西氷庫【壱】 | 2015 summer request・かき氷

 

 

【 西氷庫 】

 

 

降るような蝉時雨が、開いた窓から遠慮なく広い室内を満たす。
ああ、暑い。
うんざりしながら、ウンスは王妃の手首に当てた自分の指をそっと放した。
「大丈夫ですよ。ただ、少し夏バテ気味かもしれません」

坤成殿の王妃の部屋で向かい合い、ウンスはそう言って、目の前の王妃を安心させるために大きく笑う。
外の暑さを考えれば、王妃の症状も無理はない。ソウルより北にある開京ではもう少し涼しいと思っていた。
ウンスはじっとしていても浮いてくる額の汗を、懐から取り出したハンカチ代わりの薄い手拭いで抑えるように拭った。

「夏、ばて」
そう繰り返す王妃に頷くと
「ああ、ええと、暑邪に当てられて少し体力が落ちてるんです。
心配するような大事ではないです。大丈夫ですよ。少し食欲が落ちていませんか?」

言葉の後半はどちらかといえば、王妃の生活全般を取り仕切るチェ尚宮に向け、ウンスは尋ねる。
チェ尚宮はウンスの言葉に考えるよう、
「確かにここの処水刺床も、三床共にお箸が付くことは珍しく」
ウンスに伝えると、王妃もそれに頷きながら
「この夏は殊更に暑うございました。麺や汁なら、どうにか食べられますが・・・」

十二楪飯床か。
毎回食べ残すものに貴重な食材を使うくらいなら、もう少し有効的な利用をしたいものだ。
ウンスは思わず唸った。
「うーん・・・」

何しろこの後、王妃にはご懐妊、そして無事なご出産という大役を成して頂きたい。
その為にも体力を落とすわけにはいかないと、ウンスは考え込む。
麺や汁、何方ものど越しのいいものだ。それが食べられるのなら。
「ミルクと氷さえ手に入れば・・・」

牛乳はないのだろうか?この時代の食文化はどうも分からない。
「叔・・・いえ、チェ尚宮様」
「はい、医仙」
うっかり癖で叔母様、と呼びかけて慌てて言葉を改めると、チェ尚宮は仕事用のよそ行き顔のままウンスに頷き返した。
「牛乳、いえ、牛のお乳は、手に入りませんか?」

牛がいるのは分かっている。
時折チェ・ヨンと共に足を延ばす近郊の田畑を耕す、その姿を見かけたこともある。
牛がいるなら牛乳は手に入るはずだ。
どれ程の貴重品だとしても何しろこっちは正真正銘、天下一の実力者の王と王妃なのだから。

そしてウンスの問いにチェ尚宮はさらりと、当然の如く頷いた。
「入りますが」
「砂糖と、ニワトリの卵もありますよね」
「ええ、勿論です」

そうだ、あともう1つ。この時代で手に入るかどうかが全く予想もつかない最大の難関。
手に入るなら最高だ。入らないならカスタードプリンを作るしかない。
「あと・・・」
言い淀むウンスに、王妃とチェ尚宮の不思議そうな目が当たる。
「氷、なんかは・・・やっぱり、無理ですか?」
「氷でございますか」

やっぱり駄目か。
王妃とチェ尚宮が不思議そうに目を見交わすのを見ながら、ウンスは溜息を吐く。
それはそうだ。この時代冷凍庫どころか、動力の電気がないのだ。
真夏の今時分に氷なんて、夏に雪を降らせろというくらい無茶な要求なのだろう。

「氷なら、西氷庫にありますが」

余りにあっけらかんと言い放つチェ尚宮に、今度はウンスがぽかんとその顔を見つめる番だった。

 

*****

 

「どうして教えてくれないの!」

夕刻、役目を終えて典医寺へとウンスを迎えに現れたチェ・ヨンの目前。
部屋の扉を開けるなり飛んで来たウンスの声に、眸を丸くしたままその場に足を止めた。

何をこれ程、興奮しているのだろう。
紅潮した顔は暑さのせいではないと、ヨンは見当をつける。
それが証にウンスの顔は赤いが、汗は浮いていないのだから。
「今日聞いちゃった!!」
「・・・何をです」
「氷があるって、ほんとなの?媽媽と叔母様に笑われちゃったのよ。何で氷牌を使わないのかって、逆に聞かれちゃったんだから!」

捲し立てるウンスの声にヨンは黒い眉を寄せた。そんな事まで話しているのか。
口には出さないまでも、苦虫を噛み潰したような表情が雄弁に心中の不快感を物語っている。
「どうして教えてくれなかったの?氷、あるんじゃない」
「・・・ええ、あります」

聞かれなかったから言わなかったまでだと、ヨンは息を吐く。
確かに氷はある。賄賂の品として悪用されるほどの貴重品だ。
大鋸屑と藁に包まれ、皇宮東西の氷庫に運ばれる透明な塊。
金よりも余程価値の高い、その冷たい大きな氷。

真冬に切り出され、皇宮の東西の氷庫に厳重に管理されている大きな透明の塊。
各役職に応じて王から下された氷牌と呼ばれる号牌を見せると、牌の階級に応じた貫目が切り出され渡される。
官位に準ずる役人根性が鬱陶しく厭らしい。だから使わぬ。
そう言いたい気持ちを押さえ、ヨンは黙ったままで頷いた。

「氷が欲しいのですか」
「そりゃそうよ、だって氷があれば何ができると思う?」
ウンスは興奮した面持ちのまま、ヨンに向かって指を折った。
「冷麺は冷たくできるし、飲み物だって氷入りで飲めるのよ?真夏に氷入りのお水だけでもきっとすごくおいしいわ。
熱が出てもすぐに冷やせるし、それよりなにより」
感極まったように、ウンスは大きな声で嬉し気に叫んだ。

「アイスクリームもパッピンスも作れるじゃない!」
「豆氷水・・・」
「そうよ、パッチュクより甘く煮た小豆餡で」
「天界の食べ物ですか」
「私が聞きたいわ。高麗でもすぐできる食材ばっかりだけど、ここにはないの?」
「聞いたことはないですが」
「じゃあ、すぐ作ろう!」
「・・・イムジャ」

興奮しているウンスに、ヨンが静かに首を振る。
「なあに?」
「俺は、好きません」
「え」

思いもかけないヨンの声に、ウンスが固まった。
「好かない、って、氷を?」
「西氷庫の遣り方を好きません」
「やり方?」
「階級に応じて氷を出すのも、必要もないのに己の力を誇示するよう貴重な氷を手に入れる高官も」
「えええええっっ!」

落胆したように上がるウンスの声に、ヨンは暫し黙り込んで考える。
西氷庫以外で手に入れる方法は、無いわけではない。
チェ尚宮が自身で伝えなかったのが不思議なほどだ。
それとも鉄原を離れて久しいが故に、もう忘れたのだろうかと。
「他にも、氷を入手する手立てはあります」
「うそ!」

誰が嘘など吐くものか、たかだか氷くらいの事で。
唇を引き結び、ヨンはウンスに呼び止められて立ち尽くしていた戸口から、部屋の中へと大股に進み入った。

 

 

 

 

さて、夏といえばかき氷はいかがでしょう?高麗の時代に氷があったかどうかわかりませんが‥。製氷機はキチョルさん?キチョルさんから産まれた氷はちょっと食べたくないですが‥。
ヨンがウンスのために遠出をしてかき氷を二人で食べにいくなんてどおでしょう? (しずさま)

 

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