威風堂々 | 25

 

 

「寝れなかったんですか。あれですか」
出迎えのムソンがチェホンの手綱を取る俺に、愉し気に訊いた。
「何だ」
「枕が変わると眠れないって奴。意外と敏感ですね、大護軍様」
「馬鹿か」

枕が変わり眠れぬ程度で、兵など務まる訳が無い。
吐き捨てるように呟いた声にムソンは首を傾げる。
「違うんですか。奥方様も、まあ眠そうな面して・・・あ」
声を切ると、ムソンは何故かその鼻先を赤らめた。
「何なんだ」
「いや、そうですね。御二人で眠そうな面って事は」

独り得心したように満足げに頷きながら
「俺としたことがすいません。そうですよね、言えないですよね」
「・・・ほんとにそうならね」

一体何なんだ。
俺が怒鳴る前にムソンの声を接ぎ、この方が低い声で言いながら、幾度も大きく首を振る。
「ムソンさんの予想、絶対外れてるわよ。賭けてもいいわ」
そこまでの二人の遣り取りでようやく俺にも合点が行く。
確かに思った。愚か者と罵られようと構わない。
但し腹が立つのは、見てもおらぬ共寝の夢を見たと思われる事。
俺はともかくこの方が婚儀の前に身を許すふしだらな女人と、周囲に誤解される事。
「ムソン」
「はい、大護軍様」
「黙れ」
お前のその背に火薬を負わせて、焚火の中に投げ入れる前に。

口から先に生まれて来たような火薬屋もさすがのこの声にぴたりと口を閉じ、ただこくこくと頷いた。
今になり黙るくらいなら、最初からそうしていろ。

気付いて以来の寝不足を重ねた、白い朝の陽が目に痛い。
チュホン、お前の脚が頼りだ。俺がその背で眠っていようとこのまま無事に開京まで戻ってくれ。

この頭を半ば預けるように、牽いた愛馬の頸へと凭れる。
その頭の重みを楽しむように、愛馬の耳が此方へ向かう。
「で、大護軍様。どうします?衣装を持って帰るでしょ」
「ああ」

幾らチュンソクが居るとはいえ、頻繁に皇庭を空けるのは褒められた事ではない。
当面の敵がおらずとも、王様から余り離れる訳にいかん。

徳興君の事もある。この方に煩雑な仕事が溜まればまた黙ったままで無理をさせる。
婚儀の寸前にこの方が倒れでもしたら目も当てられない。

そう判じつつ頷いた俺にムソンは我が意を得たりとばかり、満足気に笑って頷いた。
「もう聞いてありますよ。出来上がってるそうです」
「ムソンさん?!」

突然割って入った剣呑な声に、ムソンが慌てたようにこの方へ振り返る。
「は、はい、奥方様」
「まさか私達より先に、この人の衣装見てないわよね?」
「いえいえ。船着き場へ向かうついでに店へ立ち寄っただけです。勿論見ちゃいません。
大護軍様の衣装は出来たかって聞いたら、主が出来たって言ってただけです」

ムソンが言い訳するように早口で捲し立てると、この方は心から安堵したような深い息を吐いた。
「良かったぁ」

眉根を寄せ、その様子を眺める。肚がどうにも読み切れん。
他の女人が触れた衣が厭だと言うならまだ分かる。しかし男でも許すわけにいかんのだろうか。
「・・・イムジャ」
「なぁに?」
こうして俺と話す声は普段と変わらず、耳に心地良く明るい響き。
機嫌を損ねた気配は感じん。
しかし先刻のムソンに対する態度は、この方らしくない。
俺の衣に袖を通したならまだしも、ただ見たかどうかであれ程に神経を尖らせるなど。

ただ疲れたのなら、俺に甘えれば良い。
機嫌を損ねたのなら、そう言えば良い。
一体何がこれ程にこの方を刺激しているのだ。

船着き場を出た処でぶつかる碧瀾渡の大路の人波は、四日前の出立時と変わらぬ大層な賑わいだ。
二頭の馬を牽いて進むには少々の無理がある。
「イムジャ」
「ん?」
「遠回りになるが、川沿いを行きましょう」

人波の上に慣れぬ町の景色。
気の立ったチュホンが後脚でも蹴り上げようものなら、騒ぎになり兼ねん。
「うん、分かった」

俺の提案に素直に頷くとこの方は手綱を牽き、馬をその身の脇へと従わせる。
馬の扱いにも特に乱れた処はない。
馬もこの方の気配に気を荒立てることなく、素直に小さな手が操る手綱に従っている。

秋の深まる礼成江の畔。流れに沿うた途、二頭の馬の蹄が立てる音が響く。

馬にも判らん心の乱れ。
それが判る俺は、この方の気配を読む勘だけは、獣以上に鋭いと見える。

 

*****

 

「馬を見てます」
川沿いの途を廻って出た、婚儀の衣装を仕立てた店の裏手。
手綱を手近の木の幹に結わえ付けた俺達にムソンは言うと、二頭の馬たちを指で示した。
「大護軍様は、衣装を取って来ちゃどうです」
「そうする」

申し出に頷き、数歩離れて振り返る。
「ムソン」
「はい?」
離れた俺の呼び声に、奴が馬たちを見ていた目を此方へ戻す。
「不用意に近づくな。特に俺の馬にはな」
賢い分だけ知らぬ奴にはきつく当たる。
「蹴られるぞ」

ぎょっとしたようにチュホンから飛び退り、火薬屋は怖々、のんびりと草を食む二頭を眺める。
その様子に唇の端で笑み、俺は小さなこの方を横に、仕立て屋への裏道を足早に抜けた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    う、 我慢したのね。
    (゚ーÅ) 偉いわ 素敵だわ~
    涙が出ちゃう。
    あとちょと… 
    一緒に居られるだけでも 幸せだもの
    衣裳もできたし はやく はやく~!
    誰にも衣装見せたくないの
    まだ秘密なのね

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    さらんさん、いよいよヨンの婚礼衣装が出来上がったのですね!
    何物にも染まらぬ色の、夫婦となる最初の衣を、ウンスは特別なものとして大事に思っているのでしょうね(#^.^#)
    σ(^_^;)寝不足気味の理由を勘違いされ、怒り心頭のヨンも、とても可愛いですね。
    このところ、仕事では重い案件で気が抜けない日が続いていますが、そんな中を幸せなお話を拝読させて頂き、本当にありがとうございます❤︎

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