威風堂々 | 56

 

 

婚儀まであと二日に迫った夜の寝屋。
寝台に腰を下ろし、窓外の庭を眺める。

窓から見える景色は、いつも通りの秋の夜空。
上がる白銀の月も、銀砂を散らした黒絹色の空も変わらん。
ただ俺達の刻だけが過ぎて行く。
今宵を共に過ごし明日の夜を共に眠れば、その翌朝は婚儀。

「ヨンア、あのね」
二日後には永遠に俺のものになって下さる方が髪を梳きつつ、明るい声で細い背中越し、寝台の俺へと声を掛ける。
「・・・はい」

何故俺は、この方の髪を梳く姿がこれ程好きなのだろう。
何故その髪が乱れていると、ついこの指で整えたくなるのだろう。
最初からそうだ。攫おうとこの方を肩に担いだ時から。
この顔のすぐ真横、この方の柔らかい髪があった。
鞍の前に乗せた時も、その髪が俺の鼻先にあった。

何処かで知っている懐かしい花の香。
その度に感じた。知っていると思った。

俺はこの花の香を知っている。

これほど長い時が経っても思う。
その花の香を俺は知っている。

春も、夏も、秋も、冬にも思う。
水仙、寒椿、沈丁花、木香茨、夜来香。
折々の風の中の花の香を感じるたびに思う。
梔子、木斛、茉莉花、金木犀、山茶花。
どの花にもあなたの香がし、どの花も違う。

細く柔らかな髪に指を差し入れ、縺れを解くように滑らせ、小さな頭をこの胸に押し当て、そのつむじに唇を寄せたくなる。
それ程美しく豊かな亜麻色の髪なのだから、整えていれば良い。
なのに何故この方は、すぐにそれを掻き毟って乱すのだろうか。

そしてふわふわと乱れたままのそれを気にすら留めず、平気な顔で部屋中をうろつきまわる。
なぜこれ程美しい方が、そんな事が出来るのだろう。
高麗の女人の誰もが羨む天界の美貌を持ちながら、余りに構わなすぎではないのだろうか。

「どうしたの?」
無言のままの俺を振り向き、不思議そうに問い掛ける声。
何故俺はこの方の声がこれ程愛おしいのだろう。
首を振る俺を見つめ、安堵したよう三日月の形に緩む瞳。
何故俺はこの方の瞳がこれ程大切なのだろう。

「・・・いえ」
それ以上言葉が接げずに首を振る。
そんな肚など知りもせぬこの方は油灯の揺れる部屋の中、優しく笑んだままの瞳で、此方に向かいはっきりと言った。
「あ、そうそう。私、明日の夜はいないから」

その一言に愛おしさや大切さの名残の甘さが吹き飛ばされる。
三歩以上は離れるな、これ程伝えて来たのに最後にこれか。
「・・・どういう事ですか」
「え?」

この方は問い掛けにきょとんとした目を返し、首を傾げる。
「明日、いないから。留守にするから」
「婚儀の前夜です」
「うん。もうすること、ほとんどないでしょ?」

確かにない。衣装は揃えた。料理と酒は頼んだ。
誓いの金の輪もある。守りについても決めてある。だからと言って。
「する事がないからと、お出掛けですか」
「うん、典医寺に泊まるの」
「・・・は?」

目と鼻の先の皇宮、典医寺に泊まる。
一体この方は、何を考えておるのだ。
「何故に、わざわざ宅を空けてまで」
「あのね」
髪を梳き終えたこの方が、俺の腰掛けた寝台の上に飛び乗る。

「えぇと、天界ではね、結婚前の最後の夜は花嫁と花婿はお互い別々に過ごすのよ」
そうした処は天界にもけじめがあるのだな。
静かに頷きながらも、まだ得心が行かん。
婚儀の前夜と言えば普通なら両親への礼を尽くし、最後の夜を家族と共に過ごす。
そんなものではないのか。
「イムジャ」
「なぁに?」

御両親の事は敢えて口には出さぬ。しかし
「典医寺にお泊りになり、一体何を」
「ブーケの打ち合わせとか」
「ぶーけ」
「花束よ。花嫁が手に持つものなの。トギに作ってもらおうと思って」
「・・・成程」

そんなものにまで則があるとは。
確かに花の束ならば、婚儀直前でなくば具合が悪かろう。
「では、当日の朝の方が良いのでは」
「だってどれくらい時間あるか分からないもの。前の日に伝えておいて、泊まって、当日の朝それを持って。
ド・・・花嫁衣装に着替えて、それで家に戻って来るから」
「・・・判りました。では当日にお迎えすれば良いですね」
「うん。それでもいい?」

嫌だと言って止まるわけも無かろう。
諦め半分に息を吐き、苦く笑って俺は告げた。
「和尚様がいらっしゃるまでには、必ず戻って下さい」
「分かった。それは約束する」
「二日後の巳の刻です。決して遅れぬよう」
「うん」

婚儀を挙げれば、これからは生涯共に。
前夜に離れ離れになるのも後になれば良い思い出だろう。
典医寺でトギと共に居れば、淋しさも少しは薄れるかもしれん。

婚儀の前夜に御義父上、御義母上を思い出し、辛いのではと考えた。
その時は傍で抱き締めたかった。そうでないのならそれで良い。
どうにもこの方への俺の杞憂は、見当違いな方へ向くらしい。
いずれ慣れていくだろう。飽く程に互いに共に居れば。

腰掛ける俺の胸許へと擦り寄りながら、この方が小さく欠伸をする。
その暖かい息を感じながら花の香の髪を撫で
「寝みましょう」

掛けた俺の声に、この方は半分閉じた瞳で頷いた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん❤
    ああ…、いよいよ婚儀まであと2日…。
    私もドキドキしてきましたよ。
    落ち着かないので、いっそのことマンボの手伝いしながら、つまみ食いでもして気を紛らわしたいくらいです。
    トギが作ってくれたブーケ、婚儀の最後にトスするのですね!?
    ひゃああ、誰が受け取るのでしょうか!
    キョンヒ様? トギ? それともコモ…?
    いや、やっぱりこのブーケ争奪戦には、さらんさんにも参戦して頂かねば!
    さらんさん❤
    さらんさんのところには、ちょっと早目のサンタさんが来てくれましたね(〃∇〃)。
    素敵なサンタさんと温かい時間をお過ごしくださいね。

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