威風堂々 | 14

 

 

「では、失礼して。大護軍様、お召し物を御脱ぎ頂けますか」
「・・・・・・ああ」

その声に握る鬼剣を傍らへ立て掛け、着けた上衣を袖から抜く。
そのまま床に落とそうとした上衣を、店主が慌てて受け取る。

そのまま動きを止めた此方に向かい、店主がそっと口を開く。
「・・・大護軍様、恐れ入りますが、お召し物の上を、総て」
遠慮がちに続く声。総て、と来たか。

それはそうだ。 正しく衣を作るには、脱ぐしかあるまい。
店主の声に、店の卓前に腰掛けていたあの方へと眸を投げる。

俺の眸を正面から受けて、少し離れたご本人は動く気配も無い。
この眸で店の扉を示すと、その紅い唇が動く。

な に ?

出て下さい。眸だけでそう言い、もう一度顎で扉を示す。
きょとんとした目で此方を暫く見た後、あの方はきっぱりと首を真横に振った。

幾ら許婚とはいえ、店の中とはいえ、まだ夫婦の契りを結ばぬ男が上半身を肌蹴るというのに。
治療や鍛錬や風呂ならまだしも、衣の誂えの為に、肌を出すのに。
普通の女人であれば、此方が頼まなくとも出て行くものだろう。

しかし店主もムソンも、其処にあの方が腰掛けたままなのが当然の事であるかの様子。
逆に愚図愚図と手を止めた此方を、訝しそうにじっと見つめている。

此方が普通ではないと言うのか。この方の前で、肌を晒せと。
諸肌脱いで、無防備な姿を晒せと。

我慢しろ、揉めるな。

怒鳴る時間が惜しい。あの方の翻意を待つ時間、説得の時間が。
まずは船に飛び乗る。そうしてしまえば、天門までは真直ぐだ。

我慢しろ、揉めるな。

腰掛けるあの方に背き、衣の胸の袷紐を解き、乱雑に剥ぎ取る。
二度と無い。こんな衆人環視の中、己だけが肌を晒すなど。

上半身の白い下衣、肩の上から緞子が滑り降りるよう当てられる。
店の窓からの秋の陽を受け、その黒絹に浮かび上がる鈍色の筋雲。
「・・・いい」

背中越し少し離れたあの方の、小さく息を呑む声がする。
「ヨンア、すっごく、いい。似合ってる」

肩越しに眸を遣れば、あの方の大きく瞠られた鳶色の瞳がこの背を見つめている。
その視界の隅、同意するように火薬屋もが大きく頷いている。
そして誰より満足そうに、店主が笑んでいる。

「こっち、向いて?」
あの方の声に、諦めて体ごと振り返る。

肩から緞子を当てた下衣姿の俺を臆面も無く見つめつつ、あの方は不思議そうに首を傾げる。
「こんなに似合うんだから、普段も黒を着ればいいのに」
その声に頷きながら、ムソンが懐かしそうに言った。
「大護軍様、思い出しますよ。あの頃の姿」

諌める前に、奴の声は続く。
「赤月隊の頃とそっくり同じだ。戻って来てくれたみたいだ」

諌めるのが遅れたのは、俺も思い出したからだろうか。
肩から滑ったこの黒に。浮かんだ鈍色の雲に。
二度と月の浮かぶ事のない、この黒い衣に、あの頃を。

ムソンの声に、あの方の動きが止まる。
「・・・え?」
その低い声に、ムソンが驚いたように振り返る。
「あれ、奥方様ご存じないですか?有名ですよ、赤月隊の黒い隊服」
「ムソン!」

ようやく咽喉から迸る低い声の中、俺のあの方が席を立つ。
「・・・え~っと」
「イムジャ」
「私、外で待ってる。ちゃんと測って来てね」
「イムジャ!」

大きく動いた拍子に、肩の黒絹が滑り落ちる。その緞子を慌てて店主が掴む。
「もう良いか」
俺の声に、店主は慌てて頷き返す。
「は、はい」
「七日で出来るな」
「は、い、必ず」

その声に脇に畳まれた衣を羽織る。銭袋から銀を掴み取る。
勘定もせずに一握り店主の掌へ握らせ
「足りるか」
握らされた銀を目で数え、店主は首を振る。
「足りんか」
「そうでなく大護軍様、多すぎます」
「取っておけ」
「大護軍様!」

胸元の袷紐さえ結ばず上衣を煽って羽織ると鬼剣を掴む。
そのまま脱兎のごとく、小さな背を追い店の扉から表へ駆け出す。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    我慢しろ、揉めるな!
    …揉めてぇ~^^
    いやいや、この言葉は「これから揉めまーす!」の合図かな?
    この際、ドッカーンとぶつかってスッキリしちゃいましょ!ね^^
    もう一つ気になること。。
    ヨンとメヒって男女関係があったのかな?
    もしあったなら、ウンスさん何で自分とは。。って思っちゃいますよね。
    さて、ヨンはどう対処するのかとっても楽しみです。

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    さらんさん、此度のお話もわくわくしながら拝読させて頂きました。ありがとうございます(#^.^#)
    筋骨隆々のヨンの上半身、想像するだけでウットリですね。
    でも、ウンスに見せるのは恥ずかしいのね…ふふふ❤
    素敵な衣装が出来そうなのは良しとして…、ひょんなところから出しては欲しく無い過去のワードが飛び出してしまいました(@_@;)
    ウンスの様子を心配していたヨンにとって、彼女の動揺ぶりはひどく気になりますよね。
    ああ、どうなる!?
    さらんさん、よんべにお会いできましたか?❤

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