風車【後篇】 | 2015 summer request・扇風機

 

 

薄紙を幾重にも張り合わせ、厚くする。その紙に水除けの溶かした蝋を重ねる。
「風を受けたいのだろう」
卓向うの隊長がぶっきら棒に言って、紙片を一枚指で摘まむ。
「ええ」
「俺の見た風車は、こうして」

足首から小刀を抜くと紙片の隅に切込みを入れ、その切込みの端を指で合わせ丸くしながら、隊長は首を傾げた。
「こんな形にして、中央で要で止めていた」
「しかし曲げると、冷えた蝋が剥がれます」
「曲げて形を作った後、割れた部分の蝋に火を加えて細工し直せ」
「・・・成程」
「この部分」

隊長は紙の袷で出来た空洞に、ご自身の指を通してみせた。
「ここを風が抜けるから、良く回る」
「隊長」
「おう」
「兵はおやめになり、こうしたものを拵えて暮らしを立てる手が」
「下らん事を抜かすな」

呆れたように私を見ながら、隊長は首を振る。
「しかし所詮玩具だ。何に使う」
「医仙が暑いとおっしゃるので、風を送るものをと」
「・・・ああ」

隊長は頷きながら、その丸めた紙片を指先で摘まみ直す。
「あの煩い方が、これしきで満足するか」
「さあ、如何でしょう。しかし無いよりましかと」

苦笑しながら紙片を丸める私に呆れたように息を吐くと、隊長はまだ真直ぐな紙片を一枚指に摘まんだ。
お手伝い頂けるようだ。それを視界の隅に見ながら、私は笑いの息を漏らした。
「大きさか、数か」
隊長がそう言って、卓上の紙片を睨みつけた。
「風車の風如きで、それ程涼しくなるとは思えん」
「医仙は、動力が問題だとおっしゃっていました」
「動力か」
隊長は高い鼻梁の鼻先に蝋紙をぶつけながら、半眼で何か思案していらっしゃるようだ。

「人の脚力は、腕力よりも余程力がある」
「はい」
突然おっしゃる隊長に私は呆気に取られ頷いた。
確かにそうだ。筋の大きさも、太さも違う。
腕力は意識的に鍛えねばならぬが、体を支え毎日歩いている脚はそれだけで、日々無意識に鍛錬されているのと変わりない。

「ならば、脚踏み式の動力の風車を作ればどうだ。
手で扇ぐよりはいくらか楽だろう。動力も大きい。
歯車はあるようだし、道理はさっきの竹蜻蛉のもので」
「・・・隊長」

私の顔を見て眸で問う隊長に
「本気ですね」
お伝えすると、隊長は顔を顰めて目を逸らす。
「あの医仙の煩さには閉口だ。それでも連れてきた以上は己に責がある」
「成程」
「しかし日陰の多い典医寺がそれ程暑いとは思えんがな。すぐそこに水路もある」

そう言って薬園の木陰を見遣る隊長に
「天界の方にはお辛いのでしょう。甘やかされていたと、ご自分もおっしゃっていましたから」
「そうか」
「ええ。どんな物かは存じませんが、えあこんやら扇風機やらとおっしゃっていたので、涼を得る特別な物があるのでしょう」

大の男が二人、卓で向かい合い紙を折りながらそんな話をぽつぽつ交わす。
互いの役目も放り出し、あの天界からのお客様の為に。
考えるほどに笑いが込み上げて、私は低く声を上げる。
「・・・何だよ」
「いえ、何でも」

隊長は不服そうに喉で唸り、また卓の紙に向かい合う。

私があの方に気を遣うのは、典医寺でお預かりする大切なお客様だからだ。
そして瀕死の隊長を泣きながら救って下さる、本当のお姿をこの眼で見たからだ。
あの方が死を怖がり、それを乗り越え、人の命に真摯に向かい合う姿。
私と何ら変わらぬ医への、人への想いをお持ちだと知っているからだ。
ただ何しろあの突拍子のなさ、何処でどう動かれるか予想がつかない。
それを防ぐため、此処に大人しくしていて頂くためにも、少しでも快適にお過ごし頂きたい。
そうでなくばただ此処より快適だという理由で、また奇轍の屋敷に移ると言い出しかねぬ方なのだ。

「脚踏みの扇風機は、出来る限り急いで作ります。しかし今日はさすがに無理です。
今日の処は、風車で辛抱して頂きましょう」
その声に頷きながら紙を折り続けるこの方が、これ程に医仙に心を傾ける理由。
御自身が天界より無理にお連れした、それだけが理由なのだろうか。

私にも隊長の心の中が、まだ見えてこない。

一つだけ判るのは少なくともこの方を凍らせていた分厚い萬年氷が、ゆるゆると溶けている事。
この手で開く事は叶わぬと諦めかけていた分厚い扉が、開きかけていると感じる事。
風向きが変わればその心の中が、もう少し見えてくるだろうか。
そう思いつつ私も卓上の新しい蝋紙を手に取った。

 

*****

 

「2人でどうしたの?」

私と隊長が揃って各々の手に抱えた風車を眺め、医仙が首を傾げる。
「少しでも涼を得て頂こうかと」
私が言うと、この方は嬉しげに笑い頷いた。
「隊長の発案で」

そこで医仙は驚いたように、私の隣に無言で並ぶ隊長へと目を当て
「あなたが、発案?」
おっしゃいつつ逸らした目を捕まえようと、隊長の顔を覗き込む。

「侍医」
それだけ低い声で呟く隊長。ああ、怒っていらっしゃるようだ。
余計な事をとでも言いたいのだろう。しかし私にも意地がある。
隊長の手柄を横取りするような姑息な真似はしたくない。

御自身が配慮されたのだから、胸を張れば良いのに。
相変らずの臍曲がりに僅かに苦笑しつつ、私は首を振る。

「これ、風が出れば涼しそうね」
藁台に芯棒を刺し、部屋の窓の外から内へ向けた風車の列を楽し気に見やりながら、医仙はそう言って笑まれた。

「今日1日中、2人ともこの風車を作ってたの?」
「いえ」
即座に打ち消す隊長の声と
「ええ」
白状する私の声とが重なる。
医仙はその声に吹き出しながら、私たちを見比べた。
「嘘つきはどっち?」

その声に私たちの指が、互いを指し示す。
いよいよ堪え切れなくなられたか、医仙は声を上げ笑い出した。

その声につられるよう薬園から吹いた風が、藁台に挿した風車を一斉に回し始める。
髪がそよぐ程度の風でも結構な勢いで回るものだ。
これは隊長のお手柄だと、私は懐手に深く頷く。

「気持ちいいわね。それにきれい」
医仙は回る風車を見詰め、満足そうに頷いた。
そして私たちを見上げ、
「ありがとう、2人とも」

長い髪を風に靡かせながら、夕暮れに頬を光らせて首を傾げる。
その医仙を見詰める私と、相変わらず眸を逸らす隊長と。素直なのは何方だろう。

「新しい扇風機を作ります。それまで風がない時にはこうして扇いで差し上げます」
そうお伝えし、懐から鉄扇を出してみる。
その鉄扇を睨み付け、隊長は無言で此方へきつい眸を流す。
やはり隊長の方がより素直なようだ。

「やだ、人間扇風機なんて豪華ね。ありがとう、チャン先生」
隊長の伝わり難い素直さよりも、耳で聞く方が簡単なのだろう。
そう言って笑う医仙に、隊長は呆れたように首を振る。

夏の夕暮れの典医寺の庭、吹き始めた風は暫く止みそうもない。
風車を回すその風に、私は目を細める。

「どの程度の風か、お部屋の中で確かめて下さい」
促す私に医仙は頷かれ、弾むように扉から室内へと戻られる。
「隊長も」
水を向けた私に
「俺は良い」
隊長は頑として首を縦に振らない。

「素直でないのは損です」
「ほざけ」
そう言って立ち去ろうとする隊長の背に
「自信がないですか」
声を掛けると体中から怒気を滲ませ、隊長が振り返る。

「怒は肝を傷めます。力を抜いて、時には風に当たって下さい。
笹茶を淹れますから、飲んで行かれませんか」
「・・・どういう風の吹き回しだ。三人でなど」

その声に、私は低く笑う。
「さあ。風向きが変わるまでは、暫し拝見しようかと」

涼しい顔の私に厭そうな顔を向けると、隊長は音高く歩き、医仙のお部屋の扉から大股で中へと踏み込んで行かれる。
全く分かりにくい素直さだ。
髪を風に遊ばせ、首を振ると、私も続いて室内へゆっくり足を運ぶ。

その後ろ、風車は涼しげな音を立て、夕陽を浴びて回り続けていた。

 

 

【 風車 | 2015 summer request・扇風機 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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