「ねえ、ヨンア」
蝋燭の灯を落とした閨で、窓からの気紛れな月光を頼る。
月が色を変え処を変えれば、白い頬も睫毛の影も月に合わせて見え隠れする。
寝台の上、腕で囲った細い肩を抱き直す。
少しでも淋しそうな響きなら、こうして腕に力を籠める。
声が耳朶を揺らした瞬間、頭の前にこの腕が動く。
これ程見詰めているはずが、何処か見落としていそうで。
これ以上は寄れぬ程近いはずが、もっと傍に寄りたくて。
聞いてやり、そして能う限りその淋し気な声に応えたい。
「・・・はい」
「あのね、やっぱり天門に行く前に、衣装を」
またか。つい先日、居間で向かい合い話したばかりだ。
嘘まで吐き、新しい衣を誂えたがるこの方と。
思わず吐いた息で胸が上下し、寄せたこの方の顔が共に動く。
「天門に、行く前に」
「うん、だめ?」
「・・・ならば、碧瀾渡で誂えましょう」
此方を見上げる瞳を見下ろし、月が隠す前の頬を親指の先、辿りながら告げてみる。
だから、そんな不安げな声で聞くな。
「碧瀾渡?」
「ええ。誂え、そのまま船で北へ。
天門でご挨拶を済ませ、船で碧瀾渡まで戻れば、出来ている頃でしょう」
碧瀾渡から天門へ最も近い平虜領の入り江の村へ一日と半。
船で一夜を過ごし、翌昼に下船し、そのまま馬で一日と半。
天門へ着き、ご挨拶を済ませ、村で一泊か。
国境をうろつくことで、元と余計な騒ぎを起こしたくない。
そのまま折り返して三日。七日もあれば、全てが終わる。
七日あれば、尻を叩いて誂えを終える事も出来よう。
これ程まで欲しいなら、幾らでも仕立てさせてやる。
「黒、とおっしゃっいましたね」
「うん。いろいろ考えたけど、やっぱり黒がいいな」
禁色というわけではない。黒が良いなら。
「分かりました」
あの紅い月の浮かんでいた隊服と同じ黒。
こうして新しい門出に再び纏うにも、相応しいのかもしれん。
もう其処に月は浮かばない。そしてどんな色にも染まらない。
俺のこの方以外の、誰の色にも。
ここまで新しい衣に拘るこの方の嘘は解せん。
それでも俺の為だと判るから。
いつか話せる時、話してくれれば良い。
四年待った、此処からどれ程待とうと構わん。
命の限り傍にいる。誰より近くで護る。
その誓いを交わせばこの後どれ程待とうと、不安も悲しさも無い。
あなたは此処にいる。この手が知っている。
伸びた先に必ず、掴むべきその指が待っている。
あなたは此処にいる。この眸が知っている。
投げた先に必ず、見つめるべき瞳が待っている。
あなたは此処にいる。この耳が知っている。
傾けた先に必ず、聴くべき言の葉が待っている。
焦らずに、迷わずに、いつか言ってくれ。
この眸は見つめている。この耳は待っている。
そして淋しいならば、この腕で必ず抱き締める。
俺の為に傷ついたなら、どんな傷でも必ず癒す。
此処に居る。それだけで良い。それだけ判れば待てる。
信じている。言ってくれる。今でなくとも、俺の為に。
どれだけ厳しい顔を繕おうと、結局負けてしまう己と同じ程。
どれだけ我儘な振りをしようと、この方は俺を想って下さる。
先回りをし、何もない振りをし、自分だけが背負おうとして。
だから言われるのだ。馬鹿者だの愚か者だのと叔母上に。
さすがに王妃媽媽にお願いする事は無理だ。
しかし叔母上ならばこの方の気鬱も理由の分からぬ嘘も、少しは晴らし、聞いてくれるのかもしれん。
この方も俺には言えずとも、叔母上であれば女同士、少しは気楽に話せるのかもしれん。
碧瀾渡へ出る前に訊いてみるか。
月の射し込む寝台の上。
見つけられそうなこの方の話相手のしかめ面を思い出す。
また腑抜け呼ばわりされるだろうか。
馬鹿でも愚かでも腑抜けでも、この方のためなら上等だ。
小さく笑んで眸を閉じる。
不実な月が照らす影より、瞼の裏、鮮やかに浮かぶ。
その花の香の髪も、その額も、眉も、瞳も、睫毛も。
鼻も、頬も、唇も、顎も、頸も、項も、耳も、耳朶も。
細い肩の稜線も、折れそうな手首も、優しくこの身に触れて下さる、柔らかく温かな指先も。
全て俺だけだ。触れるのも、護るのも。
眸を閉じ思い出せる全て。そしてまだ見ぬあなたの全て。
息もつけぬ程に胸を詰まらせる、あなたへのこの想い。
何よりも尊く愛おしい、あなたのくれる俺への真心も。
それが生涯変わらぬ。心の臓が動く限り俺のものだ。
そしてこの命が果てても次の世で必ず再び巡り逢う。
そう誓うための日が、もうすぐやって来る。
俺の全てがあなたのものだと、あなたの全てが俺のものだと、
あなたを傷つけるなら俺を超えて行けと、この声で誓う日。
死にたい者だけ、挑んでみれば良い。
今の俺は、自身が恐ろしい程に強い。

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さらんさん、ヨンの心の声が実際に聞こえたら、卒倒しそうな程、たまらないセリフの数々…❤
私が思春期の男の子なら、鼻血が止まらなくなっているかもしれません(//・_・//)。
救急車~救急車~!
ああ、なんとウンスの羨ましいこと。
こんなに愛され、大事に思われ、護られ…。
恋愛とは愚かなこと。冷静な判断もできなくなり、損得も考えられなくなり、周囲が見えなくなり…。
などと言われますが、ヨンにこうして思ってもらえるなら、愚か者で結構、愚か者バンザイですよね❤
ふふふ(#^.^#)