威風堂々 | 57

 

 

「て、大護軍」
兵舎の私室、扉を開けたテマンが遠慮がちに覗き込む。
「康安殿から呼び出しが」

婚儀の前日でも俺を遠巻きにしているのを気に病んでいるか。
気まずそうに小さな声で、奴が俺に言った。
「判った」
「て、大護軍。あの」

部屋を横切り扉から出ようとする俺を何故か遮るよう、テマンは扉を塞ぐ。
滅多なことがなくば俺の道を塞ぐなどせぬ奴が。
「あの、俺、大護軍、俺」
「どうした」
「俺すごく苦しくて、それで」
「ああ」
「で、でもまだ言えなくて、いいって言われなくて」
「大事な事か」

俺の問い掛けに、本当に辛そうにテマンが俯く。
俯いたまま真一文字に引き締めた口元が震えている。

暫しそうして考えて、そしてテマンが顔を上げた。
「俺、どうしても大護軍と医仙には、必ず幸せに」
「分かってる」
「だけどいいって言ってもらえなくて。ずっと秘密にはしないって言われて、それで黙ってて」
「誰に」
「そ、それが」

テマンは黒い眉を情けなく下げて困ったように息を吸い、この眸を久し振りに真直ぐ覗き込むと、小さく呟いた。
「チェ、尚宮様、に」

 

*****

 

「チェ・ヨン参りました」
「・・・入りなさい」

康安殿の王様の私室前。掛けたこの声に室内より御声が返る。
内官の手で扉が開くのすら待ちきれず、肩で扉を割るように御部屋の内へと踏み込む。
その踏み入った勢いに、扉脇の内官が驚いたよう眸を瞠る。

王様が執務机の前を離れられる間もなく御部屋を横切り階下へ辿り着いた俺は眸を上げ、玉座の王様を真直ぐ拝する。

王様と向かい合う部屋、壁の飾り窓に秋の陽が溢れている。
これ程に美しい日に、婚儀の前日になって知るなど。
テマンの振舞いの理由を。王様の御言葉の裏を。
あの方の痞えた声の意味を。そして叔母上の工作を。

テマンは告げた、ただ一言。チェ尚宮様に。
それだけでもう後は何を問い質すまでも無い。

叔母上がテマンに何かを口止めした。あいつは俺を避けていた。
俺とあの方が、必ず幸せに。
それはつまりテマンが口を滑らせれば騒ぎが起きると、あの真直ぐな男を牽制したのだ。俺には言うなと。

婚儀に何か事を起こす。それを口止めする。起きるとすれば何だ。
王様はおっしゃった。手を借りよ、禁軍でも官軍でも。
奴らに出来る事と言えば、護りと攻めだ。
俺の婚儀で、一体何を攻めるというのだ。
それ程厳重に守る必要など、何処にある。

鼠の片付いた今あの方を狙う敵がいる気配はない。
迂達赤さえいれば、護りには十分すぎる程だった。
とすれば次は守り。守らねばならぬ方が来るのだ。
禁軍でも官軍でも使い、必ず守らねばならぬ方が。

雲隠れしたアン・ジェ。黙りを決め込んだ禁軍。突然参列を申し出た武閣氏。
俺の婚儀で迂達赤が出払う中、禁軍と武閣氏が守る方。
思い当たるのは御二人しかおらぬ。王様と王妃媽媽の御二人しか。

考えれば全てが符号する。そういう事だったのか。
俺とあの方の婚儀に、王様と王妃媽媽がいらっしゃる。

先に叔母上が動き出したという事は、恐らく言い出されたのは王妃媽媽からであろう。
畏れ多くも王妃媽媽のあの方へのご厚情は、俺から見てもひとかたならぬものがある。
天界の医術を持つからではなく、あの方の知る天界の知識や先読みの力ではなく、女人同士として本当に思い合っている。
目の前の玉座の高みにおわす王様は、それ程までに王妃媽媽を思い遣られ、如何なるお望みもお聞き届けになりたいのだ。

同じだ。愛しい女人に乞われて、首を横に振れる男などおらぬ。
この手で叶えてやれる望みであれば、無理をしてでも叶えたい。
その御気持ちはよく判る。
確かに先に知っていれば、絶対にお受けする事はなかった。
だからこそ騙し討ちにのようにここまで秘密裡に事を進めた。
その御気持ちもよく判る。

全て知ったと正直にお伝えする方が良いのか。
準備の整ったものを俺の声で台無しにするか。
アン・ジェであれば信じても良いのか。
禁軍に任せ、己は婚儀に集中すれば良いのか。

「お呼びですか」
「ああ、忙しかろうに済まぬな」
「いえ」
「明日の婚儀の件は落ち着いたか」
「は」
「巳の刻からと聞いたが相違ないか」
「は」
「婚儀が終われば医仙とゆるりとせよ」
「は」

硬い表情のまま短い声を返す俺に、王様の御顔が曇る。
「どうした大護軍、何かあったか」
「は」
「迂達赤の事か」
「いえ」
「では何だ」
「王様」

俺の声に眉を顰め、王様が階上からこの眸をじっと見る。
「どうした」
「某に何か、おっしゃりたき事は」
「・・・突然どうした。チェ・ヨン」
「明日の婚儀について何か本日のうちに、某におっしゃりたき事は」
「・・・・・・明日の婚儀の事か」
「は」
「チェ・ヨン」

ここまでお伝えし、王様にはもうお判りになったのだろう。
御自身の明日の御列席が此方に露見していると。
「は」
「そなたと医仙の幸せな姿を見たい。嘘偽りなく」
「はい」
「手を煩わせるつもりはない。もう禁軍とも策は練ってある」
「はい」

見た事か。アン・ジェ、お前も加担している。
「王妃媽媽も」
「武閣氏がつく。心配するな」

心配するなと言われ、せずにいられるなら。迂達赤、禁軍、武閣氏。恐らく町には官軍。
マンボに大枚を叩いた甲斐もあった。それだけ宴に来るならどれだけ酒を用意しても足りん。

太く息を吐き、玉座の王様へとどうにか頷く。
ここまで重ねて来た全てを、この土壇場で台無しにするわけにはいかん。
己だけではない。王様も、王妃媽媽も、禁軍も武閣氏も。
そしてあそこまで申し訳なさげに、俺を避けていた弟分の尽力も。

「では、明日・・・」
「許せよ」
そうだ、あの時もおっしゃったではないか。許せと。
「王様」
「何だ」
「某からもお願いが」
「申せ」
「今後は、このような無茶は」

俺の声に王様は小さく頷かれ、そして唇の端を上げ微笑まれた。
「やはりそなたを騙し討ちするのは難儀だな」
「王様」
「判った。約束しよう。今後はそなたに相談する」

俺は深く頭を下げる。俺の横、内官長が安堵したように大きく息を吐く。
という事は内官長も加担していた訳か。
無言で眸を投げると慌てて姿勢を正す内官長アン・ドチ殿に最後に軽く顎を下げ、御前で踵を返す。

アン・ジェ。叔母上。待っていろ。
今から問い質す事が、山ほどある。

 

 

 

 

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