威風堂々 ｜ 12

「で、どうするんです」
ムソンと連れ立ちこの方と共に、腹拵えに寄った飯屋の卓。
湯気の立つ饅頭が、卓の上の皿に盛られている。
ムソンは大ぶりの饅頭を一つ取り、かぶりつきながら尋ねた。

「喰うか話すかにしろ」
厭そうなこの声に笑うと、奴は頬張った饅頭の隙間から
「会えそうで会えないでしょ。時間が勿体無い。大護軍様は 喰わないんですか」
はっきり聞き取れぬ程の口跡で、此方に向かって訊いた。

片手で饅頭を持ち、もう片手で皿を指さす男の視線に首を振る。
饅頭で小さな頬を膨らませ、この方は笑って此方を眺めている。
「布を見立てて誂えさせる。七日もあれば終わるだろう」

この声に頷いて饅頭を飲み込み、ムソンが請け負う。
「そりゃ大護軍様が望めば七日と言わず三日でも、針子たちが総出で夜を徹して縫い上げるだろうけど」
「そんな無理は言わん。戻って来るのは七日後だ」
「こっからまたお出掛けですか」
「ああ」
「何処までですか」
「平虜領」
「何だってあんな北の果ての田舎まで」
「用がある」

ふうんと鼻を鳴らした火薬屋は、次に卓越しにこの方を見て
「それにしても、奥方様は良く喰いますね」
悪気無さげにそう言って、卓に肘をつくと、にこりと笑んだ。

「俺も良く喰う女は好きですよ、大護軍様」
「･･･聞いてない」
仏頂面で呟く俺を、愉快そうな顔で眺める男。

「女の好みは、似てますね」
「火薬屋」
低い声に首を傾げ、此方へ笑み続けるムソンへと吐き捨てる。
「黙れ」
その傾げた首が、胴と繋がっている今のうちに。

俺の前そしてこの脇で良く喰う二人を尻目に、飯屋の外へと眸を流す。

徳興君の厄の過ぎた今、元も力を失っている。
こうして表を眺めても、其処に敵の気配はない。
ただ人波が己の目的地を目指し、大路を急ぐだけだ。

降り注ぐ陽射し。碧瀾渡から吹き込む風。全てが秋を告げている。眸に頬にそれを感じる。
あの黄色い花が、気付けば其処に咲く花が揺れる。
急げ、急げと言うように。

急げ。一刻も早く天門へ。
心からのご挨拶を、せめてものお詫びを。
急げ。一刻も早く菩提寺へ。
和尚様からの法話を。御先祖への報告を。
急げ、一刻も早く宴の準備を。
俺達を知る全ての目前で、永久の誓いを。
「･･･ムソン」
「はい」
「そう言えば」
「はい？」

こいつも俺達を知る、全ての者に含まれるだろう。ましてこの国のこれから先に、絶対に必要な男だ。
火薬。取扱い方さえ誤らねば強大な武器となる。数で圧してくる紅巾族にも船で押し寄せる倭寇にも。

「来るか」
「何処へですか、大護軍様」
だから喰うか話すかにしろ。
「俺達の婚儀に」
「え」

火薬屋の手からぼとりと床へ、白い饅頭が落ちる。
「あ～～！！」
その饅頭を目で追って、俺のこの方が声を上げる。
「ムソンさん、お饅頭！もったいない！」
「い、良いんですか」
この方の声を意にも関せず、奴が此方を伺い見る。
「だから呼んでいる」

王様に引き合わせるにも、良い機会となるだろう。
これからはなるべく多くの人間を、王様の民とせねばならん。
必ず起きる。勘だ。外れれば上々。
しかし、厭な勘ほどよく当たる。

この先この国は、今よりも多くの敵を迎え撃つ。
紅巾族の数は減るとは思えん。
あのでかい地で国が揺らげば、不満を持つ民は増え続けるに違いない。
倭寇も同じ事だ。
あの頃赤月隊として戦っていた時ですら兵の数も、襲来する船数も増えていた。

そしてそんな倭寇が目の前の火薬屋の家族を、朋を、暮らしを、小さくとも何より大切な倖せを奪った。

振り返らない。赤月隊が何かを出来たなどと思わない。
但し同じ事は繰り返さない。第二のムソンは生まない。
その為にも是が非にもその腕と知識、そして火薬が必要だ。

「来い」
「必ず、必ず行きますよ！」

頷くこの男がこうして笑えるようになるまで、どれ程長い時間が掛かったか。
分かっているからこそ幾度でも剣を握る。戦場を駆ける。

喪った者を取り戻す事は出来ない。但し二度と喪わない。
そしてそんな国造りの為、王様に正道を歩んで頂く為に。
その為には一人でも多くの、王様の民が必要だ。
口先ではない、日和見ではない、心から王様を信じる民が。

目の前で嬉し気に破顔する火薬屋を見つめ、俺は頷いた。

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