連虹【前篇】 | 2015 summer request・二重虹

 

 

【 連虹 】

 

 

 

振り返ると必ずその黒い瞳があった。
理由も判らず、この眸は追いかけた。

呼べば必ずどこかから声が返って来た。
呼ばれる度、応えずにいられなかった。

どれだけ否定しても、心の中に線を引こうとしても。
得体の知れぬ想いに苛立ち、どれ程に打ち消そうと。

心は叫ぶ。あなたと一緒にいさせて。
己の我儘だ。あなたを返したくない。

離れている間に何度聞いたかしら。ねえ、そこにいる?
独りきり空を見上げ、幾度呟いたか。俺は此処にいる。

帰りたい、あなたに逢いたい。もう一度抱き締めたい。
早く戻って来い。それだけで良い。他には何も要らぬ。

何度離れたって絶対に巡り逢う、私のソウルメイト。
時の螺旋の中探し出し抱き締める。俺の魂の片割れ。

もう1人にはしない。だから、1人にしないで。
離れる事など耐えられん。今から永遠に共に。

約束してね。

必ずと誓う。

 

*****

 

「ねえ、ヨンア」

その声にチェ・ヨンが振り返る。
「・・・はい」
縁側に座り肩越しに振り返るその眸を見つめてウンスが笑う。
「ただ呼んだだけ」

楽し気な声に息を吐き、ヨンは大きな掌で縁側の己の脇を示した。
「此方へ」

縁側から見る夏の庭の上。空は重く、灰色の雲が垂れ込めている。
ウンスはヨンの横まで歩くと、そこに腰を下ろした。
「降りそうね」
「ええ」

過ぎ行く夏を惜しむような、蝉の声が小さく響く。
その庭を見やったウンスが、困ったようにヨンを見上げた。
「どうしました」
その瞳の奥を覗き込み、ヨンは首を傾げる。
「薬草を摘まなきゃいけないんだけど」
「では降る前にやりましょう」

そう言って腰を上げたヨンの手を、ウンスの細い指先が掴む。
薬草を摘まねばと、今そう言ったばかりではないか。
本当に肚の裡の読めない方だと、ヨンの手が惑う。
「・・・何ですか」
「ちょっとだけ」

そう言って握った手を揺らすウンスに、ヨンの目許が緩む。
握られた手を己の掌で緩やかに掴み直し、傷つけないようそっと力を込めて引く。
手を引かれたウンスが立ち上がると、そのまま沓を履いたヨンは縁側から庭へと降りた。

二人で手を繋ぎ、歩調を合わせる夏の庭。
縁台の上の籠を空いた掌で取り上げ、ゆっくり歩を進めながら、傍らのウンスへヨンが問い掛ける。
「どのあたりの薬草ですか」
「うーんとね、益母草」

そう言ってウンスが紫色の小さな花をつける目弾を指した。
「それから、ヒマワリ」
種をつけ、重そうに首を垂れた向日葵を次に示し
「あとは、芍薬と、甘茶」

そう言って指を当てた花を見て、ヨンは小さく首を傾げた。
「紫陽花ではないのですか」
ウンスは得意げにヨンを見上げて首を振る。
「似てるでしょ?私も最初はそう思った。
これはヤマアジサイの一種なんだけど、甘みがすっごく強いのよ。発酵させて使うと。
もともとは日・・・倭国の、伝統的な甘味料らしいんだけど」

咽喉で唸り、花に触れるヨンの指先にウンスが笑う。
「残念でした。お花じゃなくて、葉っぱを使うの」
「葉ですか」
「うん。薬効があるっていうよりは、砂糖よりもっと甘いし糖尿病の人に使ったりしてもいいの。
少しで甘くなるから」
「とうにょうびょう?」
「ああ、ええとね。消渇?実際はもっと深刻な病態なんだけど。
重い消渇みたいな、そんな病があるの」

懸命に話すウンスに頷きながら、いつの間にか小さな薬園の様相の邸の庭をヨンは見渡した。

何が起きてもと黙ったまま思い悩むウンスが、あちこちから求めた薬木や薬草に囲まれた庭。
己への心遣いに溢れた緑の庭の片隅で、その鳶色の瞳で真直ぐに自分だけを見上げるウンスの声。
ヨンは飽かずに口を挟まず、ただ耳を傾ける。

その言葉の合間、ウンスが息を継いだ瞬間。
ヨンの黒い眸がウンスから逸れ、その顎が天を仰ぐ。
不思議そうなウンスの瞳がヨンの視線を追った瞬間。
「・・・あ」

その頬に落ちた滴に、ウンスの瞳が緩む。
緩んだ瞳がヨンを追う。
その瞳に穏やかに頷いて、低い声でヨンが問う。
「まだ、好きですか」

ウンスはヨンを見上げたまま、笑って頷く。
「大好き」
「・・・良かった」
「愛してる」
「イムジャ」

雨の事を訊いたのだ。
ヨンが言葉に詰まって耳朶を染めると、見上げるウンスの目が悪戯そうに光る。
「雨の事を言ったのよ」

この方にだけはいつまでも勝てそうもない。

強まって来た雨脚の中。
薬草摘みを諦めて、小さな体を隠そうとヨンは上衣を大きく広げる。

 

 

 

 

「二重虹」

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