牽牛子【後篇】 | 2015 summer request・朝顔

 

 

気まずい。

さっき典医寺から尚宮オンニと一緒に楽しく話した道と同じ距離ととても思えない。
その倍は長く感じる道を、若い尚宮さんと一緒に歩く。

そうよね。
たとえどれ程知識があったとしても、素人が私の執刀する手術に口を挟んだらどう思う?
あんたに何が分かるのよ、だったらやってみなさいよ。そう思うかもしれないわよね。
私がやったことはそれと同じ。
薬草や薬膳の事を勉強したからって、水刺房のメニューにまで口を出さないでも良かった。
ただ体が温まるメニューを出して下さいって、それだけで良かったんじゃない?
「あ、あの」
「・・・はい」

私が掛けた声に、いかにも不機嫌そうに尚宮さんが答える。
「私、出過ぎた真似をしたのよね?」
「医仙様は、何でも許されておいでなのでしょう」
「え」
若い尚宮さんは聞こえよがしに溜息を吐いて言った。
「王様と王妃媽媽の御膳をお預かりする水刺房の献立の差配も、自由に出入りするのも。
大護軍様に散々好き勝手に我儘をおっしゃるのも、全て御許しがあるのですから。
私のような下々の者が何か言う幕ではございません」

・・・ものすごく棘と含みのある声で、言われてしまった。
「別に、差配しようとはしてないのよ?ただ媽媽は、ほんとに今、体を温めた方がいいの。それは医者として」
「畏まりました」
そういうつっけんどんな言い方はないんじゃないかと思う。
こっちは反省してるわけで、謝ってるわけで。
「私達は医仙様がおっしゃる通りに致します。ただしそれが元で尚宮様や水刺房に何かあれば、どうされますか」
「え?」
「医仙様は、食べ合わせという言葉を御存知ですか」
「そりゃ、知ってるけど」

私の答えに尚宮さんは尚更腹を立てたように、典医寺の入口で足を止めた。
その手に持ってるお皿を乗せた御膳が震えている。
「銀杏と青鰻、蟹と柿、人参と大根、葱とわかめ。焼き魚と漬物、蛸と蕨、ひじきと牡蠣、胡桃と酒などもです。
葱のジョンとわかめの汁をお出しするよう言われた事があります。
御夜食で松の実と胡桃の粥と共に、酒が供されておりました。
その前は蟹の醤油漬けの御膳の前に、王妃媽媽が軽い御風邪だと、柿の入った薬湯が」

自分を落ち着かせるように、尚宮さんは大きく息を吐いた。
「尚宮様がお気づきにならなければ、どうなっていたか。それでも私たちは、あなたに従わねばなりませんか。
王様よりの信頼厚い大護軍様の許嫁でいらっしゃるから。
天から来た医仙様だから、王様や媽媽の御体に異変が起きる程の大事ではないから。
死人でも蘇らせる医術を持つ医仙様のご意見は、鵜呑みにしてただ聞かねばなりませんか」

きつい声で言い捨ててみんなの声のする治療棟へすたすた歩く尚宮さんの後を、私は慌てて追った。
「そういうわけじゃないの、そうじゃなくて」
言えば言うほど、言い訳になる。そんなの嫌よ。だからちゃんと謝りたいのに。
「勉強不足だから、本当にごめんなさい。そういう時はきちんと教えて欲しいの。そうじゃなきゃ分からない。
薬草や毒草は覚えても、食べ合わせまでは詳しくは」

それ以上何も言わずに治療棟に入った尚宮さんは、隅の大きな卓の上に持って来た御膳を静かに置いた。
そしてキム先生に向かって
「先程は私どもの尚宮様を治療頂き、ありがとうございます。
皆さまの昼餉がずれたとの事、申し訳ございませんでした。
心ばかりですが、どうぞお召し上がりください。膳は後程下げに参ります」
そう言って深々と頭を下げ、扉から静かに出て行く。

私は手に持っていた膳をその横に大きな音を立てて置いて
「先生もみんなも、先に食べてて。すぐ戻って来る!」
それだけ言って、尚宮さんの後を追いかける。
薬園を抜けて行く尚宮さんにようやく追いついて
「待って!」

後ろから声を掛けた。 彼女は足を止めてこっちを振り向いた。
「悪いと思ってる。勉強不足だったのに口を出したことも。だから、そういう時は、これからは」
私の小さい声を掻き消すように、典医寺の庭からの蝉の声が、大合唱で響いてる。
ああ、今日も暑いなあ。頭の隅でそう思う。
水刺房からここまで御膳を運んで、尚宮さんを追いかけて、額に汗が浮かんでるのが分かる。
目の前の尚宮さんも、頬を紅くしてる。
暑さなのか、怒りなのかは分からないけど。

「大嫌い」

薬園の真ん中で怒りと共にぶつけられた震える声。
何も言えずに黙ったままで、その目を見つめ返す。

「何でも知ってるってその顔も、何でもできるって思い上がったその態度も、本当に大嫌い」

それだけ言ってくるりと後ろを向き、薬園の緑の中を去っていく背中。
私は声もかけられないまま、ただ見送った。

 

*****

 

「そんな事があったのですか」

診察室の中でこの人が驚いたみたいに呟いた。
「申し訳ありませんでした。私も知らずに」
キム先生がこの人に向かって言った。
「勉強不足だったのは私のせいよ。でも大嫌いって。
分からないから教えて欲しいのに、子供のケンカじゃあるまいし」
「・・・イムジャ」

低い声に目を向けると、あなたは首を振りながら
「此度は庇えません。その尚宮の言う通りです」
それだけはっきりと言った。

「先程伺った時あなたはおっしゃった。大したことではないと。
大事でしょう。王様と王妃媽媽の御体に影響を与える物をお出ししたのであれば」
キム先生は気まずそうに頷きながら、ふと窓に目を当てて
「ウンス殿、チェ・ヨン殿。少々、宜しいですか」

そう言って席を立つと診察室の扉をくぐって、まだ陽の高い典医寺の庭へと出て行く。
一足先にその背についたあなたを見て、慌てて立ち上がって、私はその2つの背を追った。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です