風車【前篇】 | 2015 summer request・扇風機

 

 

【 風車 】

 

 

鉄扇をこの指先ではらりと開き、暑そうなこの方へと風を送る。
その風を受け医仙が
「あああ、気持ちいいけど、先生があっつくなるから」
卓の上に萎れた花のようぐたりと凭れて肘をつき、ようやく上げた手を振る。
「こんな暑さ、考えもしなかった。現代人は甘やかされてるのね」

現代人、とは、現世の者の事だろうか。
私は首を傾げ、萎れたこの方を見遣る。
そうであるなら、現代人は私達なのではなかろうか。
天界の方は、みなこれ程に、暑さに弱いのだろうか。

確かに暑い。今年の夏は特にそう思う。
この方がいらっしゃるせいか、王様が高麗へ戻られたせいか、隊長がこの方を護る為に必死に飛び廻っておられるせいか。
若しくは徳成府院君が、あれこれと鬱陶しく暗躍するせいか。

「エアコンなんて言わないわ。だけどせめて扇風機くらい欲しい」
「扇風機、ですか」
卓向うで不思議な事をおっしゃるこの方の様子を、じっと見つめる。
「うん。でも結局、動力がないのは一緒なのよね。電気なしじゃ」
「扇風機とは、一体」
「電力を使って羽根つきのモーターを回転させて、その羽根で風を送る機械なんだけど」

卓上の医仙はそこまで話すだけで精根尽きたかのように、先刻までどうにか上げていらした腕をだらりと落とした。
「原理はわかってるけど、どっちにしろ動力がなきゃ駄目」
動力。物を動かす元となる力。
医仙の声を聞きながら、握る鉄扇を開いては閉じる。
この鉄扇の動力は、己自身の腕の力。
羽根で風を送る、その力が見つかれば良いという事か。

確かに風が吹けば、確かに多少は凌ぎやすくなろう。
吹いている風がより大きくなれば、より凌ぎやすく。
私はだらりと伸びた医仙の向かいの椅子から腰を上げる。
部屋を出る前に扉口で振り向いても、この方は卓から動く気配も、顔を上げる力すらも残ってはおられぬようだった。

 

*****

 

「竹如の在庫は、足りているか」
薬員へと尋ねると彼は頷きながら
「ここの処は特に使いませんでしたので十分に。如何されましたか」
不思議そうな顔で尋ね返される。
「いや。竹如が足りているなら、蔵の竹を使いたいのだ」

答える私に頷きながら
「お好きなだけお使いください。お手伝い致しましょう」
そう言う薬員に向かって感謝の印に頭を軽く下げる。
早く作らねば夏が終わってしまう。

ひとつずつ羽根をつけた歯車が一斉に回れば良いなら、動力は風、もしくはもっと確実な水。
水車の原理で石臼を回すように、羽根が回り続ければ良い筈だ。
医仙のお部屋の中に水を引くわけにはいかぬ。窓の外から風が入るように、外に風車を置く。

ただそうすれば迂達赤からの見張りの邪魔になろう。
見張りの立つ余地を残し窓から風を送るなら、相応の大きさが要る。
重くしては羽根は回らない。薄く軽く削れ、回り易いならば竹。

羽根で回すと伺って、最初に浮かんだのは元の玩具。
元に滞在したころに目にした、竹で作った竹蜻蛉だった。
水車で動く竹蜻蛉を、作れば良いのではないだろうか。
あれは風を受けて飛ぶが、飛ばさずただ回せば良いなら容易だ。
二枚羽根でなく、羽根の数を増やせば生む風も多くなろう。まずは作ってみねば何とも言えない。

薬員と共に竹を蓄えた蔵へと歩みながら、頭の中で絵を描く。
うまくいくのだろうか。

 

*****

 

「チャン先生。これは一体何を作っておられるのです」
暇を見つけては入れ代わり立ち代わり、蔵の前に訪れた医員や薬員が、足元の竹を見て驚いたよう声を上げる。
「竹蜻蛉のようなものを」
「竹蜻蛉ですか」

皆それぞれに、皇宮での勤めも長い。
幼い翁主様公主様や、禿魯花として元へ赴く前の王世子様の医員としてお側に侍れば、そうした元風のものを見聞きもする。

元の玩具の名を挙げても、直ぐに呑み込めた様子で頷きながら首を傾げている。
「しかし竹蜻蛉にしては、羽根が多くはございませんか」
一人の医官がそう言って、二組合わせた四枚羽根の竹蜻蛉をその指先で摘まむ。
「飛ばすわけではない。少しでも多く風を生みたいのだ」
私が苦く笑みながら言うと、要領を得ぬ顔でそれを見遣りつつ
「では、一先ずこの竹蜻蛉の羽根を、削り出せば宜しいですか」

そう言って私の横へ腰を下ろす。
「五つも作って、試してみようと思う」

日陰とはいえ竹の削り出し。額に汗をかいた私に頷きながら、医官は小さな細工刀を握った。
出来上がった五つの竹蜻蛉。その芯棒が繋がった五つの小さな歯車。
その小さな歯車が噛み合った、一つの大きな歯車。

典医寺の畑へと流れ込む上流の水路、水の流れの激しい場所へ、試しに大きな歯車を沈めてみる。
大歯車の前後を挟むよう支える芯棒で、大歯車が水の流れを受けるよう川の中で位置を調節する。
しかし水へ入れて、すぐに駄目だと気付く。
大歯車と噛み合わせた五つの歯車までがほぼ水没し、意味を成さない。
そして竹蜻蛉では、やはり生み出す風が小さすぎる。

さて、困ったものだと息を吐く。

「侍医」
水路脇へとしゃがみこみ、水から引き揚げようと歯車を支えたまま、聞き慣れた声に目を上げる。
薬木の木陰の逆光の中、下から見上げると殊更に大きく見えるその姿。
私は歯車を抱え、腰を上げながら挨拶を返す。
「隊長」

隊長は呆れたように濡れた歯車を抱える私を一瞥すると
「呑気に水遊びか」
そう言って竹蜻蛉を目で指した。
「いえ、遊びではございません」
私は濡れた歯車を手に、典医寺へと戻るため、水路沿いを歩き出す。
隊長は私の隣に少し距離を取って並びつつ
「そうとしか見えん」
低い声でぼそりと呟く。

「風を生みたいのですが、なかなか上手く行かず」
「風」
「ええ、軽いもので、風を生むような、回る物を」

隊長は顎に指を当て暫し黙った後、此方へ眸だけ投げる。
「風車ではいかんのか」
「外に置くつもりなので、紙では」
「蝋を塗って、日陰に置いてはどうだ。第一竹蜻蛉よりも余程小さな力で回る」
「・・・成程。いけるかもしれません」

隊長の提案に頷きながら、頭の中の絵を描き直す。
風車、成程確かに軽い。紙製であれば大きさの調節も利く。
まずは蝋紙の手配だと、私は段取りを組み直す。

 

 

 

 

【扇風機】が欲しいです~
さらんさん、なんとかして下さい❤︎
\(//∇//)\ (muuさま)

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