独脚鬼【弐】 | 2015 summer request・お化け

 

 

ウンスに呼び出された昼の典医寺。
扉を守るトクマンが近寄っていくチェ・ヨンの鎧姿に気づき、その場で姿勢を正し頭を下げた。
「医仙はどうだ」
「今日は大人しくしていらっしゃいます」
「・・・そうか」

緩みそうな目許を思い直して眉根に力を籠める。それで当然なのだと思い直して肚に力を入れる。
そうそう毎度好き勝手に天衣無縫に振舞われては堪らない。
客人ならば客人らしく、帰る日まで大人しくしていてほしい。

「坤成殿から戻られてからは、お部屋で何か工作をしていました」
トクマンは満足そうにチェ・ヨンへとそう伝えた。
「工作」
「はい。棒を何本か所望されて」

トクマンの報せを聞けば聞くほど、意味が判らない。
チェ・ヨンは頭を傾け、部屋の窓から中を透かし見る。
しかしチェ・ヨンの場所からウンスの影だけは見えるが窓の桟に邪魔をされ、手元まで見る事は出来ない。

その時ふとウンスが目を上げチェ・ヨンの視線に大きく笑むと、両の手を振って椅子を立った。

隠しているつもりなのに、視線に気付かれる。
気付かれて気まずい筈なのに、嬉しさに笑い返しそうになる。
ふと見るとトクマンが不思議そうにチェ・ヨンを眺めている。
チェ・ヨンは気恥ずかしさを誤魔化すために、拳を口に当て空咳払いをした。

しかし当のウンスといえば、立った影は見えたが、扉を開けに出てくるでもない。
部屋の中からがたがたと、少し大きな音が聞こえる。

何かを片付けている事は間違いない。自分に隠すようなものを作っていたという事か。
またおかしなことを企んでいないと良いが。
チェ・ヨンが案じながら見詰めている扉が、ようやく内側から開いた。

 

*****

 

「何か用ですか」
招き入れた室内で向かい合ったチェ・ヨンに問われて、ウンスは大きく頷いた。
「うん、あのね、布が欲しいの。真っ白でいいし、別に絹じゃなくて全然構わないから」

突然の自分の頼みにチェ・ヨンが目を細め、こちらを凝視する。
ばれちゃいけない。ウンスはそう思い作り笑いを浮かべてみる。
「何にお使いですか」
「え?」
「衣が必要でしたら、チェ尚宮なり繍房なりに声を掛けます」
「ああああ違うの、服とかじゃなくて。ほんとに端切れでいいの」
「端切れ、ですか」

チェ・ヨンの疑わし気な声にウンスは頷いた。
妙に鋭いチェ・ヨンの事だ。今回はばれるわけにはいかない。

「端切れで良いなら何処ででも手に入ります。繍房でも、迂達赤でも」
「今すぐ欲しいのよね、出来る限り早く」
「ならば、迂達赤にいらっしゃいますか」
チェ・ヨンの声にウンスの目が輝いた。
「行ってもいいの?前に行った時、あんなに怒鳴ったじゃない」
「・・・あの時は」

ウンスの声に、思い出したチェ・ヨンが溜息を吐く。
ウンスがバッグ一つを抱えて、腹を割いたチェ・ヨンの往診の為に突然迂達赤兵舎を訪れた時。
破れてしまった天界の服をざくざくと切り刻んだ挙句、攫って来た時は確かに隠していた筈の両脚を事もあろうに太腿まで露にした出立ちで、兵の目の中を堂々と歩いて来た時。
傷の毒と熱で腹は熱かったが、それ以上に頭が熱く煮立った事。

「・・・脚を隠した上で、俺と一緒なら構いません」
諦めたようなチェ・ヨンの声に、ウンスは椅子を蹴って立った。

 

*****

 

「隊長」

すれ違う兵たちが最敬礼の後、それ以上声も続けられず、チェ・ヨンたちを無言で凝視している。
チェ・ヨンに理由は判っている。横で笑むウンスの所為だと。
チェ・ヨンは歩くのにも、ぎりぎり守れる三歩の距離を保っている。
市井で見かける新婚の夫婦のように、膠で貼り付けたようにべったりと寄り添っている訳でもない。

門から兵舎までの道を足早に抜けるチェ・ヨンの横、ウンスはほとんど駆けるようにしてついてくる。
小さく弾む息を横に聞くほど、チェ・ヨンは焦りの余り足が早まる。
連れて来たのが間違いだったのだ。早く欲しいとなど聞いたからだ。
チェ・ヨンはほとんど駆けるように進みながら、大きな後悔の余り肚の中で何度も呟いた。

いや、連れて行くと言い出したのは自分だ。
早く布を探して渡し、典医寺まで送って行かなければ。
「ま、ってってば!」

ウンスの切れ切れの叫び声と強く引かれた腕、チェ・ヨンは我に返り足を止める。
「どうしてそんなに急ぐの!ついて行くこっちの身にもなって」
「・・・医仙」
「何よ!」
「・・・袖を、離して下さい」
「嫌よ!」

自分の目をじっと見上げ、腕に掛けた手を意地でも離そうとしないウンス。
力づくでその手を振りほどくことも出来ないまま、困り果てたチェ・ヨンは黙って首を振る。
「何度言ったら分かるのです」
「言いたいことを当ててあげるわ。俺にも体面が、そんなとこでしょ」
「判っているなら」
「体面なんてクソくらえだわ!」
「・・・は?」

突然その口から飛び出た無体な言葉に、チェ・ヨンが目を丸くする。
「聞こえなかった?クソくらえって言ったの。あなたが連れて来たのに勝手にすたすた歩いて行っちゃうし。何なの、一体!」
「声を落として下さい」
「そうやって考えるのもいいけどね。たまには周りの事なんて気にしないで、美人とのデートを楽しみなさいよ!」
「でーと・・・」
「そうよ、好きな人と2人でゆっくり散歩したり、話したり、お茶を飲んだりお酒を飲んだり映画を見たりするのよ、天界では。ここには映画はないけど」
ウンスは心底怒ったように言って、チェ・ヨンの鼻先に指を突きつけた。
「誘っておきながら、女の息が切れるほど早足で歩いてくなんて最悪よ。あのキチョルでもしないわ、そんな事」

その声にそして仕草に、チェ・ヨンが突き付けられた細い指を見る。
つまりウンスは、自分の態度が奇轍よりも酷いと言うのか。あの奇轍よりも。

愕然としたチェ・ヨンの面持ちも、ウンスの目にしてみれば平然としたポーカーフェイスにしか映らない。

「分かんないなら、もういい!」
そう言ってくるりと踵を返し、ウンスが兵舎の門へ戻って歩いて行く。

一人で帰すわけにはいかない。
チェ・ヨンは息を吐き、歩き去ろうとする小さな背を追って足を速めた。

 

 

 

 

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