威風堂々 | 7

 

 

「新しい衣装を、作ってほしいの」

季節はもう、秋へと移っている。
こうして居間に向かい合って座っても、開け放つ窓から覗く暗い庭に茂った葉影の、夜空を切り取る形が真夏とは違う。

植えた覚えもない薄の穂が、庭の隅に伸びている。

待ち続けた六度目の秋が、ようやく訪れたというのに。
すぐそこに、永遠の誓いを交わす日が迫っているのに。

「ねえ、ヨンア」

特別な衣服に、何故これ程に拘るのだろう。
着ないとは言わん。生涯一度の特別な日だ。
この方が望む事、能う限りの事は叶えたい。
しかしまず先に、成せねばならぬ事があろう。

卓の向かいに陣取り唇を結び、此方を見つめる瞳に眸を合わせ覗き込む。

「お願い。ね?」

小さい手を合わせ、首を傾げるこの方。
「イムジャ」
首を振り、諭すよう告げる。
「お願いは此方です。お忘れか」
「・・・何を?」
本当に、覚えておらぬのだろうか。
「衣も大切かもしれません。しかしまず天門へ」

たとえ門越しとはいえ、この方のご両親にご挨拶を。
大切な娘御を嫁に娶るのに、心ならずもあの時、まるで攫うよう無理に肩へ担いで来てしまったせめてものお詫びを。
門越しでも、ご両親に必ずお伝えしたい言葉がある。
お伝えするまでは己の身じまいなど、どうでも良い話だ。

「うん、分かる。覚えてる。でも衣装も」
此方へと身を乗り出しその膝に爪を立て、焦れるような声でこの方は言い募る。

買い物が好きなのは、覚えている。
しかし此度はご自身の物ではない。
それを何故、これ程焦って新しい衣を誂えようとなど。
「イムジャ」
「なぁに?」
「何があったのです」

不思議だった。何故それ程まで急いて誂えようとなど。
この方とは違う。手に入る生地で簡単に誂えれば十分。
まして、天門までの旅が控えておるのに。

故に聞いた。ただ不思議で舌に乗せた声だった。
しかし何気ないその問いに、この方の目が泳ぐ。
「な、にも、ない」

そこで気付く。嘘だ。

「何があった」
改めて確かめる声にその目が諦めたように戻る。
「あのね」
「・・・はい」

何だ。何故嘘を吐いてまで新しい衣に拘る。
まして着ぬとも、誂えぬとも言っておらぬのに。
「急いで、作らないと、間に合わなくなるから・・・?」
「・・・イムジャ」

嘘であるなら、もう少しうまく吐けば良いものを。
その下手さ加減に太く息を吐く。
唇を真一文字に結んで、無理に此方を見て、笑みに似たものをどうにか浮かべて。
よくこんなにも下手の嘘で、あの奇轍らと渡り合ったものだ。

しかし何故嘘など吐く必要がある。何を隠している。
そして嘘の嫌いなこの方がこうして無理に嘘を吐いているなら、それは俺を想う故。
俺の何が、この方に下手な嘘を吐かせている。
考えても思い当たる事など、何一つ浮かばん。

「・・・衣ならばあります」
試しにそう告げてみる。
「うん、でもね、ヨンア」

まさか鎧を着そうで心配なのか。この方が叫ぶほど嫌がった。
覚えている。着ぬと誓った事も。
「鎧は着けません」
「うん、それは分かってる。でもね」

でも、でもと繰り返し、肝心の嘘を吐く理由が分からない。これでは埒が明かん。
「俺も、白い衣ですか」
揃いの色をというのが、気まずいのだろうか。
そう問うと、意外なほど素直に首が振られる。
「ううん、あなたには黒を着て欲しい」
それだけは本心だろう。
するりと出て来たその声を聴きながら、得心が行かぬまま曖昧に頷く。

新しい衣に拘る理由、そして俺を庇い嘘を吐くこの方。
何が理由で嘘まで吐く。分からない。ただ俺に何かがある。
新しい衣に拘る何か。何なのだ。
思い当たる節のないまま、首を捻る。

向かい合う居間の卓、ぎこちない隙間のあいた秋の夜が更けて行く。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    再会して1年位経ったのかと思っていたら、2年も経っていたんですね。
    それは少しでも早く一緒になりたいですよね。(今でも事実婚に近いけど)
    叔母様には口止めされたけど、メヒの事ヨンに直接聞いた方が良い気がします。
    その方がモヤモヤが無くなりますよね。
    実際、ヨンだってフッきれている訳だから。
    このウンスの「嘘」はその事なのかな~
    このお話長編だから、まだ山あり谷ありの出来事があるんでしょうね。
    楽しみにしています♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、今日も大好きな二人のお話をありがとうございます❤。
    ヨンはさすがに洞察力、観察力がありますね!!
    ウンスの様子がおかしいことも、笑顔の裏に何かを隠していることも、すぐに気付いたのですからね。
    でも、まさか自分の寝言がウンスを悩ませていることなど、知る由もなく…(+_+)。
    ところで「黒」とは、何ものにも染まらない…という意味とともに、赤月隊の衣装が思い出されますが、果たしてその真相たるやいかに…??
    さらんさん、お夕食はしっかり召し上がりましたか?
    びっべんメンバー、入国したようですね(#^.^#)

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