夏暁【廿玖】 | 2015 summer request Finale

 

 

王様。

「反正を成しました、王様!!」

松明の光は伽藍の方角から闇を照らし、溢れんばかりに増え続ける。
そして歓喜の叫び声が途切れることなく響き渡る。

伽藍からの細道、松明に照らされ此方へ進み来るのは昼にも見た姿。
パク・ウォンジョンが先頭を切り、背後に軍の大隊と官服姿の高官達を連れて此方へと進み、衛の半円陣の前で足を止めた。
「王様は、何処におわす」

パク・ウォンジョンに向かい、半円陣の先頭で軽く顎を下げる。
「・・・どういう事です」
「反正を成した。前王が晋城大君媽媽へ、譲位の宣旨を出された」
反正。つまりは謀反が成功したという事か。
「・・・此方です」

踵を返し北極宝殿への扉へ歩く己の横にパク・ウォンジョンが付く。
そして大きく息を吐き
「前王は宮殿内にてお待ち頂いている。この後は江華島にて謫居して頂く事になる。
王様のお許しを頂ければ、直にも執行する」

余りにも満足気なその声音。そこまで話が進んでいたか。
今夜宮殿でこの男が起こしたのは、反正だった。
暴政の限りを尽くした前王を追い落とすのが今宵だったのか。

俺は顎で頷き、パク・ウォンジンを北極宝殿の扉前まで案内し、透かし格子の扉前で内へと小さく声を張る。
「・・・王様」
俺の声に室内から痛いほど張り詰めた沈黙が返る。
「王様!」
この身の脇、パク・ウォンジョンが大きく叫ぶ。
「小臣パク・ウォンジョン、ご拝謁に馳せ参じました」

扉の向こう、あの時お守りしますと告げた晋城大君媽媽の緊張した様子が、その格子から透けて見える。
「王様、どうかこの扉を開けるお許しを!」
パク・ウォンジョンが再び叫んだその瞬間。

北極宝殿の西に向かい、木々の枝が轟音を立てて靡く。
その勢いに負けた細い枝葉が吹き飛び、辺りに舞い散る。
禁軍の掲げた松明の灯が、立ち消えそうに烈しく揺れる。
集った全ての者が驚いて地に伏せ、その風の行方を追う。

そして見る。
真黒な西の空、墨を流したような闇の中に射す眸が潰れるほどに眩い一条の蒼白い閃光を。
「王様!!」
居並ぶ人波の中、いち早く気を取り直したパク・ウォンジョンが再び声を張り上げて叫ぶ。
「天も神仏も王様の御即位を御慶びです!ご覧ください、弥勒堂も光を放っております!」

その声の間も青白い閃光は強さと眩を増し、北極宝殿前を西へと吹き抜ける風はいよいよ烈しくなっていく。

信じられぬ。

返るべき新たな王様の声を待ちながら、光から眸を離せない。

ウンス。何故、何故今なのだ。

兵の、高官達の、其処に立つ全員の官服の裾と言わず袖と言わず髪と言わず、烈しい風が乱していく。
居並ぶ顔を閃光が照らす。
「・・・入りなさい」

ようやく返った新しい王様の御声に、パク・ウォンジョンが扉を大きく押し開く。
その声と前後するよう、北極宝殿の控の間の扉が開かれ、中からソヨンが、尚宮や下働きの者たちと共に外へと出て来る。
保母尚宮や家人の涙に濡れた目。
暴君の失脚。成功した反正。
止まぬ強い風。初めて目にする異様な閃光に浮き立つ兵や高官達。

まずい。
焦りの余り、額に汗が滲む。

誰一人として、地に足が着いていない。
こうして浮かれている時が一番危険だ。
しかし俺には御営庁の兵を指揮する権限しかない。
「御営庁!!」
風に負けぬよう突然張った声に、御営庁の兵達の目が当たる。
「はい、従事官様!」
「北極宝殿の護りに戻れ、絶対に崩すな!」
「は、はい!」

飛ばした声にようやく我に返り、半円陣を解き、慌てた様子で北極宝殿の護りへ戻る兵を確認し、控の間から出た者達を見る。
どの顔にも一様に、驚愕と歓喜の色が浮かんでいる。
この風に、弥勒堂の閃光に、数刻前まで大君媽媽であった主が今や突然、王様と呼ばれる立場になった事に。

その時北極宝殿の透かし格子の扉が、内側からゆっくりと開く。

頼む、今このような恐慌状態で、外へ出てくるな。
せめて数刻待ち、落ち着いてからだ。そうでなくば守れない。
未だこの場に敵が残るか、残っていないかも分からない。
今足元を掬われれば、あっという間に全てが終わる。

しかし大事を成し有頂天のパク・ウォンジョンがそんな機微など考える筈もない。
この尋常ならざる状況を利用して新王の顔を見せ、一気に場を盛り立てんとしているのだろう。

開いた扉の中央、右に御営庁外行を、左にパク・ウォンジョンを従え、新たな若き王様が其処に立っている。
殿前に控えていた全員が、一斉にその場で地に膝を付く。
「王様!」
その大合唱に、王様は戸惑うように眉を顰める。
「真におめでとう御座います!」

全員が地に伏せ頭を下げる中。
片膝をついて控え、王様から目を離し、伏せられた顔、王様に飛び掛かれる位置の者を見る。

隣合せの控の間の扉から出て来た、邸に仕えている者達。
ソヨン。保母尚宮。邸の下働き達。
一つずつ顔を確認した瞬間、俺は地につけた膝を上げ刀を抜いて、王様へと駆け寄る。

そして俺をずっと見ていたのだろう、俺より王様の近くに居たソヨンも地から跳ね起き、王様の前へ立ち塞がる。
俺の抜いた剣の刃が狙う先。あの時俺に大監からだと、結び文を握らせた見知らぬ男。

その男が懐から、今度は文でなく短剣を抜き、王様へと真直ぐ走り寄る。
その刃の先の王様の前に立ち塞がったソヨン。

届かない。
その背に向け、そのまま真直ぐ剣を投げる。
剣が男の背を貫くと同時に、王様の前に塞がったソヨンから真赤な血が散る。

変わらぬ夜。風。蒼白い閃光。

先程まであれ程騒がしく浮かれ立ち、歓喜の叫びを上げていたその場の空気が、嘘のように静まり返る。

そしてようやく俺の待ち望んだ静寂が訪れる。

何と皮肉だ。
ソヨン、お前の血が俺の求めた静寂を連れて来た。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん
    息もつけない展開になりましたね!
    天門が開こうとしている時、ソヨンの、ソンジンの運命はどうなってしまうのか‼︎
    あ~ドキドキです!

  • SECRET: 0
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    さらんさん、いつもながらに素晴らしい表現力に、ため息をつきましたよ、私。
    特に、最後の一行は珠玉の名文です!
    お前の血が俺の求めた静寂を連れて来た。
    ふ、震えましたよ、私!
    風邪が悪化したのかと思ってしまいました。いえいえ、身体は大丈夫ですよ\(//∇//)\。
    私よりも、ソヨンの身体が心配です。
    そうそう!天門も開いたのでしょうか?
    ああ、こうも一気に変わるなんて、驚きました。
    ふう…柚子茶でも飲んで、落ち着きますね。さらんさんも温かい飲み物、いかがですか?❤︎

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