威風堂々 | 35

 

 

「王妃」
秋の夜の訪れは早く、夜明けまでには長い。
閉めた窓の外、まだ紅葉を枝に抱く木々の影が並ぶ。
十五夜を過ぎても月は美しく、虫声は絶えてもあなたの声が響く。
「はい、王様」
「どうやら大護軍の婚儀には出られそうだ。今禁軍とチェ尚宮が手を尽くしている」

さすがのチェ尚宮も、此度は辻褄合わせに骨を折っている。
それでも厭わず手を尽くす姿勢は、母との縁の薄かった幼い寡人にあれこれ世話をしてくれた頃と変わらぬ。

食の細かった幼少の寡人に、駝駱粥を運んで来てくれたあの頃。
今でもこうして無理を聞いてくれる。
無謀を諌め弱気を叱咤しても、王の正道を貫く限り助力を惜しまぬ。
切り捨てようと重用しようと、その態度に一片の曇りも媚も無い。
そっくりだ、あの叔母御と甥は。

王妃は心から安堵した様子で小さな息を吐いた。
「本当に申し訳ございません。我儘を申しました」
「いや、参列を望んだのは寡人とて同じだ」
この手に白く柔らかな手を重ね、王妃が心より嬉し気に目を覗き込む。
「王様」

あなたの嬉し気な声が聴けるなら、それだけで良い。
柔らかい手にもう一つの己の手を乗せ、そっと握る。
「しかし珍しい。何故それ程」

寡人の事以外で何かをしたいと我を通すような事は珍しい。
伺うようにその目を見つめ返すと、その黒く大きな瞳が躊躇う。
「・・・王様との婚儀の折」
「ああ」

あの頃あなたを傷つけた。
幼き頃にあの祭の月の下で手を引いたあの少女だと思い出せずに。面紗で顔を隠した、共に空を飛びたいと願った女人と思い出せずに。
それを思い出せば、己の鈍さとあなたへの申し訳なさに心が痛む。思い出させるのがいたたまれぬと、あなたの黒い瞳が逡巡している。
「王妃」
「王様、どうぞ誤解なさらないで下さい」
「誤解」
「妾は幸せです。あの頃も倖せでした。今はあの頃よりずっと倖せです。心からお慕いし続けた方の妻となり、今こうして共にいられます」

そうして庇うのだ。鈍感であなたを傷つけた者を。傷つけられた己より、傷つけた寡人に心を砕いて。
「ただ・・・」
「ただ」
「妾の婚儀の折は母も姉妹もおりました。相談できる者が周りで何くれとなく力を貸してくれました。医仙は・・・」

困ったように眉を下げ、小さく囁く王妃の声。
「周りにチェ尚宮や、他の者もおりましょう。けれど里を離れて一人になる心持ちは、妾にも分かります。
これから先、慣れぬ地で愛する方一人だけを頼っていく心持ちは分かります。ですから少しでも」
「王妃」

この方の凛と伸ばした背筋。
時に冷たく見える程に整ったその顔。
笑顔を見せぬ時には、近寄りがたい程の気品に満ちた姿。
こうして手を握り、抱き寄せねば分からなかった心の裡。

この方はとても優しく温かい。そして誰より愛らしい。
そしてその柔らかい白い指ほどに弱く繊細だ。
あの時皇宮から出奔した隠れ里で頭に花冠を乗せて笑んでいた、あの笑顔こそが真の王妃だ。

王妃と言う立場故に心の全てを打ち明けられず、言葉足らずの頑固さ故に誤解を招くことがあろうとも。
それでも心から愛おしい、どれ程傍にいても足りぬ、寡人の命の続く限り愛するただ一人の方だ。

故郷を遠く離れた医仙に心を砕き、少しでも淋しさを分け合おうとする。
そのあなたの御心が、真直ぐ医仙に伝わっておる事を祈る。
そしてあなたの淋しさなら、寡人が全て引き受けてやりたい。

「王妃」
言葉が続かず、もう一度呼び掛ける。言葉足らずは寡人もあなたも同じだ。
「はい、王様」

どうして寡人は、あなたに出逢えたのだろう。
何故これ程冷たく、見ようとも考えようともしなかった寡人に、あなたは付いて来て下さったのだろう。
それを考えるだけで叫び声を上げたくなる程に嬉しいのだ。何千回、何万回でも心の中、繰り返して言うであろう。

よくも寡人は、あの時あなたを娶れたものだ。
寡人が今迄に成した決断の中、これこそが最も誇らしい決断だ。
「式には必ず参列する。心配されず」
「はい、王様」

大護軍。そなたの医仙を想う心が今の寡人と同じであれば。
そなたの心も想いで溢れ、叫びたいであろう。
よくついて来て下さった。よく娶れたものだ。
今まで成した数多の決断の中、これこそが最も誇らしい決断だ。

その慶びを分け合うために、寡人と王妃も参列する。騙し討ちだ。悪く思うな。

唇の端で笑いながら、秋の夜長に愛しい方の手を温める。そしてその手の温もりで、己自身も温まる。
窓の外に吹き始めた風で、柔らかな手が冷えぬように。
言葉足らずの愚かさで、二度とその心が凍えぬように。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    やっぱり 王様と王妃様 素敵!静かで情熱的。穏やかで熱烈な愛情。王様の王妃様への愛しい想いが伝わって 私が涙ぽろりです。
    ヨンとウンスと真逆だけど どちらも 絆を感じます。

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