威風堂々 | 44

 

 

「迂達赤って、今全部で何人くらい?」
「新入りから精鋭まで合わせれば、およそ二百人程」
「全員来るってことは・・・ないのかな」
「ないでしょう。新入りなど特に、俺を恐れる奴ばかりです」
「そうなの?」
「ええ」

チュンソクやトクマンが橋渡しをしようにも、俺どころか奴らをすら怖がる新入りの兵たちもいる。
碌々顔すら合わせぬ俺の婚儀など興味も無かろうし、参加しようとも思わぬだろう。
「じゃあ、手裏房は?」
「は」
「手裏房って、私は師叔さんやマンボ姐さんや、ヒドさん・・・あとはシウルさんやチホさんくらいしか分からないけど」
「実際どれ程関わる人間がいるのか、俺も知りません」

開京は疎か、高麗の北から南まで人と物の動きを知る裏組織。
頂点が師叔だという事以外、実際の動きは俺も把握しきれん。
あの預かった号牌がなくば、接触すら不可能だろう。
「来るのは恐らく、今の五名だけかと」
「・・・それもまだ未定よね。増える事もあり得る?」
「俺が知らぬのですから、それはないかと」

うーんと腕の中で小さく唸りつつ、この方が俺の首に細い腕を回す。
そしてその回した腕でこの頭を抱くと、この方の細い指が髪を梳る。
「あとは武閣氏のオンニたちよねぇ」

廻された腕、この髪を梳く指の動きの心地良さ。
眸を閉じて、どうにかこの方の声を追いかける。
「あなたを御存知の者が、おりますか」
「個人的にうんと親しい人はいないけど」
「では来ぬでしょう」
「どうかなあ。あなた人気あるし」
「・・・は?」

半ば夢の中で響く小さな棘を含んだその声に、仰天して眸を開く。
この方は今、何を言った。
「イムジャ」
「知らないの?あなたすっごく人気あるのよ、武閣氏のオンニに。
それだけじゃないわ、水刺房でも繍房でも他の尚宮オンニたちに」
「一体何を」
「ああ、いいのそういう言い訳は。職場では嫌われるより好かれた方が、何かと便利よねえ」

知った事か。俺が好かれるなど。それも迂達赤でなく武閣氏や尚宮に。
「とにかくはっきりさせたかったの。どれくらいの人が来るか。
マンボ姐さんやタウンさん達だって、お料理の目安がわからないとどれくらい人をお願いして用意すればいいか分からないだろうし。
突然女性のお客様ばっかり増えてもねぇ」
「・・・それは、そうですが」

何だろう。この方の先刻から声の端々に見え隠れする棘は。
「これで全部?」
「恐らく」
「北の隊長さんたちとかは?」
「国境隊長ですか」
「うん。巴巽村の鍛冶さんや村長さんや、領主さまたちは?」
「・・・確かに」
「ムソンさんも呼んでたでしょ?」
「奴には別件もあります。来てもらうに越したことはない」
「ドレ・・・衣装屋さんを紹介してもらったんだもの、キョンヒ様とハナさんにだって来てほしいわ」
「ええ」
「そしたら衣装屋さんだって来てくれるかもしれない。作った衣装をきっと見たいはずよね?」
「はい」
「他にもあなたを知ってる人、たくさんいそう」
「そう言われると・・・」

確かにそうだ。そう言われると返す声も無い。
国境隊。禁軍。官軍。今まで俺が率い、共に戦場へ赴いた奴ら。
今となっては官軍への組込を待つ、双城総管府の兵たちもいる。

そして市井の者。俺達を知っていれば誰でも歓迎すると言った。
ここまで話が出回っている以上どの者が来ても不思議ではない。

すっかり去ってしまった眠気。
細い腕に抱かれたままの頭の中でまたしても考えが巡る。
まさかな。分不相応に広いこの庭に、人が溢れる程など。

皇居の半分が来れば話は別だが、そこまで集まる筈がない。
迂達赤に加え武閣氏、そして皇宮を護る禁軍の半分が来るなど、王様と王妃媽媽が動かれぬ限りは有り得ん。

であれば有り得るのは、市井の者たちが来た時だ。
以前助けた村の生き残りの者たち。この方と行く市の商売人たち。
迂達赤で飲みに出かけた酒楼の者たち。
この方の去った後に倒れた俺を救って下さった道士。
今も何処かで静かに暮らすだろう、メヒの妹のテヒ。
大監の失脚以来、消息さえ知らぬ御息女ヘジョン殿。

誰が来ても良い。俺達を知るものならば。
但しそれは場合によって、この方を危険に晒すことにもなり兼ねん。
横に張り付いて護るとしても、この方も俺も当日には来賓を応対せねばなるまい。
どの程度護れるのか。叔母上にも声を掛けねばならん。
俺が席を立つとすれば、この方を一人にはさせられん。
「念の為、チュンソクに門の護りを確認します」
「うん、そうして。人気者の旦那様との結婚式だから、嫉妬した女の人が刃物振り回しに来るかもしれないでしょ」

厭な勘ほどよく当たると言うが。
この方の声に思わず眉を顰める。
「・・・笑えません」
「もちろんよ」
腕の中のこの方が言って、いきなり俺の咽喉元に歯を立てた。
痛くはないが驚いて、思わずその埋められた頭に眸を落とす。
「本気だもの」

温かい唇を咽喉に当て籠った声でこの方が怒ったように呟いた。
その悋気に苦く笑い、柔らかく細い髪に掌を滑らせて宥め、悪戯な歯を見過ごしながら胸裡で思い描く。

刃物を振り回す女人はともかく本当に来て欲しかった方々を。
誰が来ても良い。しかし本当に来て欲しかった方々がいる。

天界の御義父上、御義母上。そして父上、母上。
重い言葉を最期に残して目前で喪ってしまった隊長。
この方の医術に惚れこみ解毒薬を護ったチャン侍医。
きっと俺を待ちながらその最期まで戦ったチュソク。
俺の迷いの鎖を断ち切る為に奇轍に向かったトルベ。
先に逝った俺の赤月隊の家族。そして迂達赤の奴ら。

叶わないと判っている。だから願う事はない。
ただ約束したい。誰よりもその皆に誓いたい。
必ず倖せにすると。そして共に倖せになると。
この方を護って欲しい、俺に護る力をくれと。
この心の底から、唯一つそれだけを頼みたい。

きっと皆、判っていると頷いて笑うだろう。
そして必ず頼みを聞き届けてくれるはずだ。
信じている。信じられる。例え同じ世に居ろうと居るまいと。

 

 

 

 

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