威風堂々 | 18

 

 

肚の中で全ての符号が合致する。
小気味良い音を立て、知恵板のように全てが嵌っていく。
埋まるべきだった虫食い穴が埋まり、そして答が見える。

この方の様子がおかしかった事。叔母上が何かを隠し立てした事。
此方に知られぬよう、どうにか隠そうとしていた理由。
この方に隠す相手が居たのではない。
俺の過去を隠そうと、思い出させまいと二人が結託した。
「イムジャ」
「なぁに」
「新しい衣に、あれ程拘ったのは」

嘘を吐いてまで、新しい衣を誂えようとした理由。
腕の中から細めた瞳で、愛する女人が俺を見上げる。
まるで夕陽の中、この顔に浮かぶ些細な表情の変化も見逃すまいとするように。

「誰も触れた事がない服で結婚式を挙げたかったの。
バカみたいな独占欲かもしれないけど、迂達赤の鎧でもいいかも知れないけど、でも」
「・・・そうでしたか」

思わず膝を打ちたい気分で深く頷く。
寝言で耳にした名で恐らく何かを誤解した。
この方も、そして叔母上も。
薄れて行く記憶、忘却への謝罪とは思わずに。

「黒を選んだのはね」
「はい」
「何にも染まらない色だから。あなたらしく何にも染まらずに、変わらずに、私と一緒に生きて欲しいって思ったからよ」
「では、イムジャの白絹は」
「あなただけの色に染めて下さいって、そういう意味があるの」

この方に大きく回した腕。
その腕の先、右手の指で己の左手の指に嵌めた金の輪を辿る。
心の臓に繋がる指。そこに光る、割れず、欠けず、曇らぬ石。
その両掌で、震えるこの方の白く小さな両手をそっと取る。
その左手、折れる程細い指、同じ処に光る金の輪。同じ石。

いつの間にか馴染み、肌の温かさを吸い込み、まるで生まれ出た時から互いに嵌めていたかのように輝く金の輪。

これ程の誓いを身に着けても、まだ不安か。
この口から漏れた、たった一言の名で揺らぐ程。
あなたなしでは生きて行かれないと、どうすれば伝わる。

愛している、だけで足りるのだろうか。
これ程強く己を衝き動かす想いは、その短い言葉で足りるのか。
そしてそれより大きな言葉を見つけても、きっと明日には探す。
もっと大きな言葉はないのかと。

「衣の色を変えましょうか」
俺の提案にこの方が、沈んだ声で問い掛ける。
「やっぱり、黒はいや?」
「俺は鈍色を纏うべきかと」
「え?」
「白と黒を合わせれば鈍色でしょう」

あなただけにに染まりたい。あなた以外には染まらない。
あなたと出逢う前の痛みは、あなたとの出逢いを連れて来た。
そして気付いた後は、この眸の中あなた以外は見えなかった。

走り、求め、待ち、ようやく手にした。

メヒ、ごめんな。俺はこうしてお前を忘れた。
その代わりに生きる事、守る事を思い出した。

必要とされる事、息を切らして走る事、守る為に腕を伸ばす事。
守られる嬉しさ、頼られる嬉しさ。
その嬉しさに動かされ泥に塗れ、汗で汚れ、一日の終わりにそれを流して笑い合う事。

だから頼む。お前にも、隊長にも、皆にも頼む。
どうか俺の敵にだけはならないでくれ。
記憶の彼方からだとしても、この方を傷つけないでくれ。

そんな事になれば、もし毛の筋程でもこの方を傷つければ、俺は誰であれ容赦は出来ない。
その時お前は俺の敵になる。お前を心から憎みたくない。嫌いたくない。
あの頃の楽しかった光景だけ、響いていた笑い声だけを覚えていたい。
それすら忘れる事は絶対にないから。

「忘れぬ事は、罪ですか」
「忘れない?」
「俺までが忘れれば、無かった事になりそうで」

長く昏く厳しい夜、そして迎える黎明の刻。
その中で笑い合った隊長も、皆も、メヒも。
愛おしいからではない。懐かしい。
あの頃共に過ごした皆が、共に分け合った時間の全てが、等しく懐かしい。
その皆の中には勿論メヒ、お前もいるから。

忘れたりしないから、もう夢でも会えない。
二度とその名を口にする事も無い。

「それ程までに薄れている。忘れる事に心が痛む程」
「忘れて欲しいわけじゃない。思い出させるのが辛いの」
「だからそうやって、また一人で抱え込むのですか」

この心を守る為に。二度と凍らぬように。
そうして陰で心を砕くこの方以上に、愛しい方はもういない。
「それを見て、俺がどう思うかは考えませんか」
「だってそれは」
「嘘が下手なのだから、最初から正直に」
「・・・あなたが苦しいより、1人で抱えた方がずっといい」
「イムジャ」

腕の中、金の輪を嵌めた小さな手。鼻先で躍る花の香の髪。
夕陽に染まる頬。感じる温み。ここに息づくあなたの全て。
この方は生きている。生きて、誰よりも輝き、俺に教える。
生きるとは楽ではないという事。けれど良い事も起きると。
生きていれば。真直ぐ偽らず、心のまま生きてさえいれば。

「俺が苦しいのが怖いなら」
「・・・うん」
「あなたは死ぬな」
「・・・うん」
「俺を疑うな」
「うん」
「決して離れるな」
「うん」
「約束してくれますか」
「約束、するわ」

何も知らずに初めての恋を追い駆けた俺は、もう居ない。
喪失の怖さを知らずに、無邪気に笑えた俺には戻れない。
それを知ったからこそ、この腕の中のあなたを守りたい。
どれ程辛くても、楽でなくても。
「俺は生きます。あなたと共に」
「ヨンア」
「どれ程思い出そうと凍える事も、戻る事も無い」
「信じてる。それは信じてるの、でも」
「最初から聞いて下されば良い。下手な嘘など吐かず」
「だって」

ようやく安堵したか、細い息を吐いた紅い唇が呟く。
「・・・怖かったの。聞くのも、聞かないままでいるのも」

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    え~ん 泣いてしまう。
    ウンスがんばって 聞いてしまいました
    どれだけ 怖かったかな~って
    そんな 心配いらないのに
    きいたからって 今更 何も変わらないのに
    でも ちゃんと 聞きたかったのよね
    スッキリしたかな? これで

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    ウンスのラストの言葉。
    すごくよくわかる気がします。
    女心というか、それだけ、
    ヨンを大切に思っているからこその
    怖さ。
    ウンスが愛おしいです(*^^*)

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    さらんさん、甘甘のお話❤︎ キュンとしながら拝読させて頂きました。
    聞こえぬはずのヨンの心の声が、もしも聞こえてしまったら、ウンスどころか私まで気絶してしまいそうです(おいおい、お前じゃないだろ…と自問自答)。
    さらんさん❤︎
    これからも引き続き、気絶しちゃうような甘く切ないお話を楽しみにしています。
    おやすみなさい(#^.^#)い

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