わったりはしない」
「そうかよ、俺だって旦那の命令じゃなきゃ、おめえに槍を教えたりしねえよ!」

この男二人は寄ると触ると口論だ。仲が良いのか悪いのか。
深く息を吐きひたすら門へと急ぐ。
王様がいらっしゃる。和尚様もおいでだ。
そうでなくばその片耳ずつを握り、門まで引き摺り、そこから放り出してやるものを。

静かにしろ。そう怒鳴る暇すら惜しい。
あの方が着く、もうじき此処へ戻る。
戻ってこの腕の中へ抱き締めてしまえば、もう二度と離さない。

庭から門への道に咲く橙色の凌霄葉蓮。赤紫に揺れる鶏頭。
淡い藤納戸の萩の花。影に咲く白練の杜鵑草。
陽に透ける紅葉の光の中、秋の花々が小さく揺れる。

俺に何かあってはならぬと、あの方の心が溢れる我が家の薬園。
秋の彩に溢れた庭の中、ひと際鮮やかにあの黄色い花が揺れる。

無彩色だった俺の心に、一輪だけ咲いた花。
無言のまま天界の薬瓶に詰め、俺だけのものだと見つめた花。

あの花が永遠に俺だけのものになる。色褪せる事も枯れる事も無い。
互いの永遠の誓いの金の輪と共に、欠けず、割れず、曇る事も無い。

あなたを愛している。あなたが横にいれば欲しいものはない。
あなたを護り、この命の最後まで何処までも共に。
その声で呼んで下さる限り、何処からでも応える。

ユ・ウンスっていうの。
教えて下さった、舌の上で転がしたあなたの名。あなたの命。
あなたが息を吹き込み、新たに与えて下さったこの鼓動。
この鼓動に突き動かされ、今あなたを迎えに行く。
そしてあなたが味方にした男共までが、こうして俺の背に従う。
どの顔も喜びに溢れ、堪え切れぬ笑みを湛えている。

それでも俺の前でだけ見せてほしい。その笑顔も泣き顔も。
甘く高い、愛しいあの声で名を呼ぶ事も。
どの男であろうとそれを見る事も聴く事も絶対に許さない。
今日からあなたの全ては、俺だけのものだ。

俺も、どの女人を呼ぶ事も無い。夢の中でももう二度と。
そしてどの女人に見せる事も無い。この笑顔も涙も。
今日から俺の全ては、あなただけのものだ。

 

*****

 

「アン・ジェ護軍」
大護軍が御前より数歩離れたのを見計らい、低く護軍をお呼びする。
「どうした、迂達赤隊長」
「此度のようなおふざけは、もうお止めください」

愉し気にこの顔を覗き込み、アン・ジェ護軍が首を振る。
「好きでしたわけではない。何しろチェ尚宮殿と王様より、直々のお声がけがあったからな」
「でしたら少なくとも、大護軍に御声を」
「いや、そういうわけにもいかん。何しろチェ・ヨンを騙し討ちにするのが密命だった」
「護軍」

一層低く険悪になった声に、アン・ジェ護軍がさすがに軽口を止める。
「お言葉をお選び下さい。例え冗談であれ大護軍を騙し討ちになど、次は迂達赤が黙っておりません」
「・・・そう怖い顔をするな、迂達赤隊長」
「王様と大護軍にかけては、迂達赤には冗談は通じません」
「分かった、分かった。もう二度とせんから、機嫌を直せよ」

取り成すように慌てて笑顔を浮かべ、肩に置かれた護軍の手を俺は握り締め、無言のままで静かに下す。
振り払う程には怒れん。何しろ相手は俺より官位が高い。こんな処が、まだまだ大護軍には追いつけん。
「一先ず本日の衛に付いて、お聞かせ頂きたい」

その顔を真直ぐ見た俺の目に、アン・ジェ護軍が驚いたよう頷いた。

俺が隊列から外れた事には気付いていないのだろう。
大護軍はまっすぐ前を向いたまま、門へと一直線に歩いていく。
あれ程に周囲の気配に敏感な大護軍にしては本当に珍しい。
離れて行く背を視界の隅に見送りながら、小さく苦く笑む。
気もそぞろなのかもしれん。それとも言って下さったあの言葉を覚えておられるのかもしれん。

頼むぞ、隊長。

そんな風に言われて落胆させるなら、自害した方が幾倍もましだ。
それが俺を始めとした迂達赤全員の心の中にある決意なのだから。

秋の庭の中、その黒絹緞子が陽射しを受けて光る。
大護軍がどんなお顔で医仙をお迎えになるのか。
見たかった気もする。そして見なくともこの目に浮かぶ。きっと堪え切れずあの黒い目を優し気に綻ばせるだろう。

初めて迂達赤兵舎で遭った時に思ったものだ。
軽口を叩き、俺の肩を馴れ馴れし気に抱き、部屋中を見渡すあの眸。
どれだけ笑みを浮かべても、その眸だけが冷え冷えと凍っていると。

いつの間にかあんなに穏やかな眸をするようになった大護軍。
そんな風にあの人を変えて下さった医仙が、もうすぐ到着される。

大護軍。御幸せに。どうか御幸せに。
ここにいる誰もが羨むほどに、皆が手本にするほどに、憧れ続けたお二人のまことの絆を永遠に。
そして次は俺の番です。
無論騙し討ちなどでなく、正々堂々とお願いしに参ります。その時はどれ程嫌がろうと断ろうと、必ずご出席頂きます。

それくらいの役得がなくば、こうしてあなたの背を追う甲斐も無い。
普段散々苦労しておる。それくらいの願いはお聞き届け頂きたい。

そしてその大護軍の御婚儀、一分の隙も乱れも生むわけにはいかん。まずは目の前のおふざけ好きの護軍を片付ける。
その上でどんな配置を計じておられるか知らねばならん。
万一手抜きでもあってみろ。
俺より上役だろうが、官位が高かろうが問題ではない。大護軍のご婚儀、王様の守りに万一の隙など許されん。
いや。大護軍の補佐、迂達赤の長、王様の守りの責任者として俺が許さん。

「天女が着いたみたいだな」
師叔の声に顔を上げる。
ヨンの後ろに、手裏房や迂達赤が群れている。
「どれ、俺らも天女の姿を拝むとしよう」

唾を飛ばして何をか怒鳴り合う迂達赤とチホに呆れつつ、師叔と俺は少し遅れて奴らの後ろにつく。

そこから秋の透明な日差しの中、先頭を行くヨンの背を眺める。
真直ぐ伸ばした背。陽に透ける髪。悠々とした歩。あの女人を迎える為、真直ぐに前だけを向く双眸。

威風堂々、そうしていつでも風を切って前を歩け。

背を伸ばし、顔を上げ、大きな護りとなってやれ。あの女人へ走ってやれ。側に置け。決して離すな。
離して悔いるくらいなら共に居て悔いる方が良い。その方がまだ悔いは小さいと、俺達は知っている。

誰よりも倖せになれ。お前にはその資格がある。この世の誰よりも倖せになれ。

秋の光の中、門へと歩く大護軍の背を追い掛ける。
大護軍。俺は知ってます。きっと二人なら、誰より幸せになるって決まってる。
これから二人には良いことばかりが続くはずだって。そして俺がきっと、二人の背中を最後まで護ります。

大護軍の広い肩。まっすぐ伸びた背筋。
横の煩いチホを手で払いながら、心の中で伝える。
大護軍。いつか俺が先に逝ったあいつらに伝えます。大護軍と医仙が、どんなに幸せかを。
この世のどんな二人より思いあってるお二人だから。

旦那は多分うんざりしてるな。チホとトクマン煩いからな。
振り返りはしないけど、背中が苛立ってる。
ヨンの旦那、そう怒んないで幸せにな。
これからも俺に弓を教えてくれよな。その代わり旦那と天女の事は最後まで必ず守るからさ。

旦那、嬉しそうだな。さすがに今日は怒鳴られない。
いつもならのっぽとこんなに騒いだら、殺しそうな目で睨むけどな。
あんまり調子に乗って騒ぐのはやめといてやるよ。俺の槍も、天女を護る時の旦那の鬼剣には敵わねえから。

兄者。見えますかね。ヨンがいよいよ、嫁御を出迎えに行きますよ。
あの立派な背を見てやってください。
ひょろひょろ背えばっかりでかかった子供のあいつが、いつの間にか女人一人をしっかり受け止める立派な男になりやがった。
今だけでも天からあいつの傍に、戻って来ちゃくれませんか。
きっとヨンも、兄者や皆に見せたがってるに違いないでしょう。

鷹揚隊護軍と、迂達赤隊長が低く声を交わし合っている。
寡人の言葉で始まったとはいえ、申し訳ない事だ。
しかし本当に今日だけは、無理を押しても参列したかった。寡人の最初の民、そして誰より信頼するあの男の婚儀だからこそ。

その笑みが見たかった。
いつでも辛い役目ばかりを負わせるからこそ、何かをしたかった。
そなたの献身に。決して惰性や慣れ合いや、己の保身のためには寡人に一歩も近寄っては来ぬそなただからこそ。

一臣下と思った事など無い。そなたはこの高麗の武の柱だ。
寡人が折れる訳に行かぬよう、そなたにも折れる事は許されん。
だからこそ。共に立たねばならぬ柱だからこそ、そなたの心からの幸せな顔が見たかった。

大護軍。幸せに。そなたの倖せを、誰より祈る。
寡人に、そして王妃に愛という意味を教えて下さった医仙がお相手ならば、こんな杞憂は要らぬだろうが。

門へと向かう一団を見つめた後、横に控えるドチに目を遣る。
ドチが全てを心得た笑みを返し、そっと頷く。

全てが輝く、どこまでも澄み渡った美しい秋の日。
さて、寡人の王妃と共にいらっしゃる嫁御をお迎えしよう。

ドチに頷き返し、設えられた座から立ち上がる。

この佳き日、本日の主役の座はあの二人に譲ってやらねばなるまい。

 

 

【 威風堂々 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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15 件のコメント

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    いつもキュンキュンしながら拝読しております。これから益々幸せな二人の物語が続くのを楽しみにしてます。お身体にお気をつけられ いつまでも書き続けて下さい。

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    後ろ姿は 
    さぞかし立派な立ち姿なんでしょうね~
    もう 前は…
    しあわせそのもの
    愛しい人を迎える いい顔をしてるんでしょう。
    今までのすべてを知る人ならば
    ヨンとウンスに しあわせになって欲しい
    その姿を見届けたいわよね~ 
    あ~ 私も見たいです! ( ´艸`)
    お疲れ様でした~
    次作も楽しみにしてまする~ ぽっぽ~!

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    チェヨン君の晴れ姿。皆さまの嬉しい気持ち。うんうん、そうだよね。民の一人として私も嬉しい!
    けど、花嫁は???
    ウンスちゃんの姿がまだ見えないんですけど~

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    長編お疲れ様でした。
    会場の全てが、二人の幸せを願いそして守る。
    チェヨンに直接言ったら、自分の命を一番になんて言いながら頭に腹に痛い鉄拳が落とされる?
    ウンスは呆れながらも、みんなを魅了する笑顔を振りまきながら見守るのでしょうね。
    みんなが幸せの笑顔で溢れている姿が目に浮かびました。

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    さらんさんが依って立つものが何であるか。それが伝わってきた作品。そして続く二作品。ゆっくり、丁寧に読み続けさせていただきたいと思っています。
    「威風堂々」最後の一編を読ませていただき、今、大きな安堵にも似た気持ちに包まれています。ヨンの歩んできた道程をあらためて一緒に辿った毎日。ここを訪ね過ごした時間は至福の時でした。
    「威風堂々」のタイトルを最初に拝見した瞬間、ヨンの凛として堂々としたうしろ姿が見えるようでした。そして今日、その最終回で、ヨンのうしろ姿を温かく見守っていらっしゃるさらんさんを感じながら、「威風堂々」という一言に出会い胸が熱くなる思いでした。
    ヨンというひとりの人間。無尽蔵と思われるほどの泉のような魅力に溢れた男。生きることに愛することにどうしようもないほど不器用だけれど、碧く澄んだ湖を奥深くに湛えたその心は一途な愛を得、その真実を見極める叡智は王の信頼を、部下と民の尊敬と得ていった日々が、季節の情感あふれる景色の中で一層鮮やかに映し出されていました。
    さらんさん、本当にありがとうございました。
    ドラマで追い続けたヨン。さらんさんの筆によって描き続けられるヨン。やはり、ヨンは最高の男です。ヨンの幸せを祈らずにいられません。

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    まるで私もヨンの婚儀に参列して居る様で 本当に幸せな気持ちでいっぱいです♡
    いよいよウンスが入場ですね~
    ウンスになった気持ちで 一緒に婚儀に臨みたいと思います
    きっとウルウルしちゃうなぁ~♡

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    さらんさん❤
    まずは「威風堂々」、実に67話の脱稿、おめでとうございます。
    はああ……ため息しか出ません(///∇//)。
    ヨンも迂達赤の面々も、カッコよすぎて…。
    一人ひとりが自分がすべきことをし、出せる力を最大限に出して、大好きなヨンを護ろうとしてくれているのですよね。
    なんと素晴らしい奴ら…❤
    ウンスへの想い以外は、何の欲も持たないヨンだからこそ、誰もが敬い、慕うのでしょうねえ。
    ああ…、やはり さらんさんとこのヨンはとことん男前です。
    さらんさん❤
    この「威風堂々」シリーズも、私にとって大事な宝物となりました。
    ありがとうございます。
    本当は、シャンパン開けて慰労して差し上げたいのですが、それはクリスマス等々にとっておいて…。
    まずはお疲れ様でした。

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    「威風堂々」
    本当に素敵なお話をありがとうございました。
    切なくなったり、ちょっとクスクス(^w^)したり、感動したり……
    みんなに愛され、慕われるチェヨン、
    「威風堂々」
    チェヨンにぴったりの言葉で、思わず震えてしまいました。
    続きを楽しみにしています。

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    さらんさん。
    こんばんは
    ほんとにいよいよですね。
    更新してもらうたびに、ドキドキです。
    ウンス、きれいだろうな。さらんさんがどう書いてくださるのか、すっごくたのしみです。

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    さらんさん。威風堂々、お疲れ様でした。
    さらんさんのお話しは本格的な小説の様で、少し固く、でもすごく個人個人の胸内が書き表されていて。愛に溢れるお話でした。
    この続きの次のシリーズを楽しみにしています!
    ステキなヨンとウンスをありがとうございました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    長編お疲れ様でした。
    王様を始め、皆がヨンの婚儀が嬉しくてしょうがない感じが伝わって来ました!
    チュンソクが頼もしくてびっくり( ´艸`)
    やっと迎えられた婚儀♡私も嬉しい♪ヨン耐えましたから(((*≧艸≦)
    さあ~いよいよウンス登場ですね(*^^*)楽しみにしています!
    その前にとっても楽しみなクリパがありますね。文章にサランさんの楽しみにしている様子が伝わってきましたよ。私もとっても楽しみです。
    クリパが終わってからゆっくりウンス書いて下さい^_−☆

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