西瓜割り【前篇】 |2015 summer request・西瓜割り

 

 

【 西瓜割り 】

 

 

「次こそ甘いのかな?」
「さあ、割って喰ってみねば」
トルベさんの返答に首を捻る。それが出来れば苦労しないんだけど。
「こないだっから、お漬物ばっかり増えてるの。知ってる?」
「はい、飯の度に出てますから」
トクマン君の返答に頷く。だってどれもこれも全然甘くないんだもの。
「甘いのって、見つけるの難しいのかな?」
「わ、わかりません。でも今年はもう、十分食べたし」
テマン君の返答にぶんぶんと首を振って、私は断固として言い張った。
「いやよ。まだ甘いスイカ、食べてないもの」
「医仙・・・」

困ったように迂達赤のみんなが顔を見合わせた後、私を呼んだ。
だけど皮は動脈硬化を防ぐみたいだし、実だって甘くなくても絞って濾して煮詰めれば西瓜糖になる。
癌予防にもなるみたいだし、利尿作用もあるし、暑い時は体を冷やしてくれるし、血圧降下や心臓病にもいいみたいだし。

全部チャン先生の受け売りだけど、でも。
みんなの体調を診ながら、熱のこもりやすい人にはきちんと出した。
西瓜糖だって作って、朝のお茶に溶かして飲んでもらってる。
皮はチゲも、チョリムもポックムもムチムもチャンアチにも。
ここまで工夫して使い切ったんだからって、思わず言いたくなるわ。

だからこそ、最後に甘いスイカも食べたいじゃない。

 

「隊長」
「おう」
「じ、実は、医仙が」
「・・・此度は何だ」
ようやく暑さも峠を越えた夕刻。
夕の鍛錬前に駆けてきたトクマンとテマンが、困り果てたような声を上げる。

「また、西瓜を御所望です」
「・・・また」
「は、はい」
「お前ら、喰えるか」
西瓜湯、西瓜炒め、西瓜の煮物、西瓜の和え物、西瓜の漬物。
この夏一体どれ程西瓜を喰ったか。
朝に飲む茶にまで、西瓜の汁を煮詰めた紅い蜜を入れている。

俺は構わぬ。あの方が拵えるものであれば文句はない。
それでも奴らの身になれば、西瓜だらけの飯はどうなのだ。

どいつも口にはせぬものの、思いは変わらんのだろう。
トクマンもテマンも周囲の奴らも、俺の声に一斉に頭を振る。
「ならば放って置け。諦めて下さるまで」
「で、でも隊長」
テマンが慌てたように告げる。
「何だ」
言い辛そうなテマンの声を、トクマンが接いだ。
「もう今日、医仙直々に水刺房に頼みに行かれました」
「お前ら誰も止めなかったのか」
「止めました。でも・・・」

 

*****

「だって、一回も甘いスイカ食べてない!」

鍛錬が終わり夜の歩哨が立ち、兵たちが全て兵舎へ引き上げた後。
私室へ戻った俺に向かい、この方が大きな声で言い募る。
「・・・イムジャ」
「夏って言えばスイカでしょ。甘いからこそスイカじゃない」
「所詮は瓜です」
「でも、せめてもうちょっと甘くてもいいと思うわ」
「蜜とは違うのですから」
「だいたいまず、食べ方に問題があると思うのよね」
「・・・如何ような」

西瓜を切って喰う以外にどんな食べ方があるというのだ。
まさか炒める、煮るなどと言い出すまいな。
その喰い方であれば、この夏飽きるほどに喰って来た。

そんな俺の胸裡を知ってか知らずか、この方は大きな瞳で俺を見詰めた。
「ねえ隊長。スイカの一番おいしい食べ方、知ってる?」
「・・・さあ」
「先の世界で朝、畑で取れたばっかりのスイカを、どうやって食べると思う?」
「知りません」
「落とすのよ!」

この方は、嬉しげに高らかな声でそう告げた。
「は」
「朝露で冷えっ冷えのスイカを、地面に落として割って食べるの」
「・・・・・・」

嘘ではなかろう。なかろうがしかし、わざわざ落とすなど。
「何故」
「え?」
「何故わざわざ」
「わかんないけど。でも昔うちのハルモニはそうやって食べてた。だから、私もそれが一番おいしいと思うの」
「では此度はみなで落とすのですか」
「ううん、違います」

この方は得意げにそう言って首を振る。
「では」
「スイカ割りをするのよ」
「すいかわり」
「そうよ、したことない?」
「ありません」

この方を慕っている。それは真だ、心の底から。
一日でも一年でもなくこの生涯を共にしたい。
伝えた言葉に、一片の嘘偽りもない。
食卓が一面西瓜になろうと、それがどれ程続こうと、己だけなら全く何の文句もない。
拵えて下さるだけで何であれ嬉しい。
それでも時折感じずにはいられない。
やはりこの方はいらした世が違うと。

「じゃあ、しよう!明日どう?スイカが届いたら」
「そんな暇は」
「時間がないからしたいの、いろんなことをね」
「解毒剤は」
「私も、チャン先生も頑張ってる。心配しないで」
「イムジャ」
「お願い、今だけ。ね?」

焦っている。俺も、この方も。見えぬものに急き立てられている。
見えぬままこの方を蝕む黒い影に。

それでも此方を覗き込む、その瞳に勝てるわけがない。
知っている。焦ったところで、待たねば出来ぬ薬なのだろう。
息を吐き頷く己に、三日月になった嬉しそうな瞳が輝いた。

 

*****

 

「医仙・・・」
トクマン君が困ったように、朝の庭で隊長と並んで歩く私を呼んだ。
「水刺房から、西瓜が・・・」

そう言って私の横のこの人を、しきりにちらちら気にしてる。
「届いた?」
私の声に頷きながら、目ははっきりと隊長に謝ってる。私の横のこの人は深く息を吐くと
「どうしますか」
って短く私に聞いた。
「井戸水で冷やしたいの。スイカは冷えすぎても美味しくないのよ。井戸水か、川で冷やすくらいがちょうどいいの」

糖度を最大限に引き出す最適温度は8度から10度。
冷蔵庫での冷却じゃ冷たすぎるって覚えた。井戸水で冷やすくらいでちょうどいいはずよ。
「トクマニ」
「は、はい!」
「・・・井戸の横へ運べ」
「はい!」

溜息交じりで首を振るこの人の鶴の一声に、トクマン君が走り出す。
「あとは、何が必要ですか」
「塩、と・・・柚子?」
「は」
「塩、と青柚子」
「・・・分かりました」

あの頃本で読んだんだか、ネットで見たんだかの情報の受け売り。
イタリアではスイカにレモンをかけて食べる。東南アジアでは、塩と唐辛子をつけて食べる。
ここまで甘くないスイカだったら、何でも挑戦してやろうじゃない。
私の要求に理由を問いただす事もなく、いつもの口癖の何ですか、どうしてですかも言わなくなった隊長をちらりと見て、もう一度決意を固める。

スイカ割り、楽しいんだから。あなたにも絶対笑ってもらうわ。
おいしいスイカが手に入らなくても、一緒に笑ったことは忘れないで。
楽しい思い出だけずっと覚えてて。どうなったとしても。

ずっと、ずっとね。

 

井戸の横、水を張った桶に漬けた西瓜は良い塩梅に冷えている。
「てじゃーん」
鍛錬場の向こうから、大きな声が聞こえた。
桶の横、顔を上げると、あの方が手を振りながら
「冷えたー?」

そう叫ぶ声に俺は頷いた。
「冷えたのー冷えてないのーてじゃーん、どっちー?」
頷いただけでは満足して頂けぬのか。
これ以上兵舎で大きな声を出されては、堪ったものでない。

俺は急いで其処へと駆け寄り
「冷えました!」
そう言うとこの方は驚いた顔で俺を見上げ
「何で怒ってるの?怒んなくてもいいじゃない!」
膨れかけ、急いでその顔を元に戻した。
「それより」

発熱を確かめようと背に回した細い腕に伸ばす俺の指を上手に避け、この方が笑う。
「ねえ隊長、急いでみんなを呼んで来て?今から、すっごい楽しい事するんだから!」
花のように咲いた笑顔、明るい声。
「急いで急いで!スイカが冷たいうちに!」
それに背を押され、俺は急き立てられるよう兵舎へと歩き出す。
その後ろ、あの方が大きな声でもう一度呼ぶ。
「てじゃーん」
その声に振り向くと小さくなったあの方が其処で、大きく手を振りながら叫んだ。

「急いでー!」

そう思うなら呼び止めねば良いものを。
俺は目許を緩めると、足早に兵舎へと向かう。

 

 

 

 

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