夕立 | 2015 summer request・夕立

 

 

【 夕立 】

 

 

「降る」
チェ・ヨンの低い声に、チュンソクは続いて天を見上げる。
「どうでしょう、快晴ですが」
「風くらい読め」

頭上の空を仰いでいた顔を戻し、迂達赤の鍛錬場より兵舎への途を戻り始めながら、その場に残るチュンソクへと声を投げる。
「雨の匂いだ」
遠ざかっていくヨンの鎧の背を見送りながら、チュンソクは首を捻る。
鼻を利かせ風を嗅いでみても、ヨンの言う雨の匂いは、全く感じられない。

全くしないんだが。第一これ程に暑く、真っ青に澄み渡っている空の何処に、雨の匂いがあるというのだ。
これだけ長く共に居ても大護軍の言う事は、時に己の範疇を超える。
チュンソクは空を仰ぎながらヨンに続き、兵舎への途を小走りに駆け戻る。

「隊長」

兵舎の吹抜へと踏み込むと、待ち構えていた迂達赤たちがチュンソクを呼ぶ。
「どうした」
「今、大護軍が、この後の鍛錬は手縛にしろと」
「・・・そうなのか」
「はい」
「理由は」
この後は槍の鍛錬だった。それをわざわざ、手縛に変えろなどと。
「判りません」
トクマンがそう言って、ヨンの私室のある兵舎上階を振り仰ぐ。

「それだけ言って、上の部屋に」
チュンソクは腑に落ちぬままに、トクマンの声に頷いた。
「・・・判った。手縛としよう。全員鎧を脱いで鍛錬場に来い」
「はい!」
三々五々散る隊員たちの姿を見つつ、チュンソクは吹抜の上、ヨンの私室の扉を目で仰ぐ。

まあ元来恐ろしいほどに口数の少ない人だ。医仙との一件を経た今でも、それに変わりはない。
そして今だからこそ、無口であっても仕方なしと思う。
その声を聞き肚を読み、先回りできぬまでも意を汲むのが俺の役。
それをするには先ず声を聞かねば。此度はそれがあっただけ良い。

チュンソクは己も鎧を脱ごうと、吹抜の奥の私室へと歩き出す。

「掴み」
互いに組み合う隊員たちの間を通り抜けながら、ヨンが隊員の襟に素早く深く、一瞬でその腕を伸ばす。
「そんな浅い処を握っても払われる」
「はい!」
流れる汗の上から張り付いた乾いた土で、頬を汚した迂達赤が叫ぶ。

「足」
別の組へと歩を進め、ヨンは隊員の足を蹴り飛ばす。
「蹴られたら崩されて終いだぞ」
「は!」
その迂達赤は頷いて乾いた土の上、相手の足を固めに回り込む。

「腰」
結い上げて髷にしたはずの隊員の髪は、散々地に転がったせいで解れ、無残な形になっている。
その腰を蹴りながら
「髷が乱れるほど転がされるな。粘れ」
「は!」
腰を蹴られた迂達赤は跳ね起き、再び相手と組もうと腰を落とす。

その様子を鍛錬場の逆脇、他の組の隊員たちに鍛錬を付けながら、チュンソクが見遣る。
相変らず汗一つかかず、涼しい顔で死なぬ程度の鬼の鍛錬を付けて回るヨンの姿に首を振る。

あの人は本当に鬼か。

鍛錬場の迂達赤全員に鍛錬を付け、声を飛ばし、それでも誰より涼しい顔で。
確かに先刻よりは幾分涼しくなって来たものの、まだ止まるだけで汗が噴き出るというのに。
そんな風にふらふらと鍛錬場の迂達赤の間を廻っていたヨンが、顔を上げると天を見上げた。
「おい」

掛かる小さな低い声に鍛錬場の全員が動きを止め、ヨンへ顔を向ける。
「手拭い、持って来い」
ヨンの突拍子もないその声に、その場の全員が声を揃えた。
「は?」
ヨンは首を振りながら、空へとその顎を大きく仰向ける。
「全員、早く持って来い」
「・・・は」

迂達赤たちは何が何だか分からぬままに、兵舎への途を駆け戻る。
チュンソクはその場に一人残され、ヨンの眸を追い空を見上げる。
真っ青な空にいつの間にか、まるで筆で書いたよう浮かぶ金床雲。
この手に掴めそうな近さ、その見事な形に目を奪われる。
「チュンソク」
「は」
「言ったろうが」

ヨンの声と共に真夏とは信じられないほど冷たい風が、鍛錬場の踏み荒らされた土を舞い上げる。
嬉し気に片頬で笑むヨンは、駆け戻る兵たちを眺めると
「全員水を飲め。飲まねば死ぬ」

そう言って鍛錬場の脇の井戸を指した。
駆け戻った隊員たちは狐につままれたよう、それでも素直に井戸へ向かう。
全員が一通り水を飲み終わる頃、ヨンは真黒に変わった空を見上げる。
「水浴びだ」

呟いた笑み声に隊員たちがその眸を追いかけ、空を見上げた瞬間。

ぱた。

気付かぬ程の小さな一滴が、空を見上げたヨンの頬を滑る。
ぱた。

一人の迂達赤が、仰向けた顔の額で受けた滴に目を細める。
ぱた。
別の兵が足元の土に、丸く染みを付けた滴の跡を見下ろす。
ぱた、ぱたぱた。

一気に烈しく音を立て、夏の夕立がやって来る。

先刻の冷たい風が運んできた雨は、肌に当たれば真夏の熱を抱いている。
雨の中で皆が笑いながら各々の衣の袷を解き、上衣を肌蹴た。
降り出した夕立の中。
濡れながらふざけ合う迂達赤を後に、ヨンは髪の先から滴を垂らし兵舎への途を歩き出す。

あの方も何処かで見ているだろうか。
空を見上げ、最初の一滴を頬に受けたろうか。
あの日好きだと聞いてから、忘れる事はない。
雨の降り始める気配を。

暖かく包む夏の雨でも、痛いほどに悴む冬の氷雨でも。
必ず空を見上げ、最初の一滴をこの身に受ける。

あなたも雨を受けたろうか。
小さな掌で、最初の滴を受け止めたろうか。

俺は今でも此処にいる。あなたと同じ雨を受けている。
たとえどれ程離れても、同じ雨を受けていると信じる。

間断なく落ちる雨粒を見上げるように、黒い雲に覆われた空を仰ぐ。
熱い雨の滴が髪を、額を、頬を、そして目許を滑って落ちる。

あなたも目許に雨を受け、頬へ流れるこれは雨だと、自分を騙しているのだろうか。

次の雨には共に濡れよう。
だから、早く戻って来い。

 

 

【 2015 summer request・夕立 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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「夕立」リクで、念のために!
(ぶんさま

 

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