連虹【中篇】 | 2015 summer request・二重虹

 

 

典医寺へと足早に駆け込むあなたが呼ぶ前に、私は部屋から飛び出した。
「イムジャ」
呼ぶ前に駆け出た私に驚いたみたいに、あなたが目を丸くする。
「何があったの」

あなたの足音をずっと聞いてた耳を馬鹿にしないでよね。
いつもなら足音を忍ばせるみたいに静かに歩くあなたが走って来れば、 何かあったな、くらいは分かるんだから。
「新入りが、鍛錬で少しばかり足を」
「腿、膝、脛、足首?」
前置きのないいきなりの問い掛けに、あなたが頷く。

「足首です」
「捻挫?それとも刀傷?」
「捻挫です。連れて来るので」
「ううん、私が行った方が早い」

捻挫、捻挫。添え木や湿布、包帯を用意しながら包み、私はそれをひとまとめにして抱え込んだ。
「行こう」
包みを自分の手で奪い取って抱えたあなたが頷く。

「往診行って来る。鍼が必要だったら、後でお願いするかも」
「畏まりました。お気をつけて」
診察室の中のみんなに声を掛けると、キム先生が頷いた。

 

*****

 

「イムジャを煩わせるつもりではなく」
典医寺から迂達赤までの道を小走りに駆ける私の横。

いつもの通り足早に大きな歩幅で歩きながら、あなたが気まずそうに言った。
「うん、分かってる。あなたが来るって事は、ひどいの?」
「かなり腫れて動きにくそうですが、わざわざ来ずとも。
刻が刻だったので、典医寺にいらっしゃるかだけ確かめに」
「ああ、媽媽の往診は終わったの」
「それなら甘やかす事はない。奴を連れて来ます」
「ちょっと、大護軍さん」

私が息を上げながらわざとそう呼ぶと、あなたは驚いたように少し顎を引いた。
「・・・はい」
「患者は痛がってる。タイムロスがもったいない。あなたが来て帰ってまた連れて来るより、私が行けば早い。違う?」
「それは」
「だったらぐずぐず言わないの。OK?」
「・・・はい」

呆気に取られたみたいに丸くなってたあなたの黒い目がゆっくり優しく垂れるのを横目に見ながら、とにかく走る。
この時代も、先の時代も、医者ってほんとに体力勝負なのね。そんなおかしなところを改めて実感しながら。

 

「患者はどこ?」
「こちらです」
迂達赤の門へ飛び込んで声を掛けると、あなたはそう言ってまっすぐ兵舎へ向かう。
あなたの部屋のある棟とは違う、私も入ったことのない兵舎の棟の一角。
「ここ、知らない」
「・・・知っていては困ります。兵の奴らの寝起きする棟ゆえ」
「ああ、独身寮みたいなものね」

廊下を歩く私たちの話し声に、兵舎の扉の一つが勢いよく開く。
「大護軍!医仙!」
そこから身を乗り出すみたいに顔だけを覗かせたのはトクマン君。
「わざわざ来て下さったのですか」
「治療する。様子はどう?」
「大した事はないと思うのですが、腫れていて」

この人も最初に言った、腫れが気にかかる。腱の損傷が心配。
大丈夫よ。もし最悪アキレス腱の断裂なら、手術すればいい。
そう腹を括って、トクマン君の覗いてる扉へ走る。

そのままの勢いで中に飛び込んで、ぎょっとする。
ううん、もちろん相手のみんなもぎょっとしたんだろうけど。

トクマン君がそんな私の顔を見て、しまった!って顔で、目を閉じておでこをバチンと叩く。
同時に飛び込んできたあなたが低く唸る。
「お前ら」
「申し訳ありません、まさかすぐ医仙が来て下さると思わず!」
トクマン君が慌てたみたいに大きく叫ぶ。
上半身裸のまま部屋にいた迂達赤のみんなも、あなたのひと睨みに全員が硬直する。

「鍛錬上がりのままか」
「は、はい、あのまま皆で担いでここまで連れて来て」
「出ろ」
「はい!!」
「衣は着ろ!」
「ちょ、ちょっとヨンア、患者に障るから静かに」

みんなが慌ててが飛び出して行く扉を睨んだままのあなたをなだめようと声を掛ける。
あなたは最後の一人が出てくまで扉を睨み続け、その背中が消えた途端に、長い足で思いっきり扉を蹴った。

そして寝台に横になってる患者へ振り返る。
新入りって言ってたから、この人の事よく分かってないのかも。
患者はこの人の目が振り向いた途端、びくんとして怖々言う。
「て、大護軍」
「・・・傷はどうだ」
「は、はい、あの」
「大丈夫よー、ちょっと見せてね?」

患者を委縮させてどうするのよ?問診は大切なんだから。
私は敢えて暢気な声でそう言うと寝台の横に腰掛けて、彼の足を診察し始めた。
「大護軍は怖いけど、それは薄着の時にもし何かあったら、みんなの怪我が大きくなるのを心配してるだけなのよー」

私のその声に、患者が頷いた。
「はい」
「皆にも教えてあげてね?大護軍は自分では言わないから」
「・・・医仙。余分な事は」
あなたが苦々し気に呟く声を無視して、患部の腫れを視診して
「ちょっと痛いけど、ごめんね」
そのまま回して、骨折がない事を確認する。腱も大丈夫。
それでようやく息を吐く。良かった。

「大丈夫、良かった良かった!でもしばらくは湿布してね?」
「はい」
安心したのか、患者も少し笑顔になる。
捻挫癖がつけば、兵士としてあとあと大変。
ここからはまずはRICEの基本、安静。
「今晩は寝る時、足を高くしてね。歩きにくいだろうから後で杖を出してもらおう。
でも今日歩くのは、お手洗いの時だけ。出来ればご飯は、ここで食べて欲しいな」

そう言って振り返ると、あなたは頷いて
「運ばせます」
短くそれだけ言った。
「訓練はそうね、3日間はお休み」
「休ませます」
「じゃあ4日後に、もう1回診察するわね。でももし途中で変だなとか、痛みが続くなって思ったら、必ずすぐ呼んでね。
我慢したら絶対ダメ。大護軍が大切なら、自分の体をまず大切にして」

包帯に湿布薬を塗りながら患者に伝えると、
「ありがとうございます。そうします」
彼は大きく笑って仏頂面のまま立ってるあなたと、薬を用意する私に、等分に頭を下げた。

 

俺のこの方は、一体どこまで暢気なのだ。
男ばかりの兵舎に飛び込み諸肌脱いだ兵たちに囲まれた挙句、俺が怒鳴ったのは奴らを心配するからだなどと。

俺のこの方は、一体どこまで鈍いのだ。
怒鳴ったのは半裸の男が其処にいたからに決まっている。
あなたが俺以外の男の、そんな姿を目にする必要はない。

そして俺は、一体どこまで狭量なのだ。
この方が言ってくれるのは、俺と奴らを取り持つためだ。
悋気で怒鳴った俺の面目を保つため。怒鳴られた兵が反発心を持たぬため。

だから敵わん。勝手にふらふら好きな事を声にしている振りで、結局は全て俺のため。
それが証に怯えていた兵が、最後には笑み顔で此方を見ている。

こうしてすべて味方につける。
誰も彼もこの方の明るさと率直さと見せかけの暢気さに惹かれて。
その裏にどれ程の計算が含まれているかを見抜けずに。

俺の為の算段。患者を安堵させる算段。
それを知らずに誰も彼も、結局は俺に付くのだ。横にこの方がいて下さるお蔭で。

それでも俺の中で言う声がある。
この方のそんな努力を知っているのは俺だけで良い。
誰にも見せる事はない。俺だけが知っていれば良い。
俺が背負わせるものなら、全て俺だけが癒してやりたい。
報いてやりたい。抱き締めて甘やかし、労ってやりたい。

もしかしたらこの方自身、露呈している事にも気付いていないなら。
それならば尚の事、俺だけが知っていれば良い。
自分の頬を自分で張るような無茶な方だから。
他の誰より負けん気の強い、弱い方だから。
ばれていないと思い込んで、涙を流す方だから。
見ない振りで偶然を装い、その涙を拭く指が必要だろう。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ウンスとヨンは、以心伝心、一心同体、切っても切れない絆で結ばれてるんですね。
    遠い時代を超えての2人の結びつきに、本当に感動します!

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