夏休み【中篇】 | 2015 summer request・夏休み

 

 

一旦収まりかけた暑さが嘘のようだ。
このところ朝晩は少し涼しかったが。

まるで休みが決まった途端に、待ってましたと言わんばかりに戻って来た夏の暑さ。
今日には返事をもらえる嬉しさに浮かれ、俺は皇庭の照りつける日差しの許を歩いていた。
「トルベ」
小さな呼び声に足を止め、周囲を見渡す。
皇宮の回廊の影から、ほっそりした女官衣が俺に手招きをする。

俺は笑ってそこへ駆ける。
「どうした、ホラ」
「返事がもらえたわ、尚宮様から。休んで良いって。明日からでしょう。どこへ連れてってくれるの」
「そうか!良し、考えておく。明日の午後、歩哨が終わったら迎えに行くからな」

俺が言うとホラが嬉しそうに頷いた。
「二泊一緒なんて初めてね。あんたがそんなに時間を割くなんて」
「お前の為なら、いつだって割くさ」
その声にホラは背伸びをし、俺の耳元で小さく囁いた。
「離さないから、覚悟しなさい」

女官衣で襟を正し、皇宮の回廊に佇みながらそんな色っぽい声で囁かれ、思わずあらぬ想像で顔が火照る。
「それは俺の台詞だろう」
耳を赤くしながら返す俺に、涼しい女官顔に戻ったホラは、低い声を上げて笑った。

 

*****

 

「トルベ」
断らねばならんよな。
先に誘ったホラから返事が来た。それが筋だ。

夕刻の鍛錬の後、薄闇の中。
赤い提灯が灯る酒楼への小さな入口を 俺がくぐると同時に、エスクの明るい声が掛かる。
「お、おうエスカ。どうした」
「待ってたのよ、迂達赤まで乗り込む訳に行かないから」
「え」
「トルベに誘われて、すぐお父さんに聞いたの。休んで良いって。明日から二泊でしょ」
「・・・いや、エスカ、実はな」
「一緒にそんな長い事いるなんてなかったから嬉しくて」

そう言って自分の喉元を宥めるように抑えた、エスクの細い指。
そのチョゴリの飾り襟が光る。
今までに見た事のない新しい飾り襟と、そこから覗く白い項に目が釘づけになる。
「あのな、エスカ」
「誘われるなんて、夢みたい」
「それが、実はな・・・」
曖昧に頷くと、エスクの凄まじい色気の流し目の一撃を喰らう。
「お礼にトルベにも良い夢見せてあげる。明日、何処で落ち合う?」

その声に唸りながら、俺は首を振った。

 

*****

 

「どうした、トルベ」
「いや・・・」
「飲みに行ったんじゃないのか」
飲む気にもなれず肩を落として、早々に兵舎へ戻る。
其処に居合わせた奴らが一斉に振り向き、驚いたように目を丸くした。
「ああ・・・」
「何だ」
チュソクがそう言いながら、俺へと歩み寄って来る。

「何か問題でもあったか」
「ああ・・・」
問題といえば大問題だ。溜息を吐きながら、俺は首を振った。
「何だよ」
「誘った女がかち合った」
「何だとぉ」

チュソクに答えた俺に向かい、兵達が一斉に大声を上げる。
「どういう事だ」
俺は力が抜け、吹抜の生木の段に、音を立てて腰を落した。
「何方からも直ぐに返事がなくて、二人誘ったんだ」

そんな俺の周囲に皆が寄りながら、口々に声を浴びせる。
「で、両方共が応じたのか」
「今日までは知らなかったんだ!」
「馬鹿だなあ、彼方此方に手を出すからだろう!」
「休みに男一人で茫と過ごすよりましだろうが」
「そんな七面倒な事に巻き込まれるくらいなら、独りの方がましだ」
「違いないな」
「どちらかと逃げてしまえよ」
「何方もここを知ってる」
「誰なんだよ」
「尚宮のホラと、酒楼のエスクだ」

俺の告げた相手の二人の名に、奴らは目を丸くした。
「・・・何方も、兵舎に来られるな」
「ホラは当然、エスクは飲み代のつけの回収といえばなぁ」
「考え無しに馬鹿な事するなよ、トルベ」
「まさかこうなるとは思わなかったんだ!!」

俺の叫びを聞きながら、チュソクが一言、ぼそりと言った。
「自業自得だな」
「わかってる」
その声に、俺はがくりと項垂れた。

「隊長」
「何だ」
「実は、トルベが」
明けの鍛錬へ向かおうと吹抜けへの階を降りる俺に向かい、チュソクが階を仰ぎ声を掛けてきた。

「どうした」
「今日からの休みを、返上したいと」
「・・・何故」
至極単純な問いに、チュソクは困ったように顎を撫で目を細めた。
「ええ、話せば長くなるんですが」
「短く言えよ」
「女絡みで」
「短すぎだ」
「いや、今日から奴は休みなんですが」

チュソクはそう言って首を振る。
「あいつ、女二人に遠出を誘ったらしく。何方からも行くと返答が」
「行け」
「隊長、そりゃ無理ですよ!」
「奴が誘ったんだろ」
「そりゃまあ、そうですが」
「仕方ない」
「修羅場は火を見るより明らかですよ」
「撒いた種だ」

吹抜けを抜けようとする俺に、諦め切れぬかチュソクが後ろに付きながら愚痴る。
「相手が問題で」
「知るか」
「興味、有りませんか」
肩越しに流した眸だけでチュソクの下らぬ問いに答えると、遂に奴も諦めたか、大きな息を吐いた。

「尚宮と、酒楼の娘です」
「・・・」
「何方も兵舎に来れるんですよ、隊長。奴がしらばくれれば、此処で騒ぎにもなり兼ねん」
「納めろ」
「俺達が出たって、大した力には」
「自業自得だ」

兵舎から出で鍛錬場への短い途を歩く。
季節が逆戻りしたかのように、明けというのに既に暑い。
まだ熱を持たぬ白い朝日が、低い東の空から斜めに覗く。

「俺も奴に、そう言ったんですが・・・雲心月性の境地の隊長とは違い」
「褒めても何も出ん」
「隊長」

雲心月性が聞いて呆れる。この肚の裡とて同じようなものだ。
一体何故医仙がこれ程気に掛かるのか、己ですら正体が掴めん。
そんな俺がトルベにがたがた説教を繰る事など。

チュソクと共だって鍛錬場へと踏み込むと、既に集まった兵たちが此方へ向かい
「お早うございます、隊長!!」
そう一斉に頭を下げる。
その兵達の中、丈の高いトルベは厭でも目に付く。
確かに普段よりも萎れたその様に、俺は息を吐く。

 

ああ。
来なきゃ良いと、昨夜あれ程願ったが。

容赦なく昇った眩しい朝陽の輝く、東の明け空を睨む。
逃げても無駄だよな。逃げるとしても、一日半で戻って来ねばならん。
その後此処でどちらかに、もしくは両方にとっ捕まれば、どんな騒動が待っているかと思うだけで頭が痛い。

逃げる程に面倒になる。事はでかくなるだろう。
しかし俺達は、何の約束をしたわけでもない。
婚儀の約束を交わしたわけでも、それどころか互いに唯一無二とすら想った事も、誓った事も無い。
ただ共に居て楽しそうだ、だから短い時間を共に愉しむ、
たったそれだけの些細な口約束が、此処まで面倒を引き起こすとは。

「お早うございます、隊長!!」

その時上がった兵達の合唱に鍛錬場の先を見る。
隊長が後ろにチュソクを従え、飄々とした様子で鍛錬場へと股に踏み入ってくる。

隊長、助けて下さいよ。

其処へ駆けて行き泣きつきそうな己を制して、俺は首を振った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、楽しいトルベ話の更新、ありがとうございます。
    ああ…、恐れていた事態になりつつありますね。
    遊び人のトルベも、さすがに二股がバレたら、信用も面目も丸つぶれですねえ。
    まさか、そこに 我らがウンスがしゃしゃり出てくるのではないでしょうね?
    ああ、そうなったら……
    またまた楽しい展開になりますね!
    ヨンは気が気ではないでしょうけれど…(#^.^#)
    さらんさん、8月もそろそろ終わりですね。
    やり残したこと、食べ損ねたもの、ないですか?
    私は、フワフワのカキ氷をどこかの機会に食べなくちゃ!と思っていますが、さらんさんは召し上がりました?

  • SECRET: 0
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    やると思った~(^_^;)
    しかも、両方の色気にクラクラきちゃって結局断れないでいるし(*_*)
    まぁ、そこがトルベの良いとこでもあり、悪いとこなんですけどね。
    トルベの眉が下がりきって、情けない顔してるところが目に浮かびます。
    さて。ここをどうやって収めるかで女たらし度が測られるよ~♪
    がんばれトルベ!

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