威風堂々 | 49

 

 

「先に行く!」
典医寺を飛び出しチュホンで駆けつけた仕立て屋。
店先で鞍から飛び降り、この方を続いて降ろし、傍の木の幹にチュホンの手綱を結わう。
俺を尻目にこの方は叫びながら、一人で店の中へと飛び込んだ。

何故秋はこれ程に日が短いのだ。
西空の紅さが増す程、周囲の暗さが増す程に気ばかり焦る。
まして五日で婚儀を挙げるとのご返答の文を読んだ今日は、今までのいつより日暮れが早い。
きっと明日は今日よりも尚。そうして五日が過ぎるのだろう。
五日という時の短さは良いのか悪いのか。少なくとも一つ良いのは、と息を吐く。

幾度言っても覚えて下さる様子のないあの方。
三歩離れては護れぬと繰り返してお伝えしても、好き勝手に行きたい処へ走って行ってしまう方。
婚儀を挙げれば此方のものだ。
あの小さな体が走り出す前に手を掴み、此処に居ろと叱れる。
誰の目も憚らずあの細い肩を押さえつけ、止める事が出来る。
俺の妻を止めて何が悪いと、そう言う事が出来るだけで良い。

ようやく手綱を結び終え、あの方の後を追うように店へと踏み入る。
こうして追うのもあと五日。その後は生涯この身の脇から離さない。

「大護軍様、ようこそおいでくださいました」
踏み入った途端、主から嬉し気に声が掛かる。
「仕立ては」
「上がっております」

その声に頷きつつ、店の中へと眸を走らせる。
「ヨンア?」
この眸が探していた姿は見えぬまま、声だけが店の上り框の目塞ぎの衝立の奥から聞こえて来る。
「はい」
「今ねえ、試着中」
「拝見し」
「ダメ!!」

衝立の奥から叫ぶような声が返る。
「イムジャ」
「私だけ見ればいいの、だからヨンアはダメ!」
「・・・分かりました」

何がどうあっても見せるつもりはないらしい。諦めて小さく頷くと
「表に居ります」
そう言って店を出ようとする俺に、控えめな主の声が掛かった。
「大護軍様」

その声に足を止め振り返る俺に
「先程奥方様が、おっしゃっていたのですが」
「ああ」
「五日後に、御邸で御婚儀だと。伺って構わぬと・・・」
「違いますよ店長さん!」

途端に衝立の奥からあの方の声が上がる。
「伺って構わぬじゃなく、是非来てください。良いビジネ・・・ええっと、お店の宣伝の機会ですから」

此処まで機嫌良く褒めちぎるならば、恐らく衝立の向こう、あの方は衣装の出来に大層満足しているに違いない。
瞳を輝かせ嬉し気に衣装を羽織る明るい笑顔が目に浮かぶ。

主に向かい、衝立を眸で示した後
「・・・だそうだ」
それだけ伝えると主の顔が嬉し気に紅潮する。
「しかし公主様と儀賓大監の御用達であれば、俺の婚儀では格が落ちる」
「何をおっしゃいます、大護軍様!」

言い切った主の語調の強さに、思わず目を瞠る。
「奥方様からの御衣装のご注文を頂いた後、すぐにキョンヒ様より婚儀の御衣裳のご注文を頂きました。
奥方様がお気に召したならと。その後は噂が広まって、あちらこちらのお嬢様方から」
「そうか」
「すべて大護軍様と奥方様のお蔭です」

女人の衣装好きは何もあの方に限った事ではないのか。
男からすれば考えられぬ事だが、そういうものなのだろう。
「これからも、是非ご贔屓に。私で出来る事であればどのような仕立てもさせて頂きますから」
「・・・ああ」
「これで先が楽しみになりました。大護軍様にお嬢様がお生まれになれば必ず素晴らしい産着をお届け致します」

主の声が嬉し気に響いた時、衝立の後で何かが倒れる音がする。
「イムジャ!」
「奥方様、どうされました」
俺と店主の呼び掛けに答は返らない。
痺れを切らす俺を素早く見て取り、主が框へ上がり衝立の裏を覗きこむ。
「大事御座いませんか」
「ご、ごめんなさい。これ、箱、倒しちゃって」
「そんな物構いません、布が入っているだけです。それよりお怪我は」

何か軽いものを倒したのだろう。騒ぐ女人二人を見つつ思わず深く息を吐く。

お嬢様。娘。俺達の赤子。それを口にされただけで箱を倒すあの方。
娘。あの方に似ているのだろうか。こうして婚儀が決まれば、当然のように皆が口にする。

赤子。俺達の赤子。そんな幸がもしもこの身に起きるのであれば。

考えなかったわけではない。もしも運命ならと思った事はある。
それでも婚儀の日取りまで取り決めた今は、重みが違う。

赤子。あの方によく似た娘。もしもそんな幸が起きるなら。

困った。
片掌で口許を抑え、その中へ強く息を吐く。

もしもそんな赤子を持てれば、俺はあの方もその赤子も、一歩も外へ出せぬのではないか。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    もうしばらくですね、ヨンア❗
    幸せになって‼本当に‼っ
    でないと、切なくって、切なくって‼
    さらんさん、そこんところ、宜しくお願い致します❗

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    さらんさん❤
    今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    ウンスでも無いのに、私も思わずドキッとしてしまいました。
    婚儀までの 密度の濃いこの時間を、ずっと楽しませて頂きたいなぁと思いつつも、気の遠くなるほど待ち続けたヨンのことを考えると…ちょっと可哀そうなんじゃないかとも思い直し、頭を抱える今日この頃…。
    (なんであんたが?…ですよね(^o^;)
    さらんさん、乾燥シーズン到来です。
    保湿コスメで美しさに磨きをかけてくださいね❤

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    プライベートがお忙しいのに、更新の事を気にして下さって有難いです。
    落ち着いてからで良いですし、毎日2話更新で無くても良いと思いますよ^^
    おとなしくお待ちしています(o^-')b
    ヨンはウンスとの子供を考えると・・・いやぁ~女の子だったら特に過保護になりそうですね(笑)
    あっ、でも男の子でも産着着ますよね?
    なぜ女の子限定なのかしら。 
    赤ちゃんでも韓国は男女で着るものが違うのかな。

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