威風堂々 | 33

 

 

「チェ尚宮殿」
迂達赤の兵舎に踏み込むと、気付いた隊長が走り寄る。
「どうされたのですか。大護軍は只今、医仙と共に」
「知っておる。その事でテマンに会いに来た」
「大護軍に何かありましたか」
意外な言葉を聞いたとばかり、隊長の髭面に緊張が走る。此処にもおった。あの男に滅法尽くす馬鹿者が。
「そうではない」

途端に安堵の息を吐きながら、隊長が訝し気に此方を見つめ直す。
あ奴のこと以外その頭を悩ませる理由などないのか。
「では」
「隊長」
「は」
「そなたにも近々いろいろと頼む事になる。しかしまずはテマンだ」
「・・・は」
「暫く借りる。構わんか」
「はぁ」

隊長との立ち話の最中、兵舎の扉を抜けて影が飛び込んで来る。相も変わらず忙しのない男だ。
「ちぇ、チェ尚宮様、大護軍に」
「ああ、顔を貸せ」
「大護軍に何か」
「案ずるな。良いからついて来い」
それだけ残して兵舎の扉を抜ける私に慌てて従うテマンと、取り残されこの背を追う隊長の視線。

二つの気配を感じつつ、まずはこの場所から離れねばいかん。
此処は云わばヨンの陣。何処で誰が見聞きしようと、奴が戻ればあっという間にその耳に入れるに違いない。
それでは困るのだ。出来る限りあ奴には内密に事を進めたい。
となればこうして猪口才な策を弄し、外堀を埋めて行くしかないではないか。

 

*****

迂達赤兵舎より出で、充分離れるまで歩いた頃。
どこか適当な場所はないか。尚宮衣を脱いで手裏房の酒楼へ出向くか。
何れ奴らにも援護は頼まねばならん。しかし今日はその時間すら惜しい。あと五日しかないのに。

その間に十分な守りを敷き、何食わぬ顔で式次第を手に入れ、あ奴には聞かせず王様と媽媽を会場までお連れする。
そしてがーでんの宴に御参列頂く。

禁軍、官軍。信用できる者は誰だ。あ奴と通じ心根が読めつつ、この企てを決して口外はせぬ者。
手裏房ではヒドとマンボ兄妹。チホやシウルでは口が軽すぎる。
頭が痛い。何故今更この老体に鞭打ってこんな企てを。
己の婚儀など挙げた事も無いのに、わざわざあの甥達の為に。
「・・・あ、あの、チェ尚宮様」
「何だ」
「嬉しそうですけど、何かいい事でも」

脇を半歩下がって歩むテマンが、遠慮がちにそう言った。
迂達赤兵舎から坤成殿への途。
適当な庭陰で足を止め、殿の裏側へ身を隠してテマンと向き合う。
「王様の件で、あ奴には伏せたい事がある」

そう切り出すとテマンが不思議そうに大声で言いかけた。
「王様、ですか」
黙れとこの目で睨みつけると、慌てて己の手でその口を塞ぐ。
「奴には絶対に言うな」
「でもお俺、大護軍に秘密なんて」
「だから言っておろうが。秘密ではない。伏せたいだけだ。
良いな。今誰かの耳に入っては都合が悪い。故に少しの間だけ黙っておれ」
「じゃあ、大護軍には」
「私が良いと言えば、伝えて良い」

テマンは首を傾げながら、咽喉で低く声を上げる。
確かにこうして伝える己にも、体の良い言い訳にしか聞こえん。
「で、でも俺は」
「テマン」
その声を押し切るように、テマンに向かって懇々と諭す。

「お前の大護軍は、政が大嫌いだ」
「は、はい」
「医仙との婚儀に、大臣が来るのも嫌がっている」
「はい」
「何しろ医仙が大切で仕方がないから、隠して守りたいのだ」
「はい!!」

そんなに嬉し気に頷く事か。此方はそのお蔭で頭が痛いのに。
大きく瞠られたテマンの目に向け、私は重々しく頷いた。

王命大事なヨンの事、王様からのお話に無碍に首を振る事はせん。
そして王様のお申出を固辞すれば、痛くも無い肚を探る大臣たちは、逆にお断りしたと判って無礼とヨンを責め兼ねん。
王様の御信頼と王妃媽媽の御寵愛を笠に、とでも言い出し兼ねん。
それが政だ。あ奴には心を砕く者たちと同じだけ敵も多い。引き摺り下ろそうと虎視眈々と狙う目が無くなる事はない。

「良いか。テマン」
「は、はい」
「王様がお忍びで市井の民の声をお知りになる為に、お出掛けされる」
「は、はい」
「民の声をお聞きに、お忍びで、お出掛けになる」
「はい・・・」
「ご身分が露見しては、民の正直な声はお聞きになれん」
「はぁ」
「だから極秘なのだ。分かるか」
テマンは素直に、さっぱり分からぬと言った顔で首を振る。

「お出掛けになる日は、大護軍の婚儀の日」
「そうなんですか」
「お出掛けの場所は、開京の大路」
「大護軍のお屋敷のすぐ近くです」
「・・・そうだな」

お前が疑心を持たぬのは、偏に私がヨンの叔母と知っているからだ。
あ奴の事なら無条件で信頼する。あ奴の味方と判れば己も味方する。
そんなお前を騙すのはさすがの私も気が引けるが、背に腹は代えられん。

肚の中で詫びながら、口から出任せの作り話は続く。
「王様のお出掛故、迂達赤や禁軍、官軍の精鋭にも声を掛けねばならん」
「ででも、大護軍の婚儀の日なら大概の迂達赤は会場に」
「そうだな。故に王様も、会場にいらっしゃるのが一番安全だ」
「はい」
「婚儀の会場なら、大護軍を知る民も大勢集まるな」
「はい」
「そうした者たちに話を聞く機会もある」
「はい」
「ただな、王様の御身分が露見すればうまく話が進まん。皆畏まり、本音でなど話せぬからな」
「・・・はい」
「だから、お前に頼みたい」
「え」
「王様がいらっしゃると、禁軍や官軍に伝えるのは良い。しっかりと守ってもらわねばならん。
しかし王様が来ると奴に知れてしまったら奴は婚儀どころではない。王様をお守りしようとする。
奴と医仙の大切な、大切な日なのにな」
「っそそそ、それは駄目です!」
「そうだな、駄目だ。あ奴が、王様がいらっしゃると知っては駄目だ。だから瀬戸際まで隠しておきたいのだ。
あ奴が医仙と滞りなく婚儀を済ませるまではな」
「だけど、お、俺」
「その代わり、医仙には話そう」
「え」
「すぐではない。しかし医仙には王様と媽媽がいらっしゃると話す」
「でも」
「医仙が良いと言えば、お前の大護軍が反対するかな」
「そ、それは」
「しないだろうな」
「はい」
「敵ではない。いらっしゃるのは王様と王妃媽媽だ」
「はい」
「ただ、それをあ奴には伝えてほしくない。瀬戸際までな。お前とてあ奴の倖せな婚儀が台無しになるのは悲しかろう」
「もちろんです!」
「万一王様の御身分が事前に露見し、婚儀の式場で騒ぎになれば、誰よりも婚儀を挙げたあ奴が赤っ恥をかく。
迂達赤大護軍が婚儀に浮かれて、王様を御守りできなかったと言われ兼ねん。だから伏せたい」
「チェ尚宮様」
「何だ」
「それで、俺は何を」

肚を決めたか。テマンはそう言い私を真直ぐに見る。
「禁軍でヨンと一番通じ合っておって、口が堅いのは誰だ」

暫く空を睨み考え込んだ後、テマンは頷いて言った。
「鷹揚隊の、アン・ジェ護軍です」
「よし。そのアン・ジェという奴に話を付ける。まずは何も伝えずに康安殿まで内密に呼んでくれるか」
「アン・ジェ護軍を、何も言わずに康安殿に、内密に」
「頼めるか」
「はい!」

私の声にテマンは頷き、裏庭を矢のように走り出す。

 

 

 

 

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