威風堂々 | 27

 

 

「気を付けて帰って下さい、大護軍様、奥方様」
火薬屋ムソンの声に頷き、それぞれの馬を牽く。
「婚儀には来い」
「はい!」
「またな」

そう言って鞍へと上がるこの方の体を支える。
「ムソンさん、ほんとにありがとう。お店の人にもお礼を言っておいてね」
仕方ない。この方が馬の上からムソンへと一度手を振る、それくらいは目を瞑る。

そしてこの方が鞍に納まったのを確かめて、鞍へ上がる前に奴の横で低く呟く。
「最高の火薬を準備しておけ」
「え」
「折を見て王様への謁見を賜る」
「ちょ」

大声を上げかける火薬屋を眸で制し、そのまま続いて愛馬へと跨る。
馬上の俺を見上げた奴へと頷いて見せると、
「詳しくは次だ」
突拍子もないこの言葉に茫然と立つ奴へそれだけ残し、跨るチュホンの脇腹へ踵を当てる。

飛ばして二刻。一路開京へ。

 

*****

 

「ヨンさん」
小山のような体、八手の葉のような大きな手を振られると、これ程距離を取っても気付く。

宅の門前。乗りつけたチュホンの蹄の音に気付いたコムが慌てたように門を飛び出て来た。
まだ距離のある俺達に珍しく大きな声で呼び掛ける。
「お帰りなさい」

愛馬を乗り付けた門前でいつものように手綱を渡す。
コムは嬉しそうに手綱を受け取ると、懐かし気な手つきでチュホンの鼻面を優しく撫でた。
「おう」
「変わりはありません」
「そうか」

鞍から飛び降り、この方の降りるのに手を貸しながら頷く。
「こっちの奴も手入れをしてやってくれ。 明日皇宮に戻しに行く」

この方が乗っていた馬を眸で指し伝えると、コムは心得たよう頷き返す。
「コムさん、ただいま!留守の間ありがとう」
俺の横、手を添え鞍から下したこの方が声をかける。
「お帰りなさい」
「タウンさんは?元気?」
「はい」

己の事を尋ねられる時より何倍も嬉し気に優しく笑むコムに安堵したよう頷いて、この方は宅へと庭の径を進む。
その径の足許にはあの黄色い花が満開だ。

この方は通りすがりに腰を屈め、その黄色い花を指先で揺らす。
「嬉しい、どの木も花もとってもきれい。手入れしてくれたのね」
「柿の実の熟れたのを、捥いで干してあります」

コムが優しい声で言い、太い指で庭の縁台を指す。
「戻ったらやらなきゃって思ってたの、ほんとにありがとう!」
縁台の上に点々と置かれた章丹の柿の実を見て、俺の脇から小走りに駆け出す方。

月季紅に色付き始めた薬木の葉を優しい秋の陽が透かす。
その色を映した揺れる髪が、あの頃のような緋に染まる。

何故だろう、景色はあの方がいるだけで色を纏う。
そして消えれば色を失う。
あの方があの声で話すだけで空気が優しく揺れる。
そして消えれば音を失う。

あの方が腕の中で瞳を閉じた時に一日が終わり、あの方の瞳が俺を見つめた時新しい日が始まる。

俺の世界は、あの方だけで出来ている。
あの方さえいれば良い。いないなら意味はない。

婚儀を挙げれば、誓いを交わせば、俺のものになれば。
一生護ると誓えれば、少しは安心できると思っていた。
とんでもない間違いだ。知らぬ事ばかりだった。

俺のものになって下さると判れば、俺だけを見ろと慾が湧く。
俺だけを見て下さると判れば、誰より幸せにすると慾が湧く。
誰より幸せにしたと思えれば、恐らくまた次の慾が湧くのだ。

もっと倖せに、いつでも笑って下さるように。
この俺の横に未来永劫留まって下さるように。
それを成す為ならば、俺は何でもするだろう。

「ねえヨンア、見て。すっごくおいしそう」
離れた縁台から呼ぶ透き通った声。
此方を振り向いて曇りなく笑む瞳。
章丹色の実を摘まむ白く細い指先。

ウンス、俺は何処までも強欲になる。この世の誰より力を求める。
この国の誰より平和を求め、この手を何処までも血で濡らす。
それでも構わない。その白い指先が毎秋黄色い花をくれれば。

飽く程に倖せにする。そうでなかった頃など思い出せぬ程。
いつでも笑わせる。悲しい顔など思い出せぬ程。
あなたが思い出させて下さった様に、変えて下さった様に、その世界を俺で埋め尽くし、俺だけの色に染め上げたい。

俺の色。俺の音。俺の夜、そして朝。俺の慾。
俺だけの清らかな世界。この存在の理由の全て。

俺は護る。そして誓う。胸を張り臆する事なく。

俺の世界を護るのに、恥じる理由など何もない。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ヨン 幸せをかみしめる~
    しかも 慾と言うけど
    ほんとに ホントに 小さいこと
    ウンスがそばに居ればそれだけで…
    いや 小さくなんか 無いわね
    一番大事なことよね これがさ。
    さあ 婚儀に、がーでんよ~!

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