夏暁【廿伍】 | 2015 summer request Finale

 

 

「従事官様」

大君媽媽の部屋外。
部屋へと辿り着く唯一の回廊前に立つ俺に、一人の男が近寄って来て、そう声を掛けた。

初めて見る顔に目を当てる。
身なりから見る限り、新しい下働きか。
しかし今この時期に、下働きとはいえ人を入れ替えるだろうか。
唯でさえ襲撃以来、邸への人の出入りには神経を尖らせている。
「大監からです」
男はそう言って、懐から小さい結び文を出した。
「大監」
鸚鵡返しに呟くと男は頷き
「はい。至急従事官様に、お渡しせよと」

それだけ言って、俺の手へと目立たぬようにその文を握らせる。
この掌に隠れる小さな文の結び目を開く。
確かにパク・ウォンジョンの手蹟で、至急宮中へ参じろとだけ書かれた紙片を凝と見ながら、俺は小さく頷いた。

「大君媽媽」
扉前、部屋内の媽媽へと小さく声を張る。
「入りなさい」
その声に扉を開ける。
入口脇で頭を下げ、大君媽媽の声を待つ。
「座りなさい」

その声に僅かに卓前の大君媽媽に寄り媽媽へ、そして媽媽の横、今衛につく御営庁の外方へと小さく頭を下げる。
「そなた、まだ表に居るのか」
大君媽媽が呆れたように、そう言って微笑んだ。
「交代の間は休まねばならん。体が持たぬ」
「宮へ行って参ります」

それだけ言って卓の上、媽媽の御前へとパク・ウォンジョンの結び文を差し出す。
大君媽媽は指先で文を開き、それを眺めると怪訝な顔で頷いた。
「・・・分かった。気を付けよ」

やはり不審だと思っておられるのだろう。
パク・ウォンジョンが俺の名も己の名も記さずに、短い一文だけの結び文を送ってくるなど。
しかし本物だったなら。俺の名も己の名も伏せねばならぬ何かの理由が、其処にあるのなら。
秘密裡に動かねばならぬ、気取られてはならぬ理由があるのなら。
「は」

全ての問いも思いも断ち切り頭を下げる。
考えても答の出ぬものは仕方ない。動くしかない。
肚を決め、外方へと向かい
「ナウリ、暫し外します」
そう断りを入れると、外方は頷き返した。
「なるべく早く戻れ」

その声に床を立ち、最後に一礼し踵を返し、静かに扉を抜ける。
そして回廊へと出た瞬間、厩へと向かい全速で駈け出した。

馬を操り宮へと急ぎながら、嫌な予感に胸が鳴る。
あの外面の良い男が、体裁も整わぬ結び文を送って来る。
しかし少なくとも、文の墨痕はパク・ウォンジョンのものだ。
宮中へ参じろ。人を送って伝えれば良いだけの一文を何故。

呼び出しが贋であったなら、狙いは大君媽媽だ。
しかし真であったなら、宮中で何かが起きている。
俺を大君媽媽の横から引き離す程の何かが。

襲撃の夜、あの男は言った。決して長くはお待たせ致しませぬ。
そして間違いない、パク・ウォンジョンは大君媽媽を玉座へと必ず上がらせるつもりだ。

だからこそ襲撃の夜、あれ程常軌を逸した様子で邸へ駆けつけた。
暴王から守り、謀反の兆しを気取られぬよう息を潜め、俺達まで引き入れ、全てを綿密に計してきたはずだ。
この呼び出しが、計画の最後の一手になるのなら。
ならば今、宮中では一体何が起きている。

馬上で低く身を伏せ、馬の脇腹へと続けて踵を入れる。
今の瞬間が、一番の不安だ。
邸に残してきた者、そして宮まではまだあと少し。
何方で何が起きていても、知りようがない。
邸の衛は厚いとは程遠い。何が起きても不思議ではない。

掌の汗で滑りそうな手綱をもう一度固く握り締め、馬を駆る。
宮へ。たとえこの心はどれ程に、守りたい者の傍にいたくとも。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん、今日もドキドキしながらお話を拝読させていただきました。ありがとうございます。
    一体、何が起こっているのでしょうか?
    ク・ウォンジョンが仕掛けたことなのか、それともこの前のように、誰かに謀られたことなのか…、いずれにせよ、大事な局面なのですね。
    ああああ、それよりク・ウォンジョンは味方なのか、敵なのか…。
    さらんさん、私は先日からちょっと風邪をひいてしまいました。
    さらんさんもどうぞ、お気をつけてくださいね❤

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