夏暁【廿】 | 2015 summer request Finale

 

 

「宮中より参りました」
晋城大君の屋敷前。
門を守る衛兵に向かいソヨンが雪の中、真赤になった指先で腰に下げた紅牌を示す。
その横で、御営庁の従事官の隊服を着けた俺に深く頭を下げ、 衛兵たちは即座に道を開ける。
「例え官服でも、号牌は必ず確認しろ」
俺の声に衛兵達が慌てたように目交ぜし、改めて頭を下げる。
「申し訳ありません!」

俺にばかり頭を下げるな。号牌を示しているのはソヨンだ。
怒鳴りつけたい思いを肚に、開かれた門内へと踏み込む。

烈しさを増す雪の中、侘しい庭に、白い椿が咲いている。
暴君から身を潜める者の佇まいは似るものなのだろうか。
まるであの頃モンケから身を潜めていた劉先生の宅の佇まいによく似た庭に、ゆっくりこの眸を泳がせる。
「御営庁の従事官様でいらっしゃいますか」

庭先に立つ俺に掛けられた声に、肩越しに振り返る。
雪の中、浅葱色の尚宮服を纏うた年嵩の尚宮が、其処からじっと俺を見つめていた。
「お話は、承っております」

敢えて誰からと名を伏せるのは、そういう約定でもあるか。
俺が此処に来ると知っており、且つ王族である晋城大君へ繋ぎを取れる者など、パク・ウォンジョンしか考えられぬ。
俺が無言で頷くと、その尚宮は安堵したように頷き返して
「大君媽媽がお待ちです。どうぞこちらへ」
そう言って頭を下げ、邸の回廊を奥へと進む。
その背について俺が、そして数歩下がり、ソヨンが歩く。

「何時から俺の後を歩くようになった」
斜め後ろのソヨンへ、振り返らぬまま問い掛ける。
「お前らしくない」
「・・・医女服で従事官の横を歩くのは生意気かなと思って」
ソヨンの声に、俺は噴き出した。
「何よ」
「生意気とはな」
「だって!」
「今更下らん」

歩を止めた雪の中ソヨンが並ぶのを待つ。気付いたソヨンがようやく俺の横へ着く。
「それで良い。離れれば守れん」
お前が遅れぬよ歩を緩めるのは好かん。それが悔しければ、走って俺について来い。

 

*****

 

「大君媽媽。御営庁より従事官様が到着されました」
部屋の前、扉口で先導の尚宮が首を垂れ、恭しく声を掛ける。
「入りなさい」
その若い声に耳を澄ませる。
晋城大君は年が明け十八。という事は恐らく本人の声だろう。
聡明そうだ。しかし脆さもある。
暴君の異母弟、その足元の危うさ故か、若さ故か、それとも生来か。

尚宮が扉を開ける。
雪の中を歩いて凍った髪先が、部屋内の温かさで一気に溶け始める。
部屋の奥。
上座に座る若い男が、穏やかな目で此方を眺める。
この男が晋城大君。暫しの間の俺の主君。
神経質そうな皺を寄せた額、涼し気な目、意志の強そうな口元。
「雪の中、足労を掛けた」
「・・・いえ」
「保母、拭くものを持て」
「畏まりました」
声を掛けられた尚宮が、其処から腰を上げ扉外へと消える。

「従事官、そなたの名は」
部屋内で三人きりになり、大君媽媽と呼ばれた男が問うた。
「ソンジンです」
「こちらの女人は」
続いてソヨンへ目を向けた男は、俺に向かって問い掛ける。
「御自身でお確かめ下さい」
「・・・・・・!」
信じられない事を耳にしたとばかり、控えたソヨンが息を呑む。
その息を右から左へ聞き流し、目の前の晋城大君へ声を重ねる。
「これより大君媽媽のお側に付く者です。安心できるよう御自身でお確かめ下さい」

晋城大君は目を丸くして俺を見た後、堪え切れなくなったようその唇を震わせた。
怒鳴られるか、斬られるか。しかし周辺に得物になりそうな刃や弓は見当たらん。
これで外の兵を呼ばれて無礼討ちなら、それはそれで仕方ない。
来た早々に大暴れではパク・ウォンジョンも予想外だろうが、あの偉そうな男に一泡吹かせる事だけは出来る。

しかし震えた唇は、次に大きく左右へ引かれる。
其処から白い歯を覗かせて、晋城大君は笑った。
「従事官、面白い事を言うな」
「は」
「言う通りだ、己で確かめるのが最も安心だ。そなた」
大君媽媽は僅かに体を揺らし、正面からソヨンへ向き合う。
「名は、何と申す」
「・・・そ、ソヨンと申します、大君媽媽」

ソヨンが慌てて平伏する。
「保母のところへ遣わされた医女か」
「おっしゃる通りです、大君媽媽」
「私のせいで保母には苦労を掛けている。良くしてやってくれ」
「誠心誠意お仕え致します、大君媽媽」

其処で目を上げると、晋城大君は俺を見つめた。
「確かに、こうして己で確かめて安心した」
「は」
「ではそなたの事も確かめよう、従事官」
「は」
「此処へは、志願してきたのか」
「・・・いえ」
「では、右参賛の指図か」
「は」
「理由は、分かるか」
「いえ」
「そうか・・・」
晋城大君は僅かに逡巡したように俯いた。
「私にも読み切れぬ。兄上が、王様がおられるのに、右参賛はまるで・・・」

そこで声を切ると俺を凝と見つめて首を傾げる。
若い。肚の裡を、まだまだ隠し切れぬのだろう。
初めてこうして会うた俺に打ち明ける程愚かでもない。
しかし会うたばかりの此方に読み取られるようでは駄目だ。

まるで己を次の王の如く扱う。
恐らくそう続いている。

暴君の弟故にそして大君という立場故に。
それが晋城大君にどれ程危うく、また魅力的な提案か理解できる。揺れているだろう。
「大君媽媽」
「何だ」
「御守りします」
「従事官・・・」

それが俺の役目だ。必ず果たすが、それ以上を望まれても困る。
「大君媽媽、失礼したします」
きれいに整え畳んだ手拭いを手に部屋へと戻った尚宮の声に、互いの声は途中で切れる。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、
    ますます面白い展開ですね!リクエストのお話とは思えないスケールの大きさとワクワクする内容に、感服です!
    まるでヨンとウンスの様に、いえ、それ以上かも…。

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    さらんさん、今日もお話を拝読させて頂き、ありがとうございます。
    ソンジンといい、ヨンといい、さらんさんとこのメイン男性たちは、言葉少なで切れ者で、男前で…❤︎
    鋭い爪を隠し、それを密かに磨きながら、天門の開く日と、何やら危険な臭いのする指令を待つソンジン。
    ウンスと一緒になることが彼にとっての一番の幸せだとしたら、それは実現できないでしょうけれど…(´Д` )
    さらんさん、大作になりそうな素敵なシリーズに、日々ドキドキです❤︎

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