夏暁【捌】 | 2015 summer request Finale

 

 

部屋から出て回廊を抜けながら、ソンジンの姿を捜す。
妓楼の庭、灯る提灯の下。その灯を頼りに食い入るように、手許の医書を読み耽っている横顔。
「ソンジン」
声を掛けると驚いたように、書物に伏せていた顔が上がる。
「・・・何だ」
「終わった。帰ろう」

私の声に胡乱気に眉を顰めて、ソンジンは首を傾げた。
「揉めたか」
「は?」
「追い出されたか」
「ああ」

そうか。宴だから、相当に時間が掛かると思っていたのだろう。
途中で呼び出して連れて帰って。
ずっと前に交わしてた約束はやはりまだ、覚えていてくれたらしい。
私は苦笑いを浮かべて、問い掛けに首を振った。
「揉めても、追い出されてもいない。ただとても良い話をもらった」
「そうか」
ソンジンは私の声に、少し目許を緩めて頷いた。
「良かったな」
「うん」

私が頷き返すと、ソンジンは大きく溜息を吐いて立ち上がった。
「見つかった?」
聞きたくなどない、けれど気に掛かる。
そんな気持ちの狭間で 立ち上がったソンジンに聞くと、苦笑いを浮かべた首が左右に振られる。
「まだだ。病名ばかり覚えそうだ」
「戻ったら、教えてあげる」

諦めたように私が言うと、ソンジンの眸が明るくなった。
「良いのか」
「仕方ないわ。付き合わせたんだし」
「嬉しいな」
「え」
「教えてもらえるなら嬉しい」
「あんた、本当に・・・」

本当に呆れた男だ。ウンスの名を見つけるだけで、それ程嬉しいの。
本当に想い焦がれているんだ。私に向かい、こんな笑顔を見せる程。
本当に鈍い男だ。私の心の痛みなんて、これっぽっちも伝わらない。

肝心な処は分からない。けれどもう確信している。知り合った経緯は分からない。
けれどこの男は、高麗の恭愍王の時代の、あのチェ・ヨン大将軍に関わるユ・ウンスを探している。
これ程に想い、慕い、恋い焦がれて探している。

「帰ろう」
「ああ」
医書を大切そうに懐へ納め直し、上から一度大きな掌で押さえた後、私の声にソンジンは頷いた。

「良い話とは」
帰り道、ソンジンはゆっくりと歩きながら、横の私へと問い掛ける。
「観察使から、医女扶育校へ推薦してくれるって」
「宮中のか」
「うん。行ってみようと思う」
「そうか」
「あんたは・・・」

昼の話の繰り返しだ。返答は分かっている。
「行けない」
「そうよね」
「離れる訳には」
「・・・分かった。分かってた」

この場所がウンスとの繋がりのある、唯一の足掛かりなのだろう。
「本当に、大丈夫?」
「大丈夫だ」
一人で残していくのは心配だ。この男なら大丈夫と分かっていても。
離れたくないと思う。このまま離れれば、私は大丈夫ではないから。

ソンジンは私の心なんて知らない。知っていても、関わりはしない。
ユ・ウンスを追い掛ける事だけに忙しいから。
その心の中は、ウンスの事だけで一杯だから。

三日夜の月は細く尖って、空に寝転ぶように怠惰に夜を照らす。
その月明かりがようやく届く処は、とても狭くて薄暗い。

ソンジンがふと私の前へ手を翳し、この歩みを止めると同時に背に庇うように前へ回り込む。
「またこいつと一緒か」
目の前の昏い道、行燈の光が道脇の茂った叢から揺れる。
「・・・またあなたですか」

厭と言う程に聞き覚えのある声に、私はようやく声を返す。
「陽のあるうちに、正面より堂々といらして下さい」
「そういうわけにもいかない」

牧使の息子は忌々し気に言いながら、叢を揺らして道へと出て来た。相変らず周囲に二人の供を従えて。
「両班の御子息ともあろうものが、辻斬りの真似事など」
「お前のせいで、父上に寺へ送られることになった」

先刻観察使が言った、きつい灸の事だろうか。
「科挙にも受からず、女の尻を追い掛けるからこの様だとな。
この後都へ戻る観察使殿が、何故お前などにそれ程肩入れする。
余程閨の方が優れておるか。あの方に良い夢でも見せてやったか」
「さあ」
「私との同衾は拒んでも、力のある者なら誰でも良いという事か」
「ご自由にお取りください」
「それとも身分も関係ないか。
何処の馬の骨とも分からなくとも見目良い男であれば、邸でも閨でもそうして引き摺り込みおって」

牧使の息子は吐き捨てて、ソンジンを睨んだ。
ソンジンは男を正面に見据えたまま、声だけで私に尋ねる。
「この男、何を言ってる」
「あんたが私と寝てるって」
「・・・・・・」

ソンジンは私の言葉に心底呆れたように、目の前の牧使の息子を眺めた。
行燈に照らされたソンジンの蔑んだ視線に、男が怒鳴る。
「その目は何だ!」
「・・・間抜けにも程がある」

本当に間抜けだ。人を見る目が全くない。こんな時なのに、思わず吹き出しそうになる。
しかし牧使の息子にしてみれば、笑い事ではなかったらしい。
左右の男たちに 顎をしゃくると、二人の男たちが一斉に此方へ寄った。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です