威風堂々 | 15

 

 

飛び出た大路の左右へ素早くこの眸を走らせる。何処だ。
胸元の袷紐を指先でようやく結びつつ、その名を呼ぶ。
「イムジャ!」

襟の乱れを整えながら、首を廻し周囲を見渡す。
「イムジャ!」

大路の賑わいは変わらない。人は皆それぞれの場所へ、流れの中を歩いていく。
「イムジャ!」

ようやく慣れた開京とは違う。
まだ二回しか訪れた事のない碧瀾渡で、何処に行くと言う。
「イムジャ!」

「大護軍様、これ、釣りですよ」
店の中から追って来たムソンが俺の掌に銀を握らせた。
「奥方様は」
「探せ」
顔が利くと言ったろう。衣など糞喰らえだ。
こんな時にこそ、広いと自慢した顔を使え。
「は?」
「近くを探せ」

俺の声にムソンがようやく頷いた。
「は、はい」
「見つけたら平虜領行きの船着き場へ連れて来い」
「分かりました!」

駈け出した俺とは逆方向の人波へと、ムソンが慌てて走り出す。

 

*****

 

ここは、もしかしてあの時の場所なのかしら。

海ほど広い大きな流れを目の前に、私は溜息を吐く。
初めての場所ばっかりで見当もつかない。
そっくりにも見えるし、全然違うみたいにも見える。

あなたが私に白絹を買ってくれた後の、あの水辺。
どうしてだろう。 どうして後になってから、こうやって思い出すの。

あの時あなたは、碧瀾渡を出たがってた。
ムソンさんと会った後、夜中に体を固くして私を抱き締めた。
あの人は、赤月隊だった頃の守れなかった村の生き残りだって。
思い出すって、そう言っていた。

あの時だって、夜中に魘されてた。
誰かの名前か、譫言か、確かに苦しそうに何か言ってた。

それでも花火をもらって来てくれたからもう大丈夫だって、仲良くなったんだって簡単に思ってたけど。

・・・・・・メヒ。

この間、しっかりこの耳で聞いたあの声は覚えてる。
あの人の昔の許嫁。幼馴染のメヒさん。
赤月隊。思い出す、そう言ったあの人。
黒い隊服。黒い婚礼衣装をお願いした私。

初めて会った頃、あなたの鬼剣に巻かれてた。
赤い刺繍の入った、古びた黒い布。
いつの間にか見なくなった、擦り切れた黒い布。

傷つけたくなんかなかった。思い出して欲しくなかった。
私と一緒に、新しい人生を歩いて欲しかった。
忘れて欲しいんじゃない。なかった事にして欲しいんじゃない。
誰もがみんな、もがいて生きてる。でも生きてればいい事もある。

笑っていて欲しい。これからいい事だけが起きて欲しい。
その為になら、これからの私に起きるはずの幸運を全てあげる。
あなたと一緒にいたい。死ぬまでずっと一緒にいたい。
向かい合ってご飯を食べて、話をして、一緒に眠って起きて。
特別な事なんて、何も起きなくていい。ドラマティックな人生なんていらない。

そう願う私が、もしかして誰よりあなたに思い出させたの?
一番辛かった時の事。一番悲しかった時の事。

心も体も守りたい。一緒に幸せになりたい。
そう祈る私が、もしかして誰より思い出させたの?
あなたが一番、幸せから遠い所にいた時の事。

覚えなきゃいけない事は、医術だけじゃない。
あなたを守るには、心も守るには、医術だけじゃ足りない。
一緒にいるなら、あなたの過去も愛さなきゃ。
愛すためには、きちんと知らなきゃいけない。
逃げるばっかりじゃなく向き合わなきゃダメ。
これじゃ足りない。まだまだ足りない。あなたを傷つけずに守るには、あなたの笑顔を守るには。

「頑張れ、ウンス」
ぎゅっと目をつむって、両手でほっぺたを思いきり叩く。
そして大きく深く、深呼吸をする。
戻らなきゃ、あの人が心配してるはず。慌てて飛び出してきちゃったものね。

最後の深呼吸をして、ぎゅうっと両手を握って。
両肘を曲げて、握り拳でファイティンポーズを取って。

そうよ、あの時だって超えて来た。
誰よりよく知る、過去のあの人を1人で置いて。
あなたに戻る、あなたを守る。そう信じる心だけ握って、あとは全部捨てて来たんだもの。

「頑張れ!」
お店に戻ろうとくるりと振り返った時、見慣れた姿をそこに見る。
川からの風に吹かれて黒い髪を乱して、呆れたみたいにこっちをじいっと見つめてる、大好きな黒い瞳。

「幾度言えば、覚えてくれるのですか」
ほとほと嫌気のさしたその口調。

「三歩離れては守れない」
砂利を踏みながら、近寄る足音。

「俺のものを勝手に叩くな」
その胸に私の鼻先がぶつかるくらい近くに立って、高い処から降って来る視線。
近すぎて、見上げる私の首がほとんど直角に曲がる。

「飯も喰いました」
さっきのお饅頭の事よね。私は素直に頷いた。

「絹も買いました」
黒い婚礼衣装。私はもう一度、大きく頷いた。

あなたの大きな掌が私の頬にそっと触れる。
秋の川風で冷たくなった頬に、温かさがじわりと広がる。
その心地良さに私は目を閉じる。

大好きなこの手。もう一度触れてほしくて、そして触れたくて。
ただそれだけであんなに長い時間をかけて、私は戻って来たんだ。
時空を超えても巡り逢う。私のソウルメイト。愛するチャギヤ。

この手しか知らない。この手しかいらない。
そしてこの手の温かさを守る為なら、何だってする。
いつでも傍にいる。だからお願い、あなたも傍にいて。
身勝手でも、我儘でも、どれ程手が掛かっても嫌わないで。

「なのに何故、泣くのか」
そう呟いてその指が私の頬を、目許を、戸惑うみたいに拭う。

悲しいのは、いつでも気が付くのが遅いから。
あなたを傷つけたくないのに、傷つけちゃったから。
忘れて欲しいんじゃなく、思い出して欲しくなかったのに。

そして嬉しいのは、こうしてまた逢えるから。
私が泣いた時、必ず涙を拭いてくれる指があるから。
そしてあなたが泣いた時には、私が拭くって決めてるから。

泣く時も笑う時も、いつだって2人でいたいから。

「泣いてなんかないわ」
私の強がりに、あなたが困ったみたいに笑う。
「・・・はい」
「これはね」
「埃ですか」

言おうとしてた言葉を先に取られて、言葉に詰まる。
「っ、違うわよ!これはねえ」
「はい」
「これは」
「はい」
「・・・・・・雨?」

堪え切れずに、あなたが小さく噴き出した。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさん、朝からドキドキ❤︎のお話を拝読させて頂き、ありがとうございます。
    俺のものを勝手に叩くな…\(//∇//)\!
    ああ…(´Д` )、ヨンのこの殺し文句に、私まで秒殺ですよ!…言われてもいないのに。
    こうして、一つひとつ乗り越えていくことで、二人の絆が深まるのですね。
    さらんさん、私はすれ違うように今、横浜に向かっています(u_u)。
    楽しい午後をお過ごし下さいね❤︎

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    いつも楽しみにしてます!
    威風堂々…続きが待ちきれず|ω・`)
    いよいよ婚儀かと思うと、全くの外野なのに落ち着かず、ドキドキしながら待っています❀.(*´▽`*)❀.
    さらんさんの書く、ヨンとウンスが大好きです❤
    これからも頑張って下さいね

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    ウンス泣かないで~
    ウンスが悪いわけでもないし
    ヨンが悪いわけでもないでしょ…
    思い出して欲しくなかった ケド
    これは もう 通らなきゃいけないような…
    あ~ん どうなるんでしょう
    はっきり 話しちゃうのかしら??
    もやもや~ スッキリしたいです~ ♥

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