「ソンジン、共に来てくれ」
「・・・は」
冷たく凍った空の下。
見上げてもすっかり葉を落とした枝と、重く灰色に泣き出しそうな雲しか見えん。
兵営の中、従事官に声を掛けられ足を止める。
此処の男たちはいつでもそうだ。歩く俺の足を止める事しかしない。
己だけが前のめりに、急いでいるのだろうか。しかし立ち止まる刻すらを惜しい。
この眸を離せぬ事が多すぎるのだ。 奉恩寺にも、内医院にも。
「宣旨を賜る事になる」
足を止めた俺を兵営の執務室へと連れて歩みつつ、従事官は脇を進む俺へと頷いた。
「は」
「異例だが、そなたも従事官を賜るそうだ」
「・・・は」
「腕も良いしな。パク殿の縁故もある。俺と同位だ。宜しくな」
今迄は上官として威張り散らしていた記憶しかない男の、急に改まった親し気な口調に、僅かに眉を顰める。
「・・・は」
「何だ、もっと喜ぶかと思ったが」
従事官、一体どのような位なのか。喜ぶべきか、然程でもないか。
全く判らぬから、反応のしようも無い。
しかし目の前の男がその官位に驚きを隠さぬところを見れば、それ相応の高位と思って良いのだろう。
そう見当をつける。
「・・・身に余る」
低く呟いてみるとようやく納得したか、目の前の従事官は笑って頷いた。
「何だ、いきなりの高位を賜って驚いたか」
従事官。頭の中の官位表を捲る。従六位。まだまだ上がいる。
「パク殿も議政府の右参賛となられたからな。飛ぶ鳥も落す勢いとは、まさにそなたの一族の事だな」
「・・・・・・」
勝手に一族扱いされる程、不愉快な事はない。
しかし身を持って知る。朝鮮ではこうして目に見える官位や出自が、何よりも大切であるらしい。
それが証に武科挙以来今まで俺に声を掛けた事のない従事官が親し気に声を掛け、肩を並べて歩いてくる。
便利と言えば便利という事か。肚を読むまでも無く分かりやすい。
芯から喜んで居る訳もないだろうが、少なくとも今は擦り寄って来る。
凍えそうな空の下を歩み、ようやく暖の効いた兵営の執務室に滑り込むと腰を据え、卓向かいの従事官と向かい合う。
「しかし、何故宣旨前に官位の情報を」
「己の同僚の事は知っておきたいだろう。情報を掴んでおくのに早すぎる事はない。遅すぎる事はあってもな」
俺の問い掛けに、男はそう言った。
成程。どの男も己の保身のためには、それなりの人脈と情報網を持つと言う事か。
小さく頷きながら、俺は問いを重ねる。
「この後は」
「そうだな、通常であればどこの衛に着くかが決まる。そなたであればこのまま重職として宗親府の衛につくのが常だ。
今居られるのは昌寧大君、陽平君、阳平君。王様の弟君で晋城大君を始め桂城君などがいらっしゃるが、こればかりは」
よくもまあ、痞えもせずすらすらと名が挙がるものだ。
しかし君だ大君だを守るなど、興味はない。内医院。奉恩寺。狙うはこの二か所のみ。
ソヨン。
すれ違う時に、眺める程度だ。それも物陰から。
あいつはいつでも下を向き、俯いて歩いている。
目立たぬようにとの配慮か、それとも修練が辛いか。
俺に向かい遠慮会釈なく喚き散らし我儘を言っていた頃とは、まるで別人のようだ。
守ると決めた以上、出来る限り内医院に近い方が良い。
もしくは王か。王に近ければ、牽制するのも楽だろう。
しかし王の衛には、まず内禁衛が立っている。
それを通り越し、いきなり王の側にはつけん。
パク・ウォンジョン。
あの男がこれからどのような代償を此方に要求するのか。
その肚はまだ見えてこない。
内医院を守りそして奉恩寺に行ければ、俺はそれで良い。
今ここで、それを口に出すのが得策か否か。
少なくともこの目の前の男に人事権はない。
下手な望みや欲は、見せぬに限る。
いきなりの高位の授与には、絶対にあの男が一枚咬んでいる。
パク・ウォンジョン。何れあの男から、何らかの沙汰がある。待つと決め息を吐く。
部屋の中というのに、吐いたその息は白く立ち上る。
あいつはこの寒さの中、大丈夫だろうか。
今迄絹布団で寝ていた女が、美味い酒ばかり喰らっていた女が、急にこれ程寒々しい宮中へ放り込まれ、俯いてばかりで。
立ち止まる事すら惜しいのにこうして腰を据え、パク・ウォンジョンの声を待つなど。
本当に、俺の性には合わぬ。

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さらんさん、今日も素敵なお話をありがとうございます。
ソンジンも気になっているのですね、ソヨンのこと…。
近くにいるのに、目も合わせられない二人に、これからどんな運命が待っているのでしょうか。
駒の一つに使われてしまうのか、ソヨンの思いが通じるのか、天門は開くのか…。
はうぅ(´Д` ) 気になる週末です。
さらんさん、お食事はちゃんと召し上がってますか?(#^.^#)