夏暁【廿柒】 | 2015 summer request Finale

 

 

「失礼致します、大監」

宮中へと駆け込み回廊を全速で抜け、真直ぐに議政府の間へ駆け込んだ俺に、部屋内がざわめく。
赤と青の官服を纏った偉そうなノイン達が目を剥く中で、その上席の一つから、パク・ウォンジョンが慌てて腰を上げる。
「ソ・・・従事官、何故此処に!」
その一言を聞いた瞬間、己の過ちに気付く。

謀られた。

上席から駆け寄るパク・ウォンジョンに向け、手にしていたあの結び文を見せる。
「これが届いた。故に参じました」
パク・ウォンジョンはその文を一瞥し、首を振ると低く唸る。
「儂の書き損じの文を破って届けたか。そこまで汚い真似を」

成程。俺と晋城大君媽媽を引き離すのが目的だったか。
一礼を残し部屋を飛び出て回廊を駆け出そうとした俺の腕を、寸での処で続いて部屋を駆け出たパク・ウォンジョンが痛い程強く握って止める。
「・・・奉恩寺だ」
「何」
「大君媽媽には奉恩寺へ御参拝をお願いした。行ってくれ」
「場所が分からぬ!」
「兵を付ける。急いでくれ」
「俺の馬に付ける程早いか」
「禁軍を馬鹿にするでないぞ」

パク・ウォンジョンはそう言って、回廊に立つ兵に目を遣る。
「誰か、御営庁従事官に道の案内をして差し上げろ」
大監の一声に回廊の衛に立つ兵が頷き、中の一人が進み出た。

駆ける。
脇目も振らぬとはこの事だと、己の焦りを治めつつ。
パク・ウォンジョン、口から出任せも大概にしろ。
馬鹿にするなと言った禁軍の兵の馬の遅さと来たら、まるで鬣に蠅が止まりそうだ。

あまりに離れそうな後ろの兵へと首を振り向け肩越しに怒鳴る。
「奉恩寺は何処だ!!」
「真直ぐお進みください!暫し行ったところで二股辻を右手に!すればじき、左手に」

兵の叫び返すその声を確かめ、そのまま馬上で身を伏せる。
鞍上の俺という邪魔者が風に逆らわなくなった途端、馬の脚が急に速さを増す。

駆けろ。一刻も早く。

奉恩寺の門を守る御営庁の兵の前、手綱を思い切り引いて止めた馬の上から飛び降りる。
「じゅ、従事官様!」
驚いたように門の左右に付く兵達が、門へ駆け寄る俺へと叫ぶ。
「官服でも号牌は必ず確かめろ!」
そう叫びながら懐から号牌を取り出し、それを掲げて御営軍の兵達の間を突切って走る。
「も、申し訳ありません!」
「大君媽媽は!」
「つい先程、御一行皆さまで中へ」
「誰も入れるな!死ぬ気で守れ!」
「は、はい!!」

その兵達の返答が耳元を掠める風の音に負ける程。
足も止めず勢いのまま門から真直ぐに続く参道を駆け抜ける。
恐らく突き当りに見える瓦屋根、二階建のあの伽藍が本堂だ。

止まるな。駆けろ。駆け抜けろ。

あの突き当りには必ずいる。俺が守らねばならない者が。
何処にも行かず待っている。俺が来るのを信じ続けて。

「ソヨン!」

突き当りの伽藍。開いたままの扉から飛び込みそこに座る姿の腕を引掴む。
低く抑える声が、走り通した息で苦しい。
「無事か」
「え、そ、ソンジン?何故?何処に」
「それは良い。大君媽媽は」

突然飛び込んだ俺に目を白黒させたソヨンは無言で伽藍の奥、和尚様に説法を頂く大君媽媽の背を示した。
その横に控えた御営庁の外行は飛び込んだ気配に目を上げて此方を確かめ、厳しかった目を少し緩ませる。

伽藍を守る数名の兵は全て大君媽媽の邸で見慣れた顔だ。俺の顔を見、皆の顔に生気が戻る。
外には奉恩寺の衛の兵らも控えている。大君媽媽の邸より余程衛が厚いと、ようやく安堵の息を吐く。

暦は秋に差し掛かったと言うのに、外は未だに夏だ。
広大な奉恩寺の庭に響く蝉声が耳に届くようになる。
まだ傾く事など知らぬ強い陽が、燦燦と照りつける。

この昼か、それとも宵か。
分かっている、何かが起きる。
いや、起きるのではない。あの男が、パク・ウォンジョンが、宮中で何かを起こす。

俺はようやく息を継ぎ、和尚様の説法の声の中、伽藍を眺める。
今宵は此処で夜明かしか、それとも何かが変わるのか。
来るとすれば何処からだ。余りに広すぎる王陵寺。
裏からか、屋根からか、全てを見張り備えるなど無理だ。
ならば守る者から離れずに。

どれ程刻が残されているかは分からない。
それでも此度こそ離さない。諦めの良い振りなどしない。
選んで来たのではないとしても、守ると選んだのは己だ。
決めた以上は、必ず守る。例えこの命と引換だとしても。

劉先生は言った。

怖いだろう。人の命を預かるとは、そういう事だ。
お前にかかっている。

そうだ。人の命を預かるとはこういう事だ。
手が震え、汗をかくほどに怖ろしく、そして何よりも尊い。
この命と引換にしても惜しくないと思えねば、最初から守ると口にするなど赦されぬ程に。
そして守る為なら敵の命を奪っても、奪った命を背負っても。
羅刹となってそれでも進むと覚悟を決めねば、最初から信じろと口にするなど赦されぬ程に。

劉先生。
あなたに教わったこの恐ろしく、そして尊い誓い。
必ず生かして、俺は次へ進む。

だから先生。もしも戻れなくとも誇って欲しい。
先生の声を受け継いだ俺が何処かで生き続けて行く限り。
先生の想いが俺の中で、何処かでこうして生きて行く事を。

「状況は、分からない」
和尚様の説法を終えた伽藍の中。
此処では扉が無い、おまけに門からの参道の突き当りだ。
万一門を破られれば一本道、刻の稼ぎようも無い。

己の声の響く伽藍の中、宮中で見たパク・ウォンジョンの状況を大君媽媽に、そして此処へ並ぶ兵の全てに告げた。
「俺への結び文はパク・ウォンジョン大監の書き損じを一部破り、送って来たようです。
恐らくは俺を大君媽媽より引き離す為」

大君媽媽は頷きながら、控えめな声で呟いた。
「ならば敵は、前回と同じ者か」
「宮中で大監の文を細工し其処まで動けるとすれば、恐らくは」
「・・・成程な。お前の戻りが間に合ってくれて良かった」
御営庁の外行が、そして兵たちが無言で頷く。
「しかし右参賛の言う祈祷は終えた。邸に戻るべきなのか」
大君媽媽が、意見を求めるよう俺を見る。
「・・・あの・・・」

蚊の鳴くような声がして、俺たちはいっせいに其方へ目を向けた。
男達の視線の中身の置き所が無いように、俯いたままのソヨンが小さく縮こまり、体を固くしている。
「・・・どうした」
ソヨンへと寄り、低く尋ねる。
「先刻媽媽の御邸でチョ医官様がおっしゃいました。近々宮中で何かがあるから、大君媽媽には邸を離れて頂きたいのではないかと」
「医官がそう言ったのか」

もう悩む暇はない。
ソヨンの声に頷き、目を覗き込む。
静かに俺を見返すソヨンの瞳が頷き返す。
後を振り向けば俺達を不安げに見返す、若い大君媽媽の目にぶつかる。

ソヨン。お前は信じると言った。
大君媽媽。あなたは守れと言った。
例え来たのは選んだ場所でなくとも、今立つのは己の選んだ道。
信じろと言い、守ると言った。
そう言ったのはこの口、この心。
己の掲げた信義。
俺は守る。何よりも己の言葉を。信じる。何よりも己の心を。

「屋敷には戻らず、此処で陣を敷き直します」

大君媽媽に、そして外行に向け、俺は告げた。

 

 

 

 

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