金剛鈴【中篇・壱】 | 2015 summer request・風鈴

 

 

「隊長さま」
金剛鈴をお渡ししキョンヒ様の私室の殿を出た俺に、後ろからハナ殿の遠慮がちな声が掛かる。
「・・・は」
「門までお送りいたします」

そう言ってハナ殿は殿の扉脇で此方を見送るキョンヒ様へと、静かに深く頭を下げた。
「キョンヒ様、隊長さまを門まで送って参ります」
「うん、気を付けてな」
キョンヒ様は疑いもせず頷いて、大きく手を振った。
「チュンソク、明日も逢えるか」
「・・・明日は、鍛錬が」

途端にキョンヒ様の笑顔が陰る。
「寂しいな」
「文を認めますゆえ」
キョンヒ様の声に小さく頭を下げて踵を返し、ハナ殿と少し離れて並び、広い庭を門へと歩き出す。

「何か、お訊きになりたいことが御座いますか」
歩き始めて直ぐに、ハナ殿がそう言って横の俺を見る。
「先程、難しいお顔をされていらっしゃいました」
「ハナ殿」
「差し出がましい真似、お許しください」
離れたまま此方へと頭を下げるハナ殿に
「とんでもありません」
門へと続く長い庭の石畳の上、俺は足を止めた。

「先程、キョンヒ様とお話していて思ったのです」
「はい」
「翁主様や儀賓大監は、どうお思いなのでしょう」
「え」
「大切なお嬢様の元に、大監の御自宅に、このように通って」
「隊長さま」
俺の問いにハナ殿は可笑し気に笑みかけ、慌ててその頬を引き締めた。

「翁主様も儀賓大監様も、隊長さまに感謝しておられます」
「・・・は」
「もともと政には距離を置かれたい方々です。キョンヒ様が利用される事だけを心配されておいででした」
「はい」

それはあの騒動の当時にも、聞いた覚えがある。思い出しながら俺は注意深く頷いた。
「キョンヒ様が皇位を剥奪された委細は、畏れ多くも王様より翁主様へ、直々のご説明を頂きました」
「・・・そうだったのですか」
「奴婢に落として頂きたいと王様に直訴された事も、隊長さまと大護軍さま、医仙さまがどのように姫様を助けて下さったかも」
「助けたなどと」

今考えても肝が冷える。あの時のキョンヒ様の王様への直訴。
病も癒えきれぬ床から、王様へ泣きながら訴えたキョンヒ様の委細の一部始終を大護軍から聞いた時の、胸が潰れる程の驚き。
そんな俺の心中も知らず、ハナ殿は楽し気に声を抑えて笑った。
「隊長さま」
「は」
「近いうちに翁主様か、儀賓大監様よりお話があるはずですが」
「・・・は」
「御二人はキョンヒ様の婿殿には、隊長さまをとお考えです。
ですからこうしてキョンヒ様へと通って下さるのも、喜びこそすれ嫌がるなど御座いません」
「・・・は?」
「母から聞いたことですから、確かです」
「・・・ハナ殿」
「キョンヒ様が、隊長さま以外のお相手では絶対に嫌だと」
「それは」

それは。それは、困る。それは困る。
「俺は、兵です」
「存じております。正五位、迂達赤中郎将隊長さまです」
「それでも兵です。出自とてただの弱小貴族です。とても大監のご息女を娶れるような立場では」
「隊長さま」
「そんな話になっているとは、夢にも」
「姫様・・・いえ、キョンヒ様を、お嫌いですか」

ハナ殿の問いに唇を引き結ぶ。嫌いだと言えるなら、とうに言っている。
あの時の嘘にあれ程悔いた。最後の抱擁でも構わぬと思った。もう二度と同じ轍は踏みたくない。
「いいえ」
その答にハナ殿が安心したように笑んだ。
「ならば、流れに任せては如何でしょう」
「それは」

そうは行かぬから恥を忍んでこうして打ち明けているのだ。
頭を抱えたい気分で、俺は再び門へと歩き始めた。

 

*****

 

「チュンソク」
「・・・は」

金剛鈴をお渡しして三日。あれ以来、儀賓大監の御自宅へも通いにくい。
おかしな事だ。邪魔がないからこそ顔を見づらいなど。
あの翌日急用で伺えぬと手紙を認めて以来、キョンヒ様に逢いに行くことも止めている。
こうして兵舎に籠る俺は、臆病なのだろうか。あの時のように、またあの方を傷つけるのだろうか。

傷つけることだけはしたくない。ただこの先、俺があの方を娶るなど有り得るのだろうか。
考える程に、深い沼に足を取られるようだ。

そんな時の大護軍の訪いに、俺は急いで椅子を立った。
立ち上がり頭を下げる俺を上げた手で諌めながら
「まだ兵舎にいるのか」

大護軍はそう言って向かいの椅子にどかりと腰を下ろした。
「は」
「儀賓大監の御邸に行かんのか」
「・・・暫く、考えたく」

その返答に呆れたような大護軍の声が返る。
「またか」
「・・・は」
「まあ、頭を使うのはお前の得意だ」
「はあ・・・」
「言ったろう、これからお前も苦労する」
「まさしく、おっしゃる通りでした」

先人の知恵だと、俺は太い息を吐く。
大護軍の肚を読み心を汲むのは俺の役だが、キョンヒ様にまでそうするなど、考えもしていなかった。

嫌いなわけではない、勿論だ。
俺の為に皇位までも捨てたキョンヒ様を一生護りたいと思う。
ただ、それは影からでも出来る事だ。俺が正面からそのように堂々となど。

まして兵だ。戦場に立つ、明日をも知れぬ身で。
これ程の齢の違いもあるそんな立場のこの俺が。

「身分、年齢、立場というところか」
「は?」
大護軍の声に、思わずその顔を凝視する。

「お前の事だ、そのあたりを憂いておろう」
「大護軍、それは」
呆れたように眸を上げると、大護軍は小さく片頬で笑んだ。
「兵でなくともいつか死ぬ」
「大護軍」
「護りたいものがあればこそ、生きて還ると誓う」
「それは、そうですが」
「其処までは思い詰めておらんか」
「・・・分かりません」

分からん、それこそが俺の本音だ。
分からん。思い詰めておるのかすらも。

ただ温かく、小さなこの心だけでは駄目なのか。大切にしたい、守りたいと思うだけでは駄目か。
本当にどう言って良いか分からずに、目の前の大護軍を見る。そんな俺を眺めた大護軍は息を吐き
「いつか分かる」

そう言って立ち上がると踵を返す。
部屋の扉を抜ける背を、答えを探すよう瞬きも忘れて見詰める。
背が扉から消えて初めて、ようやく目を閉じる。

其処まで思い詰める程、熱い想いなのだろうか。
あの丘で四年待った大護軍ほどに、強い心で思い詰めているだろうか。

 

 

 

 

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    はじめまして。このブログの月別最初から、読ませていただいてます。毎日、眼精疲労に負けそうですが、まだまだ、たのしみにしています。夜中の笑い声に、大学生の息子がたまに、ブキミやでおかん!と言われますが、気にしません。いま、作品中の2015年バージョン。。さらんさんの未来、現在、応援しています!ゆーき。

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