威風堂々 | 23

 

 

「うちのアッパはね、言ったっけ。田舎で畑をしてるの」
囁き声が届く。
振り返る事はなくとも紅い唇が笑んだ形をしているのが、声だけで見える。
「はい」
「雨が大好きなの。きっと畑に水やりしなくて済むからね」

この方の雨好きは、御義父上譲りだったか。
うふふと笑いながら、その声が優しく響く。
「教えてくれるの。ウンスヤ、雨が降るよって。そんな時はどんなに晴れてても、その予報が必ず当たるの」
「はい」

ウンスヤ、雨が降るよ。

どれほど優しい声で教えて下さったのでしょうか、御義父上。
大切なこの方が、冷たい雨に打たれぬように。

「オンマはね、それを聞くと急いで洗濯物を取り込んでた。ウンスヤ、手伝ってって。
一緒に住んでる頃はいっつもこき使われたのよ」

ウンスヤ、手伝って。

この方とそうして毎日を過ごして下さったのですね、御義母上。
大切なこの方が、心地良く衣を纏えるように。

御義父上、御義母上。
雨が好きなこの方を、生涯大切にいたします。
倖せな毎日を、共に積み重ねて参ります。

「今はきっと嬉しくて泣いてるのね。恋愛運のない娘が」

この背に張り付いたまま、この方が甘く囁く。
「こんなに素敵なお婿さんを連れて来たから」

首に回されていた両腕が解ける。
次にその腕がこの両脇に回される。

「立って、ヨンア」

持ち上げられるはずもないのに、その両腕に力が籠る。
俺が立ち上がるとこの方は前に回り、俺の衣の両膝の土を音を立てて叩いた。

慌てて両手を抑えて止めると俺の前、天門へ向き直り、その小さな頭が傾いた。
「アッパ、オンマ。素敵でしょ。2人の義理の息子よ。きっと自慢の息子になるわ。私の最高の旦那様だもの」

話し始めたこの方の、細く高い声に耳を傾ける。
「私ね、出逢ってすぐの頃、この人をここで刺したの」
「イムジャ」

突然何を言い出すのだ、この方は。
慌てて後ろから掛けた声を気にもせぬよう、高い声は続く。

「殺しかけたの。それなのにこの人は戻って来てくれた。返すって約束を守る為に、帰って来てくれたの」

この方は天門に向かったままで言い募る。
「私、この人さえいてくれれば、もう他には何もいらないの。服も、靴も、バッグも車もいらないの。
休暇もいらないし、豪華なレストランも行けなくていいの。信じられないでしょ」

蒼穹からの絹糸は、静かに優しく落ち続ける。
秋だというのに冷たさもなくただ透明に輝いて、佇む俺達を、周囲の秋草を、そして石の祠を濡らしていく。

「ごめんね。アッパ、オンマ」
その絹糸の中、この方の声が揺れる。
しっとりと濡れ始めた細い肩が震える。

「アッパよりオンマより、この人が大切なの。だから戻らない。
分かってくれるよね。許して、くれるよね?」

御義父上、御義母上の前で肩に手は回せない。
それでも震えるこの方を支えたくてこの指の先、そこにある白く細い指を握る。
落とした視線でその指先を確かめた鳶色の瞳が、次に肩越しに此方を振り返る。

泣くな。泣かないでくれ。
涙の気配を感じるだけでこれ程胸が痛い。
泣かせれば早速この誓いを破る事になる。
御二人の前で護ると誓ったばかりなのに。

この方は俺の眸を見て頷き、もう一度天門へと瞳を戻す。

きっとまた無理に笑った。俺を安堵させる為に。
そして天門の向こうの御両親に、安心して頂く為に。
背を向けていても判る。こうして指先を握るだけで。

「幸せになるって約束する。この人となら絶対に大丈夫。
だからこの人を守って。それだけでいいの。お願い」

こうしてまた祈る。俺の為だけに。
そして俺はこの方の為なら鬼になる。
傷つける者なら決して赦さない。 塞がる者は誰であれ斬り捨てる。
この背にこれから幾つの命を背負おうと構わない。この剣が迷う事は二度とない。

深く頭を下げたこの方の後、共に深く頭を下げる。
輝く絹糸の雨に包まれた蒼穹の彼方、拝見した事のない御二人が優しく笑んで下さるように感じるのは。
それぞれに何処かこの方の面差しを感じる、御両親の優しい笑顔がこの瞼の奥、見えるように思うのは。

倖せになりなさい。
そんな穏やかな声が聞こえる気がするのは、ただの思い違いだろうか。
心からそう望むからだろうか。

あの丘で凍りかけていた俺を溶かした雨。
この方が天界の町角でその掌に受けた雨。

今まで互いが濡れてきたどの雨より穏やかな雨に濡れ、俺達は動かずに頭を下げ続けた。

いつの間にかその雨が上がり、再び陽射しがこの身を温め、乾かし始めるまで。

もう良いから行きなさい。
雨の代わりに、天からそんな声が降って来たような気がするまで。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    泣けます~
    ウンスの告白も ヨン…胸が痛むわね。
    謝罪の涙と 幸せの涙…
    これからしあわせになるんだもの
    許してくれる
    これで あたらしい一歩踏みだせるかな~。
    (゚ーÅ) うううううう
    しあわせになって~

  • SECRET: 0
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    ウンスの雨好きは父親の影響だったんですね。
    農家だったら恵みの雨ですもんね。
    前話でウンスが言っていた「狐雨」
    天気雨の事を意味する「狐の嫁入り」でしたよね。
    韓国では「虎の嫁入」って言うみたいだし、他の国では又違った動物みたいで、同じ嫁入りでも違っていて面白いです。
    ご両親に2人の想いが夢でも良いので伝わると良いな~
    後は衣装を受け取って婚儀に向けて一直線ですね^^
    また続き楽しみにしています♪

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    さらんさん、泣けました( ; ; )
    ウンスの両親の気持ちを思うと…
    その両親を思うウンスとヨンの気持ちを思うと…、切なくて、切なくて…。
    それにしても、相変わらずさらんさんの描写は素晴らしいです。
    無敵です。
    ウンスの好きな『雨』が、こんなにも効果的に背景となっていて、思わずヨンのように跪きましたよ、私(#^.^#)。
    さらんさん、じぃんとくる素晴らしいお話をありがとうございました( ; ; )

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