夏暁【拾捌】 | 2015 summer request Finale

 

 

「ソヨン」
「・・・はい」
内医院の部屋の中、副提調の手ずから宣旨を賜る。
「内医院 医女として今後も励め」
「はい」

修練の修了書と、門を通る医女の紅牌を受け取りながら頭を下げる。
内医院に残る以上は、王様の目を避ける事がまず第一。
そして医官や提調達の宴に出ずに済む言い訳を考えるのが第二。

この三月、宴に呼ばれなかったことが奇跡と思った方が良い。
これから先内医院に長く居れば居る程、その不安が募るだろう。
こんな風に懼れながら、胸の片隅に憂鬱の重い石を抱きながら、何故医女を続けて行かなければならないんだろう。
ただ、約束した。あの男は、守ると言った。共に上がると言ったから、それについて来ただけのようなもの。

内医院から中宮殿への往診の折に、俯いた視界にふと過る影。
慌てて顔を上げるとそこを通り過ぎる御営庁の兵の姿が、遠くなっていくあの男の背中がある。

ソンジン。

何度駆け寄って、その名前を呼びたくなっただろう。
ただ名前だけで良い。それで振り返ってあの目で見てくれればそれだけで、きっともう少し頑張れる。
それさえ許されないと分かっているから、私がしくじれば あの男に累が及ぶと分かっているから。
医妓女の私の立場は、市井だろうと内医院だろうと変わらない。
万一にも露見すれば、斬殺されるのは私でなくソンジンだから。

だから、大丈夫。
ソンジン、あんたが其処でそうやって見ててくれれば、大丈夫。
たとえ目は合わなくても、言葉は交わせなくても、あんたの心の中にウンスしかいなくても、私は大丈夫。

「これから先、内医院の中でそれぞれどなたにお仕えするかを決める事になる。
各々の修練の結果で沙汰を出すので待つように」
それだけを言い残し、副提調は内医院の部屋を出て行く。残された私達は息をつき、ようやくぽつぽつと声を交わす。
「大妃媽媽、中殿媽媽、淑儀媽媽に淑容媽媽、淑媛媽媽」

一人の同僚が声を潜め、指を折って数えだす。
「数えられないくらいの承恩尚宮様。担当には困らないわね。これからだってきっと増えて行くばかりだわ」
「でも、大妃媽媽は王様の・・・」
「しっ!」

反論しようとした他の同僚に皆が覆い被さるようにして、慌てて続きそうな言葉を止めさせる。
この宮中では、誰が裏切るのか分からない。
何処で誰が聞き耳を立てるのか分からない。
明日をも知れない身なのは、此処に居る皆が同じだから。

王様の実の御母上、尹氏様は廃妃とされ、王様が追号で身分を回復されたばかりだ。
今の大妃媽媽と王様の折り合いが思わしくない事など、宮中では下働きの隅々までが知っている。

その大妃媽媽の担当になるのなら、王様に睨まれる可能性もある。
それをみな懼れている。不安を抱えて、薄氷を踏む想いでいるのは私だけに限った事じゃない。
「でも、じゃあチャン淑容様の担当になりたい?万一にでも 淑容様に何かあれば、あっという間に」
そう。王様の御寵愛を受け、翁主様まで成したチャン淑容様だ。
何かあれば、真っ先に首を刎ねられるだろう。たとえその髪一本でも傷つけようものなら。

どうなるんだろう。
暗澹たる思いで内医院の部屋の中、 私達は互いに顔を見合わせた。
せっかくこうして修練を終えても、その先が全く見えない。
修練を終えた喜びより、明日からの行き先に目の前が暗くなる。
治療をしたいだけなのに、余計な事ばかりが邪魔をする。
本当に私の性には合わない。

 

それから数日、副提調からの担当配置の沙汰はまだ下りない。
下りるまではと私達新米の医女は薬房に配置され、媽媽の皆様の診察に呼ばれる以外、ひたすら薬を煎じる。

その日も朝から皆で集まり、医官や先輩医女から命じられた薬湯を煎じていた。

薬房の窓、外にはもう白い雪が花弁のように舞っている。
薬湯を煎じる湯気の向こう。
白いその花弁を見つめて、私は雲のような息を吐く。

火を使い、薬を煎じる薬房の中ですらこれ程寒い。こんな中で、あの男は外に立っているのだろうか。
私より余程寒いに違いない。
静かな黒い眸で、舞い散る白い花弁を見つめながら、微動だにせず剣を片手に佇んでいるのだろうか。

軽口でもいいから、何か言ってあげたい。憎まれ口でもいいから話し掛ければ、少しは気も紛れる。
その手を握って温めたいなんて、贅沢は言わないから。
そんな風に余所見をしていた時、
「ソヨン」
そう言って首医女様が、私たちの集まる部屋に入ってきた。
みなで慌てて姿勢を正し、一斉に頭を下げる。
「副提調様がお呼びだ。内医院に戻りなさい」

首医女様の声に、周囲の同僚の医女の不安げな目が当たる。
「ソヨナ・・・」

大丈夫。唇だけでその場の皆に残し、私は首医女様に頷いた。

 

 

 

 

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