火の華【前篇】 | 2015 summer request・花火

 

 

【 火の華 】

 

 

「これが新たな火薬か」
問い掛けにムソンが嬉し気に頷く。
「まだ試作品ですけど。先ず大護軍様に見て欲しくて」
「そうか」

チェ・ヨンは広げた白い紙の上、黒い粉を指に擦り合わせ、鼻先で匂いを確かめる。
「こんな匂いは初めて嗅ぐ」
「硝石が多いんで、匂いがするんです」
「硝石」
「はい。この火薬の原料は木炭と硫黄、それに硝石なんです」
「元ならともかく、高麗でどうやって硝石を」
「ああ。知らない方が良いです、大護軍様は」
「そんな訳に行くか」
「参ったなぁ」
「何だ」
「確かに高麗で硝石を手に入れるのは、ちょっとばかり厄介です」

ムソンは困ったように笑う。
元の内陸部ならともかく、高麗で硝石。
ヨンは首を捻る。乾いた地でなくば大量の硝石は取れぬはずだが。

「鶏やら、馬やら」
言いにくそうにムソンが声を詰まらせ、頭を掻いて苦く笑む。
「ああ参った、大護軍様が触る前に言えば良かった」
「何だよ」
「・・・糞です」
「何」
「鶏小屋や厩の糞尿の滲みた壁や、床土を崩して、暫くの間そのまま積んどくんです。
そうすると自然と熱が生まれてあったまる。そして冷えたらそれを」
「必要なんだろ」

平然と言うヨンに、ムソンは驚いたような目を当てる。
「汚くないですか」
「何故」
「だって、糞ですよ」
「それを毎日掃除する奴がいる。俺の兵舎の厩に。
俺は毎日馬に乗る。そいつらが面倒を見てくれるおかげでな」
「・・・そうですね」
ヨンの言わんとする事が分かったか、ムソンはようやく得心顔で頷く。
「で、その硝石と、硫黄と、炭か」
「配合があるんです。あとは硫黄の集め方。今はそれを学んでます」
「成程な」

ヨンは頷き、椅子から腰を上げる。
「呉呉も気を付けろ。落としたらどかんなんだろう」
「ああ、これは大丈夫です。あの時よりもずっと安定してるんで」

白い紙の上の火薬を集めて小さな器へ入れた後、その瓶をヨンへと手渡し、ムソンはふと思いついたように笑んだ。
白い紙の四辺を折り畳み、中に残った火薬を紙の中心へ寄せる。
そして四辺の余り紙を紙縒り、芯にしてヨンへと改めて渡す。

差し出された紙縒りを眺め、次に眸で問うヨンに向かい、ムソンは笑って
「お土産です、あの方に。勿論、直接火をつけても爆発する事はない。夜にここを燃やせば」
ここと言いつつムソンは紙縒りの先、火薬を集めた丸い部分を指で示した。
「綺麗な華が見られます。もし作るならこれをほんの少し。そうだな、大護軍様の小指の先くらい。
今みたいに紙に包んで火をつけて下さい。こつは紙に万遍なく広げて、軽く擦り込んでから包む事」

その声に曖昧に頷きながら、ヨンは紙縒りを受け取った。

 

*****

 

「お帰り、ヨンア」
宅へと戻り、いつも通り門で待つコムに愛馬の手綱を預け、鞍を下り庭へと踏み込んで。
チェ・ヨンは其処で掛かったウンスの声に歩を止め、緑の溢れる庭へと眸を投げる。

ウンスは庭の隅、優しい紫の桔梗の前に座り込み、ヨンへ大きく笑んで手を振った。
気付けば庭の中、秋の彩がいつの間にか増えている。
夏の烈しい色とは違う。新しい季節の彩は少し淡い。

風景の中ヨンの眸に、いつもウンスだけが鮮やかだ。
ヨンは笑み返し、桔梗の許へ歩み寄ると片手を差し出す。
そしてもう一方の手で、懐から紙縒りを取り出した。
「土産です、ムソンより」
「え?」
ウンスはヨンの差し出した大きな掌を握って立ち上がり、指先の紙縒りを不思議そうに眺めた。

「ムソンさん、って」
「碧瀾渡の火薬屋です」
「ああ!あの時の、面白い人ね」
ようやく思い出したか、ウンスはヨンを見上げて笑んだ。
面白いと言えば確かに面白い男だと、ヨンは顎で頷いた。
「ええ。これを夜に燃やしてみろと。華が見られるそうです」
「華?」
「そう言っていました」
「あ、わかった!!」

ウンスの出し抜けの嬉し気な大声に、ヨンは眸を瞠る。
「これ、花火だわきっと!!」
「はなび」
「うん、きっとそうだと思う。中に火薬がちょっとだけ入ってない?」
「確かに」
「ああ、やっぱりそうなんだ!懐かしいわ、花火。嬉しいな」
「天界にもありますか」
「天界の花火を見たら、ヨンア驚くわよ。こんなものじゃなくって、空一面の花火だもの。
ああ、でももしかしたら火薬の無駄遣いって怒るかもしれないなぁ」

そう言って楽し気に笑うウンスに眸を当てながら、ヨンは首を捻る。
手に握る物すら正体が分からぬのに、天一面の華など考えも及ばぬ。
「・・・あああ!」
しかし続くウンスの叫び声、そして
「って事はヨンア、1人で碧瀾渡に行ったの?黙って?」
その声に天一面の華の話は、ヨンの頭の中で散る。

ムソンからの文を受け、王よりの密命で一人だけ皇宮を出た。
この方は典医寺の役目があった。迎えにはテマンをつけた。
それでも不満気なその顔にヨンは困り果て、一言だけ唸る。
「・・・ええ」
「ずっるーい」
「狡いわけでは」
「そういう秘密の行動から、浮気が始まるのよ」
「・・・イムジャ」
「行く先も伝えないで、奥さんに内緒で遠出するようになって。それで、その出先に可愛い子を見つけて」
「本気ですか」
「ううん、冗談」

あっけらかんとした笑顔に、肚の力が抜ける。
深く嘆息したヨンの息にかぶせるように
「でも心配だから、行き先だけは教えてもらえると嬉しいな」
優しい目でそう言うウンスに頷いて
「此度は、密命にて」
「・・・火薬の事だからかな。この世界じゃきっと金よりずうっと価値があるんでしょうね」

ウンスの回転の速さに、ヨンは内心舌を巻く。
「イムジャが知りすぎるのも」
「じゃあ、聞かない。話せる時まで待ってるわ
立ち上がるのに握っていたままの小さな手が、いつものよう頬へ伸びるのに眸を細め、ヨンは小さく頷いた。

 

 

 

 

どんな二人がみたいかなー

と思ったら、
やっぱり「花火」なんですよー

なんとかズルしてでもお願いしたくて
(^_^;) (ななこさま)

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